二ノ十二 四天王、困惑す
この一刻(二時間)もの間、
釈迦如来は正面を向いて、なにかこちらに問いかけるような、はたまた、心の内面を見透かしてでもいるような、そんな目でじっと見つめかえしてくる。
「わからぬ。これのどこにそんな重大な秘密が隠されているというのだ」
もちろん、ただ見つめていただけではない。
陽の光に透かしてみたり、燭台のともしびをあててみたりしたが、何か絵が変化するとかいうことも、字が浮かび上がってくるということもまったくなかった。
「まあ、そう簡単に秘密が見破られるようじゃ、秘密にはならんがな」
いつのまにか
人を小馬鹿にしたような言い方であった。
綱は、ふりむいて、きっと季武をにらんだ。
「わからぬならわからぬでしかたがない。早く中納言様にお返しせねば」
と言う綱に、季武は、
「お前さんはどんだけ真面目なんだよ。隠されている秘密が、我我の、もしくは頼光の殿さんや道長左大臣様に有利な秘密だったら、どうするんだ。返さないほうが得策だろう」
「中納言藤原実資様は、道長様の一派であろう。道長様に有利な秘密ならすでにお伝えしているはずだし、不利な秘密なら排除しているはずだ」
「わからんぞ。中納言様は左大臣様とはある程度の距離をとっているし、一派と言うより当たらずさわらずのお付き合いをしているだけだからな」
と、そこへ、
「あ、またふたりとも私をのけ者にして、ないしょ話ですか?」
「先日の土蜘蛛一味の手入れだって、私には声をかけてくれなかったし」
と、どかっと腰をおろす。
「まだ拗ねているのか。子供じゃあるまいし」
「あ、つめたいな綱さんは。土蜘蛛を追っていたのは何もあなたの隊や季武さんの忍組だけじゃないんですよ。私だって、
「明目衆は盗人の探索や捕縛が仕事だろう。ああいう組織に踏み込むのは、私の軍隊の仕事だ」
「その捕縛のお手伝いができた、と言ってるんです」
「わかったわかった。埋め合わせはいずれするよ」さすがの綱も面倒くさそうだ。「それより貞光、お前この掛け軸の絵を見てなにか気づくことはないか」
「さあ、ただの阿弥陀如来さんですよね」
「釈迦如来な」
すかさず季武が言った。
そうしてしばらく三人で釈迦如来の絵を凝視した。
「ま、頼光四天王なんて持ちあげられているのが、こうして額を寄せ合っていても、秘密ひとつ見つけられないんじゃお手上げかな」季武があきらめた様子で言った。
「中納言様にお返しするのがやはりよかろう」綱は、それみたことかという言い様である。
「四天王と言えば、金時は帰ってこないですね」
貞光が残念そうに言うのへ、季武が、
「ははは、このままじゃ、四天王じゃなくて三天王だしな」
「そういえば、どこに行ったんだ、あいつ」綱が季武に訊いた。
「配下の忍の調べてきた話じゃ、朱天組といっしょにいるようだぜ」
「なんだと!?あのバカ。あんなならず者たちとまじわるとは、あきれるな」
「どうするね、成敗にでも行くか、綱サン?」
「ふん、あんな愚か者、放っておこう。かまうのも馬鹿馬鹿しい」
「まあ、銭がなくなれば、向こうから帰ってくるでしょうしね」貞光が能天気に言う。
「もしこの屋敷の門をくぐることがあったら、この俺がみずからぶった斬ってやる」
「お前さんは真面目すぎて寛容さにかける。もうちょっと、他人に優しくなれ」
「なにを偉そうに言うか、季武。この世の中には秩序が必要だ。秩序からはみだすものは排除する。それでこそ、国がまとまり、庶民が安心して暮らせる世の中が訪れようというもの」
「お前さんみたいな、カタブツばかりが闊歩する世の中なんて、俺はごめんだね」
そうして三人は、ふたたび釈迦如来に見入るのだった。
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