二ノ二 面倒な人助け

「いやあ、さて、どこから話してよいものやら、さっぱりだよ」


 自分から悩みを聞けと言いながら、男は頭の中でなにもまとめていないようすであった。


「あそうそう、私の名前は上野孝安うえの たかやすと言う。地下じげ(下級公家)の三男であるが、縁あって藤原実資ふじわら さねすけ様に仕えている。自慢ではないが、そこそこ実資様には気に入っていただいており、身の回りのお世話などもやらせてもらっている」


 ケヤキの下で話しを聞く朱天組の者らを風が撫で過ぎて行った。

 陽射しはまだ暑いくらいだったが、風にはもう秋の気配が感じられる。

 朱天達の、秋風のような冷たい視線に気づいたか、孝安は、


「おほん」

 とひとつ咳払い。

「それでだ、私は賭け事が大好きだ」


「知らんがな」茨木が思わずツッコミを入れてしまう。


「それでだ、先日、鮫九郎さめくろうという男と知り合った。獅子蔵というならず者を束ねる男の子分で、一家での位のほどはわからぬが、そこそこの地位にいる男であった」


 ――獅子蔵一家か。


 と朱天の心に嫌なものがこみあげてきた。

 あの時は、熊八の一件できわどい橋を渡ったものだ。


「で、その鮫九郎と、双六をすることになった。ひょんなことから、まあ、酒を呑んだ勢いで。で、勝負の流れははぶくが、結果、俺は負けた。大負けだ」


「それで、借金がかさんだから、どうにかしてくれか?」朱天は首すじを掻いた。「獅子蔵親分とはひと悶着あったから、あんまり近づきたくないんだよな」


「まてまて、そう先を急ぐな。で、そういう負け双六が、まあ、なんというか、何回も続いて、いや、何十回と続いてだな、俺は莫大な借金を背負ってしまった」


「知らんがな」茨木があきれた。


「まあ、それくらいなら、なにも悩むことはない。実資様には大目玉を喰らうだろうし、場合によっては追放されるだろうが、命にかかわることではない。が、命にかかわる仕儀にいたってしまった」


「回りくどいだな、早く結論を話してくれ」さすがののんびり屋熊八も先をうながした。


「鮫九郎がある時こう言うんだ。藤原北家に伝わる釈迦如来像という絵画を見せて欲しい。まあ、門外不出の品ではあるが、見るだけで借金が減るならと安易な考えで、釈迦如来様の掛け軸を持ち出し、とある空き家で鮫九郎に見せた。そうして、酒を呑んで見物しているうちに、私はいつのまにか眠ってしまい、気がつけば、鮫九郎も掛け軸も姿を消していた、と言うわけだ」


「そりゃお前、完全にハメられたんじゃねえの。眠り薬とか入れられたんだよ」茨木はさらにあきれている。


「いや、そうなんだけどさ。これが実資様に知られたら、追放で済む話じゃないんだよ、ヘタすると、首を切り落とされかねないくらいの大事おおごとだよ」


「なんとしても、中納言様(実資のこと)に気づかれる前に、釈迦如来の掛け軸を取り戻したい、というわけだ」朱天がまとめた。


「そう」


「むり」


「んな殺生な」


「殺生もなにも、俺達は獅子蔵親分とは因縁があるの。近づきたくないの」


「そう言わないで、ね、助けて、お願い」


「そ、そう言われてもな。う~ん、どうしようかな」


「迷うなよ、ダンナ」


「いや、だって茨木、こいつかわいそうじゃん」


「かわいそうじゃねえよ。自業自得だよ」


「そうだなぁ」朱天が頭をひねる「獅子蔵親分を避けて、うまく鮫九郎だけと接触できたらいいんだがな」


「そういうことなら」と虎丸がぼそりと言った。「俺の得意分野だ。そいつを見つけ出して、引っ張り出してこよう」


「おお、虎丸が意外と乗り気だ。やってくれるか」


「けど、ひっぱりだしてどうするよ」


「そこだよ茨木。ひっぱりだしたところで、借金を返す銭もねえしな。そうだな、もういちど賭けをして取り戻すか」


「そう簡単にいくのかよ。だいいち、双六とかできるのかよ」


規則ルールは知ってるんだがな、俺、まったく苦手なんだ。お前はどうだ、茨木」


「いや、まったく知らねえ」


「他のみんなは」


 虎丸、熊八、星が、一斉に首を横に振った。


「う~ん、何か手を考えよう。必ず勝つ賭けをな」


「必ず勝つ?勝てるのか?そんな賭けがあるのか?」不安げに孝安が問うた。


 朱天はただ、にやりと不敵に笑った。

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