三ノ七 からみつく糸

 ――馬鹿なっ!?


 朱天の背筋に冷や汗が流れる。


 ――誰が何をした!?


 実際、しかけたのはひっそりと隠れ潜んでいた卜部季武の密偵飄である。

 山田大丞に朱天達の存在を気づかせるため、石を投げたのであった。

 しかし、朱天は仲間の誰かが先走ったと思っている。


 ――こうなってはいたしかたもなし。


 朱天は計画を変更させた。

 もうここで新庄を奪還するより道はないとみた。


 朱天は木の陰から立ち上がった。


「ぬはははは」


 もう高笑いでもして、ごまかすしかない。


「山田大丞、そなたの悪事はすべてお見通しよ。さあ、なにも言わずにその新庄氏をこちらに引き渡してもらおうか」


「そ、そんなはずは……。もう襲って来る心配はないのではなかったのかっ?」


「なにが、そんなはずは、なのかね。げんにこうして正義の味方があらわれたではないか」


「なにが正義の味方だ。お前たち、やってしまえ!」


 山田が従者たちに命じると、従者三人がいっせいに朱天に向けて飛びかかってきた。


 茨木、虎丸も同時に飛びだし、従者ふたりに挑みかかった。

 四人の太刀が打ちあい、耳をつんざくような刃音が夜の闇にこだまする。


 正面から襲ってくるひとりに向けて、朱天は石を投げた。

 ヒュッ!

 夜気を斬り裂くするどい音をたてて石が飛ぶ。

 太刀のあつかいが不得手は朱天は、巾着袋いっぱいに石をつめこんで、腰にさげていたのである。


 石が男の眉間に命中した。

 投げた石の速度と、走ってくる男の速度があわさって、とんでもない破壊力をもった小石は、男を瞬時に卒倒させた。


 これはいけない、と思ったのだろう、山田はいつの間にか太刀を手にしており、新庄に斬りかからんとしていた。

 朱天は縁側にたつ山田へ走りながら、手に向けて石を投げたが、走りながらだったので、狙いがさだまらない。

 石は大きくそれて、暗い虚空に消えた。


 だが、牽制けんせいにはなった。

 山田が一瞬たじろいだところへ、朱天が飛び込んだ。

 ふたりの間に割り込んで、山田の太刀を持った両手を、両手でつかんだ。


「さ、はやく逃げてください」


 朱天が新庄へ言うのへ、


「は、はい」


 と返事して新庄は走り出した。

 先日来て手紙を書かせた男の言う通りになった。

 ――助けに来てくれた彼らは、手紙を書かせにやってきたあの男の仲間であろうか、妹のさかえが雇ったのであろうか……。


「あ、逃がすかっ」


 山田が渾身の力で朱天の手を離そうとする。

 朱天は負けじとその手をつかんで離さない。


 振りほどこうとする山田。

 太刀を奪おうとする朱天。

 ふたりはもみ合うようにして、縁側から庭へと転げ落ちた。


「あうっ」


 妙な悲鳴をあげたのは山田であった。

 山田は朱天の下敷きになっていて、持っていた太刀でどこかを傷つけたようだ。


 朱天は山田の手から太刀をもぎ取って立ち上がった。

 山田は左の二の腕を押さえている。

 斬ったのはそこであろう。


 その時には、他のふたりの決着もついていた。

 茨木と虎丸が走り寄ってきた。


 朱天がふたりに目を走らせると、


「大丈夫、気絶させただけだ」


 茨木が答えた。


 この作戦では、けっして人を殺めてはならないと、朱天は皆に厳重に命じてあった。


 朱天はうなずいた。


 と、


「うげっ」


 山田がうめき声をあげた。


 三人が見ると、胸に短刀がぶっすりと突き刺さっている。

 心臓を貫いているその短刀の、刺さりきっていない刃が、月の光に鈍く光った。


「いや、違う、俺じゃない」朱天が首を振って言った。


「違うっつってもよ」


「本当だ茨木」


「いや、朱天じゃない。朱天が立ってこちらを見ていたときに、短刀がささった」虎丸が答えた。「どこかから飛んできたように見えた」


「ど、どういうことだ」朱天は茫然とした。


「と、とにかく逃げるぞ、ダンナ」


 茨木にうながされて、朱天が裏木戸のほうをみると、星が手招きしている。


 三人は走った。


「熊八と金時が新庄さんを送っていった」


 そう言いながら、星が木戸の外に油断なく目を走らせた。


 三人が路地へと飛びだす。


 刹那、


「そこまでだ、盗賊ども!」


 二十人はいようかという一隊があらわれ、道にあふれかえった。


「源頼光が家臣、碓井貞光である。神妙にばくにつけ!」

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