二ノ十三 あかされた秘密

 朱天の森。


 と最近では人が呼ぶようになった京の東の森には、四条河原の貧民街から追い出された人人のいくらかが住み着いていた。

 急増の掘っ立て小屋が森の中に十数戸建てられ、そこに身を寄せ合って住んでいる。

 朱天組の者らも、家の建築の手伝いなど避難民の世話ばかりで、好きな音楽を皆で奏でる暇もないほどである。

 今日も肉体労働に汗をながし、朱天組の家の縁側で、朱天一味が涼んでいた。


「なんか、このままここに町ができちまいそうだな」茨木が水を飲みながら言った。


「朱天村ってのも、なかなか洒落た名前じゃないか」金時がムキムキの胸板に浮いた汗を手ぬぐいでぬぐった。


「おいおい、やめてくれ」朱天が頭をかきながら、「俺は人をまとめるような器じゃないよ」


「ダンナはそう言うがね、皆がダンナをまとめ役に適任だとしたって集まってきたんだ。みんなの期待をうらぎるのは酷じゃないかね」


 茨木が言い、一同うなずく。


「それだからこそ、我らも朱天殿の力が欲しいのじゃ」


 と皆の耳元で女の声がした。

 いつの間にか、土蜘蛛党首領のあやめが縁側に座っている。

 しかも平然とまるで仲間になったような顔で。


 みな、冷めた顔で彼女を見た。


「なんじゃ、もうちょっと驚いてくれると思っていたに」


「みんなあきれてるんだよ」


「つれないのう、朱天殿。我が婿殿よ」


「誰が婿じゃい」


「今日は頼みがあってここにきたのじゃ。あ、もてなしなどはけっこう」


「もてなすつもりはねえだよ」熊八が言う。


「で、頼みというのはな」


「どんだけ自由だよ」


 茨木が突っ込むがお構いなしにあやめは続けた。


「例の釈迦如来の掛け軸のう、あれが源頼光一党の手に渡ってしまった。そこで、おぬしたちに取り返してもらいたいのじゃ。はようせんと中納言家に返されてしまう。返されてしまうと手を出しにくくなる」


「そういう仕事は、お前さんらの得意分野だろう」朱天がさえぎった。


「それが、今は新しい隠れ家を整えるのに忙しくて、誰も手があいておらんのよ」


「俺達の手もあいてない」


「だって、おぬしらは、頼光一党と顔見知りなのがふたりもおるではないか」


「虎丸はもう彼らの仕事は受けていないし、金時は屋敷を飛び出した身だからな」


「そこをなんとか。手に入れないと、おぬしの仲間のなんと言ったか、中納言家の若党も困るであろう」


「別に仲間じゃないけどね」


「でもほうってはおけぬじゃろう?」


「まあ、頼まれごとを宙に浮いたかたちにしておくのも気持ち悪いわな」


「じゃ、やっておくれ」


「しかし、なぜそこまであの掛け軸にこだわる。そんなに重大な秘密が隠されているのか?教えてくれないと、手を貸すことはできんぞ、あやめどの」


「ううむ、まあ、良いじゃろう。ただし、他聞をはばかる内容じゃで、聞いたことはぜったい他言無用。もし他に漏らすことがあったら、うちの刺客を送り込んで皆殺しにするからの」


「わ、わかったよ、あんたが言うと冗談に聞こえないんだよ。秘密にすればいいんだな」


「よし、では話そう。一度しか話さんから耳の穴ほじってよく聴くのじゃ」


 とあやめは話はじめた。


「今上(一条天皇)の母は藤原兼家ふじわらの かねいえの娘詮子あきこ、つまり、今の左大臣藤原道長の姉にあたる。その詮子が円融えんゆう帝に入内じゅだいしたものの、夫婦仲はさほどよくなく、子がなかなかできんかった。そこで、兼家が一計を案じた。詮子に間夫まぶ(浮気相手)をあてがい子を作らせた」


「なんと。それが本当なら、今上帝には天皇家の血が流れておらんということになるな」


「その通り。中納言藤原実資はそれをその間夫から聞き、内容を事細かに記した。だがその聞き書きが表に出ては一大事、そこでその手記を釈迦如来像の掛け軸に隠した」


「なぜそんな面倒なことを。もれてヤバいのなら、記憶だけしておいて、手記などは始末してしまえばよいじゃないか」


「なぜ中納言がその手記を焼きもせず破りもせず隠しておいたのか、意図は不明だが、何かの折に道長を脅す種にでもしようとたくらんでいたのではないかな。中納言は、なかなか食えん男だという評判だしな」


「そんなことが世間に漏れたら、道長政権がひっくり返るな」


「漏れただけなら、ただの風聞で押し通せるがな、中納言家秘蔵の掛け軸といっしょに世に出てみよ。想像するだけで面白いであろう、朱天殿」


「いや、俺は怖いよ」

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