三ノ九 逆襲の綱
「すべて季武の言う通りになったな」
炎がひろがりつつある雑木林を見つめて、騎乗の綱はつぶやいた。
卜部季武は言った。
――山田屋敷から出てきた朱天組を貞光の
そうして綱は三百人あまりの兵を集めて、百メートル四方ほどの朱天の森と呼ばれる雑木林を包囲している。
「今度こそ、捕らえて刑に処してやる」
秩序こそが平和という理念のもとに生きてきた綱にとって、秩序の埒外に生きている朱天組のような者たちは、吐き気がするほど醜悪で、不快で、目ざわりでしかたがないのだった。
是が非でも捕縛して罰をあたえねば、けっして心がやすまらぬ。
と、赤く燃える草木を背に、黒い影がひとつ、こちらにそろそろと近づいてくる。
森からでた朱天は息を飲んだ。
――まさかこれほどの人数をそろえてくるとは。
太刀や槍を持つ兵だけでなく、騎馬武者もいれば、弓兵もいる。
朱天達のような、コソ泥程度の小悪人を捕らえるのに、なにもここまで大仰にする必要があるだろうか。
朱天は、ぞわぞわと鳥肌が立つのを感じた。
渡辺綱の執念のようなものが、森を取り囲む篝火の向こうにうごめいているように思えた。
「私は朱天という!」
朱天は喉が張り裂けんばかりの音声で叫んだ。
「森をとりかこむ隊の将と話しがしたい!」
「よくぞ我らが前に姿をみせた、朱天。私がこの隊の将渡辺綱である」
白馬をゆっくり進ませて、綱が篝火のなかに姿をあらわした。
「渡辺殿、お尋ねする、何のゆえあってこの森を取り囲むか。ここは、あなた方の不人情な行いによって住む場所を追われた者達が、肩を寄せ合いひっそりと暮らしているにすぎない。それをなぜまた、さらなる塗炭の苦しみをあたえんとするか!?」
「どこがひっそり暮らしているというかっ。道義に反し、他人の家に踏み込んで人をさらい、命を奪った極悪人め!」
「私たちは、意思に反して監禁されていた新庄史生を助けただけだ。それに山田大丞を殺害などしてはいない。やったのはあなたの手の者であろう。そうして我らに罪をかぶせたのであろう!」
「ええい、盗人たけだけしいっ。言うにことかいて、我らに罪をなすりつけるなど言語道断!」
「なすりつけてなどいない、真実を述べたまでだ!」
「ならば、その真実とやら、じっくり聞かせてもらおう。朱天、こちらにきて、縄をうけよ。屋敷でじっくりと取り調べてくれる!」
「悪事を働いてもいないのに、なぜ縄目の恥辱を受けねばならんのか!」
そのとき、森の反対側から怒号や叫声が聞こえてきた。
「何事だ!」
問う綱に伝令が走り寄ってきて、
「森の北側から、住人達が大挙して脱出せんと、突撃してきました!」
「なんだと、ち、謀られた。朱天、貴様、おとりであったな、まんまとしてやられた」
そして綱が手を振って、
「朱天を捕縛せよ!」
命令に応じて、兵たちが一斉に進撃を開始した。
と、朱天に走り寄る兵たちの前に、黒い巨大な影がひとつ。
金時であった。
「きたねえ、きたねえよ、綱さんよ!」
そう叫んで金時は手にした大太刀をぶんぶんと振り回した。
兵たちはおののいて足をとめ、尻込みする。
「うろたえるなっ」綱の叱声が飛んだ。「金時、また貴様、我らの邪魔をするか。今度という今度はゆるさんぞ」
「馬のうえでふんぞり返って、罪もない弱い者をいじめて何が楽しい、綱さんよ!」
「この者達は世の秩序を乱す悪人どもだ。けっして罪咎のない弱者ではない。そこをどけ、どかねば斬るぞ!」
「やってみろ!」
「おのれ、かかれっ!殺す気でかかれっ!」
遠巻きで取り囲みつつも、じりじりと兵たちが金時に迫る!
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