三ノ八 罠にあえぐ

 なぜこうも都合よく源頼光の手の者が……、などと考えているいとまは皆無である。


 道は兵たちでいっぱいで這い出る隙もない。

 しかたなしに朱天達は、出てきた木戸をまたくぐって、山田屋敷のなかへと入った。


「屋敷全体が囲まれている雰囲気はない。反対側から逃げよう」


 朱天の発案にうなずきつつ、皆は庭を駆け抜けた。


 背の高い茨木はそのまま塀を乗り越え、星や虎丸は庭木を足掛かりにしたりして、皆、なんとか塀の向こうの路地へと降りたった。


「おい、こっちだ」


 路地の向こうから叫ぶ兵の声が聞こえた。


「もう発見されたのか!?」


「かまうな、とにかく逃げるぞ!」


 茨木と朱天が口口に言って、走り出した。


 ドドドドドド!

 ドドド、ドッ、ドドッ!


 後ろから、碓井の明目衆あかめしゅうの兵たちが雪崩のようにおしよせる!




 京の町を駆け抜け、朱天組の家までたどりついた時には、朱天は疲労困憊、ぜえぜえと肩で息をして、ともすると胃の中のものを吐き出しそうであった。


「み、みんな、だいじょうぶか、そろっているか?」


 朱天が訊くと、皆が、ハアハア言いながら、手を振っている。


 数をかぞえてみれば、全員そろっている。


「し、しかし、おどろいたな。あそこで碓井の手勢が出てくるとは」茨木が言った。「ああいう偶然は勘弁してほしいな」


「いや、偶然じゃあないぞ」朱天が答えた。「最初に山田大丞に向けて誰か石を投げたか?」


「いや、俺じゃない」


 茨木が答え、虎丸が首を振る。


「朱天のダンナがやったんじゃないのか?」


「いや、俺じゃないんだ、茨木。あの石といい、山田大丞に刺さった短刀といい、他に誰かがいたんだ」


「じゃあ、碓井も俺達を捕まえるために、ずっと潜んでいたのかよ」


「たぶんな」


 ――しかし、誰がこんな手の込んだマネをしたんだ。

 朱天は考えた。

 ――山田大丞か、それとも、考えたくはないが、さかえ殿か。さかえ殿自身は知らなくても操られていた、という可能性もある。あの手紙……、あれが罠だったとしたら……?


 と、


 カッ!

 カッ!

 カッ!


 何かが地面に、家の壁に、突き刺さるような音がした。

 同時に、周囲がぽっと明るくなった。


「なんだ!?」

 茨木の叫声に、

「火矢だ!」

 虎丸が答えた。


「もう、碓井に追いつかれたのか?」


 朱天の動揺に答えるように、遠くから声が聞こえてきた。


「観念しろ、京の風紀をみだす不浄なる害虫どもめッ!」


 聞き覚えのある声。

 高慢な物言い。


「綱の野郎かっ!?」茨木が感づいた。


 綱の声は続いた。


「もはや言いのがれはできんぞ。公家の屋敷に侵入し、新庄史生を拉致し、山田大丞を殺害した大悪党め。おとなしく降参すれば楽に冥土に送ってやる。降参せぬならば、このまま火矢で森ごと焼き尽くしてくれるぞ!」


「なんだと、俺達は人をさらってもいないし殺してもいないぞ」茨木が叫び返す。


「そういうことになっちまってるんだ」朱天が歯噛みした。


「ちくしょう!」


「しかも、いくらなんでも、敵の動きが早すぎる。やはり、最初から俺達は操られていたんだ」


「ふざけんなッ!」茨木が叫んだ。「俺達だけじゃなく、森に住む皆もいっしょに焼くつもりかっ!四条河原の住み処を焼き払っておいて、またここも焼き払うつもりか!綱の野郎、もう勘弁ならねえ、ぶっ殺してやる!」


 茨木は太刀を引き抜くと、森を取り囲む綱の軍勢にひとりで斬り込もうと走り出す。


「だめだ!」


 朱天が後ろから羽交い絞めにしてとめた。


「とめるな、ダンナっ」


「ひとりで行ってもただの無駄死にだ。ここは逃げる算段を考えよう」


「考えてどうなる、もう取り囲まれているんだぞ!」


「俺が囮になる」


「馬鹿言いやがれ」


「俺が囮になって綱の目をひきつけるから、お前たちは、村の皆を扇動して、包囲の薄そうな場所を突破するんだ!」


「囮って、なにをどうする」


「それは俺が考える。お前たちは、とにかく村の皆を集めて、頃合いを見計らって逃げろ、いいな」


「だったら、俺もダンナといっしょについていく」


「敵を突破するには、お前の力がかかせないだろう。落ち着いて考えろ、茨木」


 そう話している間にも、どんどんと火矢が射込まれる。

 朱天組の家はもう、燃え上がり始めている。


「楽器だけは持っていけ。あれは俺達の命だ」


 朱天の命令に、茨木は、しぶしぶといった態でうなずいた。


「何をしている、このまま火で焼かれたいか!?」


 綱の吠えるような声が聞こえる。

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