二ノ十四 掛け軸奪取作戦
「そんなわけで、よろしく頼むぞ、朱天殿」
「よろしくじゃないよ、あやめ殿。とんでもない秘密をぶちまけるだけぶちまけて」
「釈迦如来の掛け軸さえあれば、左大臣も中納言も好きほうだい、手玉にとれるというもの」
「あんたらはそれでいいかもしれんけどな。上野孝安さんは結局中納言家を追い出されるぞ」
「馬鹿じゃのう。釈迦如来の掛け軸を我らが盗んだとなれば、その若党におとがめがおよぶこともなかろう」
「俺達にはなんの見返りもないけどな」
「もちろんタダで、とはいわぬ。充分な銭は用意するし、朱天殿には、私をさしあげるぞ」
「いらん。銭だけくれ」
「おほほ、ほんに欲がないのう」
と、言うだけ言って、あやめはさっさと引きあげて行った。
「なんちゅうおんなじゃ」金時があきれ顔をした。
「いくらいい女でも、ああも身勝手じゃあ、そんな気も起こらんな」茨木が残念そうに言った。
「ううむ、なんか押し切られる形で依頼を受けてしまったが、さてどうしよう」朱天は困惑の態である。
「俺が忍び込んでもいいが、どこに掛け軸があるかわからんことには、盗みにくい」虎丸はちょっと乗り気だ。
「話からすると、渡辺綱が持っていそうだな」
「綱の部屋ならわかる、朱天殿」
「では、盗み役は虎丸にまかせよう」
「しかしあのカタブツの綱をどうする」茨木が言った。
「それなら俺にまかせてくれ」金時が手をあげた。「俺が屋敷に顔をだしたら、あのクソ真面目な綱さんのことだ、青筋たてて飛びだしてくるぜ」
「ははは、それはいい」朱天が笑った。「ではその隙に虎丸が掛け軸を盗む、という算段で」
「なんか、獅子蔵親分の屋敷に熊八の兄貴を助けに行った時と同じ作戦だけど、また失敗するんじゃねえの」
茨木の不安に、朱天は、
「ま、二度目はうまくいくと信じよう」
えらく楽天的だ。
そして皆眠りにつき、夜が明けて、昼働いて、陽が暮れ始めた頃。
「なにっ、金時が来ただと!?」
自室で書類を書いていた渡辺綱が凄まじい勢いで立ちあがった。
「どのつらさげて門をくぐれたかっ」
「自分の部屋で、のんきに荷物をまとめてやがるよ」
卜部季武がなにか面白そうに言った。
これからおこるひと悶着を想像しているらしい。
どたどたどたどたっ!
床板を割れんばかりに踏み鳴らしながら、綱が金時の部屋の前に立つ。
「金時、よくもおめおめと姿を見せられたな!」
「あ、綱さん、もう荷物はまとめましたんで、では、さようなら。あ、季武さんも、お元気で」
「さようなら、じゃない、そこへなおれ、叩き斬ってやるっ」綱が太刀の柄に手をかけた。
「いやいや、勘弁してくださいよ。社会勉強させると思って、ちょっとの間、お
「親父様は、最近ずっと宮中につめっきりだ」
「それは残念」
その頃、綱の部屋では、壁に掛けてあった掛け軸を虎丸がはずし、巻きおさめて、風呂敷につつんで背にくくりつけた。
その時。
「誰だ」
背中から声をかけられて、虎丸は振り向いた。
碓井貞光が部屋の入り口に立ってこちらをじっとみている。
虎丸の背に、ぞっと寒気が走った。
「わたしです、虎丸です」虎丸は平静を装って答えた。「渡辺様に呼ばれましたので、お待ちしております」
「なんだそうか。綱さんなら、いま金時が帰って来たから、ツノがはえているよ、大事にならないうちに、なだめに行って来るところだ」
「そうですか、斬り合いにならないとよいですな」
「うん、ちょとまってろ」
そう言って、貞光は金時の部屋に向かった。
そしてしばらく行って、ふと足をとめた。
「虎丸、いつもより妙に言葉数が多かったな。それに綱さんが虎丸を呼んだと言った。俺を通さずにか?それも最近朱天一味と交わっている男を?それに虎丸、背中に何か背負っていなかったか?はて、妙だな」
そうして振り向いたのと、綱の部屋から庭へと影が飛びだしていくのが同時だった。
「しまった、やられた!」
その叫び声は、綱の耳にも届いた。
「なんだ貞光、うるさいぞ!」
「やられました、綱さん、掛け軸を盗まれましたっ」貞光が走ってくる。
「なんだと!?誰だ、何者だ!?」
「ほら、虎丸ですよ、私が探索に使っていた」
「どういうことだ。金時、お前はここを動くな」
「おお、金時、久しぶりだな」
「久しぶりです、貞光さん。今日はしばしのお暇の挨拶に帰ったしだいでして」
「お、そうか、それは殊勝な」
「のんきに挨拶している場合か、貞光!」綱は金切り声になっている。「うん、金時が帰ってきた頃合いを見計らったような騒動。さては、お前も一枚かんでいるな、金時」
「馬鹿言わんでください、綱さん。ようし、それなら、俺がその賊をとっつかまえてやりますよ!疑いをきれいさっぱり晴らしてみせますよ!」
金時が立ちあがって、駈け出て行った。
綱がとめる間とて、ない。
綱は部屋にもどって、壁にかかっているはずの掛け軸がないのを確かめ、庭に降りた。
だが、もうそこには、虎丸も、金時の姿も見えない。
「おのれ、俺をコケにしおって!」
綱は唇を噛んで、まさに地団駄を踏んだ。
広大な庭に、秋の夜の冷たい風が吹き渡っていった。
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