三ノ十 燃える森

 金時の振り回す大太刀が、まるで竜巻をおこしたように、近づく兵たちを薙ぎ払う!


 さらに近づく兵たちは、剣圧をあびただけで腰を抜かしたようにへたりこむ。


 そこへ、さらに巨体があらわれた。


 熊八である。


 熊八は素手で、相撲取りのつっぱりのように両手を交互につきだし、次次と兵を薙ぎ倒す!


「だ、誰も近づけませ~んっ」


 見ればわかる報告に、綱は苛立ちをつのらせた。


「もう脱出していく向こう側の集団は放っておけっ。こっちに兵をまわせっ。とにかく朱天をのがすな!」


 たちまち金時と熊八と朱天のまわりは兵士でいっぱいになった。


 朱天はまったく身動きできないほど、前後左右からぐいぐいと人がせまり、もみくちゃにされて、もう押しつぶされそうだ。


 金時の、大太刀を振り回す範囲だけ、ぽっかりと円形に穴があいたようになっている。

 熊八は、前方だけの攻撃だったものだから、後ろから兵たちが飛びつき、しだいに動きが封じられていく。


「に、逃げろ、金時!熊八!」


 もう声を出すのさえつらいほど、圧迫されて息苦しいなかで、朱天はせいいっぱい声をだして叫んだ。


「あんたを置いちゃいけねえよ!」


「そうだ、逃げる時は兄貴といっしょじゃなきゃ嫌だ!」


 金時と熊八が口口に言うのへ、


「お前たちの力は、皆を守るのに絶対必要なんだっ!村の皆を助けてくれ、たのむ!」


 金時と熊八は、ふたりの意思とは関係なく、迫る兵たちに押されて、だんだんと朱天との距離が遠のいていく。


「朱天っ、朱天ーーーッ!」


「兄貴っ、兄貴ーーーッ!」


 押されるふたりは、もう朱天の姿かたちがみえず、どこにいるのかわからぬまま、攻撃を続けた。


「くっそ、お前ら、どけどけっ!」大太刀を振り回しながら金時が叫ぶ。


「どこだ、朱天の兄貴!?」手を突き出しながら熊八は涙声になっている。


 朱天との合流をあきらめたふたりは、力まかせに包囲を抜け出し、頃合いを見計らって、一目散に駆けだした。


「すまねえ、すまねえ、兄貴~っ」熊八は泣きながら走った。


 金時は唇を噛みしめて走った。




 やがて、水を打ったように、闘争の場はしんと静まりかえった。


 そして、渡辺綱の前に、朱天がひったてられた。


 朱天は殴られ、蹴られ、まぶたは腫れあがって視界などはほとんどないほどで、頬もおたふくのようにふくれあがっていた。

 たちまち尻もちをついて、綱をみあげる。


「無様よな、朱天」


 冷酷に綱が言った。


 朱天はただ無言で、その視線を見返していた。




 一方。


 森の北から脱出した茨木、虎丸、星、そして住民六十人あまりは、北へ北へと三キロほども野道を走って、もう大丈夫そうだと休息をとった。


 振り返っても綱の兵はまるでこちらを相手にしていないかのごとく、追ってはこない。

 ただ、森が燃えていて、空も真っ赤に焼けている。


「せっかく作った俺達の村が」

「ゆっくり暮らせると思っていたのに」

「畜生、朝廷の犬どもめ」


 住人達の怨嗟の声がこだました。


 朱天組の三人も、皆、それぞれの思いを胸に炎を見つめていた。


「どうして……。私たちだけならともかく、村の人たちは何をしたというの?」星は、無念であった。


「くそっ」虎丸は、悔しかった。


「綱の野郎、今に見ていろ。絶対に、絶対にゆるしちゃおかねえ」茨木は、復讐を誓った。


 そこへ、


「おーい、おーい」


 巨体の男ふたりが走り寄ってきた。


「おーい、熊八、金時っ」


 茨木が手をふっていざなった。


 その脇を、星が駈けていく。


 駈けていった星は、金時に飛びつき、ぎゅっと抱きしめた。


 巨体の金時に、小柄な星が胸に抱きつくものだから、はた目には、大人が子供をあやしているようにみえる。


「いちゃつくのは、後にしてくれませんかねえ」


 茨木があきれて言った。


「朱天のダンナはどうした?」


 茨木の問いに、熊八が答えて、


「すまねえ、兵士が多すぎて、助けられなかった。きっと捕まってしまっただ」


 そうか、とつぶやいて、茨木は、


「どうする、どうする」


 自分に問うた。


 朱天のを取り返す方法を考えなくてはいけない。

 村の住民たちの落ち着き先を探さなくてはいけない。


「こんなとき、ダンナならどうする」


 茨木の目にうつる朱天の森は、いっそう燃えあがっていた。

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