四ノ十二 発覚

 藤原忠公の娘玉尾という、二年間行方知れずだった女が検非違使の姉小路あねのこうじという男に連れられて、源頼光邸にやってきたのは、もうずいぶん夜も更けてからのことであった。


 どうも土蜘蛛一党にかかわりがありそうだということで、渡辺綱、卜部季武、碓井貞光の三人が客間で応接することにした。


「かねて知り合いだった私のもとへこの娘が尋ねて来ましてな」と姉小路が話しはじめた。「聞けば、これはもう、検非違使だけではいかんともしがたい話なようで。検非違使一同で話しあったところ、土蜘蛛一党とは因縁浅からぬそこもとらのご助力をあおいではどうか、という話になりましてな」


 綱が答えて、


「その朱天が築いた村に、土蜘蛛のあやめという首領が逃れてきたので捕まえてほしい、ということですな。ほかに、茨木、虎丸も村にかくまわれていると」


「その通りです」と玉尾が言った。「その村の居場所をお教えします。ですが、なにとぞ、村人たちに危害は加えないでいただきたい。とくに、我が夫の熊八は絶対に助けてもらいたいのです」


「話はわかりますが。で、その村の場所はいずこに?」


「村人を助け、村をこのまま隠れ里として放置してくださると確約していただけたら、お教えします」


「困りましたな、それは我らの一存では……」


「いいでしょう。お約束しますよ」季武が口をはさんできた。「土蜘蛛といえば、天下の大盗賊。そのかしらのクビが手に入るのでしたら、村のひとつやふたつ、おめこぼししてくれるように、我らのあるじ源頼光に伝えておきましょう。なに、頼光は藤原道長様とも昵懇の間柄ですから、小さな村の措置などどうとでもできますよ」


 その勝手ないいぶんに、綱はきっと横目でにらんだが、季武は涼しい顔をしてほほ笑んでいる。


「おお」と玉尾は顔がぱっと明るくなった。「でしたら、村の場所をお教えします」


「それはどこです?」季武が身を乗り出した。


「丹波大江山に」


「大江山……、そんなところに」綱は探し求めていた恋人でも見つかったように、胸がときめいた。朱天もあやめも茨木も、今度こそすべて捕らえてくれる、と。


「では」と季武が、「貞光、お嬢さんをお家までお送りしてさしあげろ」


「はい」貞光が静かに頭をさげた。


「え、いえ」と玉尾は戸惑った。「私は家に帰るつもりはありません。大江山に帰ります」


「そうはまいりません」季武が答えた。「二年間も盗賊に捕らわれていた・・・・・・・・・・のですから、ご家族のご心配はいかばかりか、卑小なるわが身では測りかねるほどです」


「え?私は盗賊に捕らわれてなどは……」


「貞光」


 と季武にうながされて、貞光が立ちあがって、玉尾の腕をつかんだ。


「あ、なにをっ?嫌です、私は家には帰りません、帰りとうはございません、ああっ!?」


 貞光は玉尾を引きずるようにして、連れ去って行った。


 綱と姉小路が、その光景をぽかんと眺めている。


 その姉小路に季武が声をかけて、


「では、姉小路さん。よく話を持ってきたくださった。あとは、我らにお任せあれ」


「は、はあ」


 いささか納得できない面持ちで、姉小路は帰って行った。


「なんだ、今のは?」


 すぐに綱が季武をとがめるように言った。


「なんだもなにも、探していた重要人物達の居場所が根こそぎわかったんだから、これでいいじゃないか」


「いいものか、あんな、娘さんをだますようなマネをして」


「嘘も方便さ。あの娘だって、自分の了見違いに気づくときがくるさ。いや、盗賊の居場所を知らせてくれたんだから、了見違いでもないか、ははは」


 綱は、背筋が寒くなるような気分で、この友人をじっと見つめた。


「何をしている、綱。こうなったら、電光石火。すぐに軍を整えて乗り込まねば、また逃げられるぞ。はよう人数を集めんか」


 そう言った季武のほほ笑みが、綱にはひどく冷酷に感じられたのだった。

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