四ノ十一 裂ける村
喜造は三十過ぎの男で、この村の近くの土地で暮らしていたのだが、朱天達の村づくりに、面白そうだという理由で加わり、以後農業の指導役として活動していた。
「なあ、朱天さん。今日はちょっと言いにくいことを言いにきたぜ」
縁側に座りながら喜造が言った。
朱天もその隣に座って、
「ははあ、新しく来た三人のことだな」
「そう察してくれると話がはやい。どうだろう、杞憂と言われてしまえばそれまでだが、彼らを村に留めておくと、京のやつらから目をつけられるんじゃないかな」
「それは俺も考えた。目をつけられると言っても、三人がここに逃げてきたのは京には知られていないし、だいいち、ここに俺達が村を築いていることすら、認知されていないからな」
「そう、知られていないから良かったんだ。これで知られることになりかねない。村人達は不安なんだ。皆、新しくきた三人のことを言えるような、キレイな人生を送ってきた者ばかりじゃない。スネに傷を持つような人間ばかりさ。けど、そんなやつらが、やっと平穏にくらせる場所をみつけたんだ。その居場所を壊されたくないんだ」
「それはわかる。けどな、三人は俺の友達だ。熊八や星や金時たちと同じように、仲良くやってくれないか」
「群盗の親玉とか?」
「そうは言うがな、ここに村を築けたのは、彼女がこの土地を確保してくれていたからだし、たった三年でそれなりの収穫がえられるようになったのだって、管理してある程度の手入れをしていてくれたからだ。彼女に感謝しこそすれ、嫌って追い出すなんてことは、俺にはできない」
「村人の何人かが出て行くとなったとしてもか?」
「それは嫌だ。嫌だが、どうしてもというなら、俺は三人を取る」
「そうか、わかった。それがあんたの本音だな」
「いや、変なふうに受け取らないでくれ。あくまでも、仮定の話だし、村人の誰も追い出すつもりはない」
「ああ、わかっているさ。皆には、間違いのないように伝えておくよ」
喜造は、納得はできないながらも、ともかく村人に話を伝えるために帰って行った。
「そんな話があったらしいのよ」
その晩、野良仕事から帰ってきた熊八に、玉尾が話した。
「ひどいやみんな。三人ともいい奴らなのに」熊八が首を振り振り答えた。
「いい人かどうかは、今は関係ないの。三人が京の朝廷に追われているという事実が重要なのよ」
「追われているかどうかは関係ない。いい人だってことが重要なんだ」
「あんたって、本当、人のいいところしか見ないのね。あの三人を放っておくと、この村が壊滅してしまいかねないのよ」
「どうして」
「げんに、もう、村人の間にさざ波がたってしまっているじゃないの」
「さざ波がたつ意味がわかんねえんだよ」
「ここはいわゆる隠れ里なのよ。朝廷に露見していない、ないしょの場所なの。だから平和なの」
「みんなが黙っていれば、大丈夫だよ」
「この村を旅人が通り過ぎることがあるし、行人だって山での修行の行き帰りに立ち寄ることもあるわ」
「心配すんな。考えすぎだよ」
「ああもう、どう言ったらわかってくれるのかしら。私たちの仲だって引き裂かれかねないのよ」
「なんでそうなるの?」
そうしてその夜、寝床についても、玉尾は不安がつのって眠れず、ずっと考え続けるのであった。
――どうしてあの三人が来てしまったのかしら。あの三人さえ現れなければ、この村は平和で、皆なかよくやっていたのに。このままこの土地が朝廷の知るところとなれば、私がここにいることも家族に知られてしまう。それでは、私とこの人との幸せな生活も崩壊しかねないわ。あの三人さえ現れなければよかったのに。
この思考が、玉尾の暗い心のなかでこね回されているうちに、いつか飛躍してしまうのだった。
――あの三人さえいなければいいのに。
と。
――たとえば、あの三人を検非違使に差し出したらどうかしら。この村にいままでどおり干渉しないことを条件に。そうよ、これは天才的なひらめきだわ。土蜘蛛という盗賊の首領をさしだすのならば、こんな小さな村のひとつくらい、朝廷だって見逃してくれるはずよ。
それが、実に身勝手で小さな了見からの思いつきであるとは、まだ歳若いこの女は気づかない。みずからの思考を顧みる心のゆとりなどは、持ち合わせていないのだった。
しかし、誤ったひらめきでも、ひらめいてしまえばあとは行動するだけだった。
なにせ、公家の家を平然と飛び出してこの村までやってきたほど、行動力だけはある女である。
その夜が明ける前には、もう、玉尾の姿は村から消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます