第四章 たたかうやつら

四ノ一 安住の地

 朱天しゅてんは、秋の突き抜けるような空を見上げて、ほっと吐息をついた。


 ――今日からやっと稲を刈れる。


 このための吐息であった。


 大江山の中腹の、山に挟まれた谷のような、幅が百メートルもない土地であった。

 さいわい川が流れていたから、コの字に二キロメートルほどの田を作ることができた。

 最初の一年は何も実らなかった。

 ただ、荒れ野を耕すだけで月日が過ぎていった。


 坂田金時さかたの きんときが山育ちだったから、山野で暮らす知識があった。

 猟の経験があるものもいたので、皆で狩りをしたり山菜をとったりして飢えをしのいだ。


 次の年は、ほんのわずかに米がとれた。

 畑の収穫も、皆の腹を満たすほどではなかった。


 そうして、今年、やっと期待していた最低限の収穫が見込めそうであった。


 しかし、皆の一年分には満たないであろう。


 それでもよかった。


 手にあふれるほどの米を収穫できることを想像すると、喜びが、体を駆け巡るようであった。


 細長い田園には、三百人ほどの人であふれていた。


 最初五十人程度しかいなかった村も、村づくりの噂を聞きつけて、しだいに人が集まってきた。


 重税に苦しんで逃散した農民たちが多かった。

 町の暮らしが嫌になった商人。

 山が枯れて獲物がとれなくなった猟師。


 土をこねて土器かわらけを作るもの、木を彫って像を作る者、絵を描く者。

 酒がやめられず追放された坊主なんていうのもいた。

 貧乏に耐え切れずに逃げ出した公家なんていうのもいた。


 多種多様な職種の人間が、世間からつまはじきにされて、流れ流れてこの地にたどりついた。


「みんな、集まってるな。さあ、はじめようか!」


 朱天の号令で、みなが一斉に鎌を片手に田に向かう。

 歌を唄いながら、小気味よい音をたて、稲を刈っていく。


 皆のたべる食事を作るのに、飯屋の親父が何人かの、かみさん連中に指図している。

 ほしもそこにいて親父になにか言われて、言い返していた。


 こぼれ落ちた籾をつつきに来た雀を追い払う女の子がいる。

 刈り取られた田のうえを無邪気に走り回って、母親にしかられる男の子がいる。


 遠くでは、金槌を叩く音がする。

 もろ肌脱ぎで木にまたがり削る男の姿があった。

 ふらふらと柱を運んで叱られる青年の姿があった。

 その采配をしているのは、朱天をこき使い、殴ったあの大工の棟梁であった。


 皆が活気に満ちていた。

 ここは別天地であった。


 朱天はひとしきり小さな村を眺めると、満足したように伸びをして、稲刈りの列に加わった。


 ――この幸せがずっと続くといい。


 朱天は額の汗を、手ぬぐいでぬぐいながら思う。


 ――これこそが、人だ。人が生きるとはこういうことだ。


 人と人とが支え合い、時に喧嘩し時に協力し、土地を広げ作物を作り、得意とする物を作り、喜びをわかちあう。

 ここでは誰もが素の自分でいられる。


 京の人ごみと土埃にまみれた煩わしい生活を思うと、天国であるとさえ思えた。

 人と人とが騙しあい、利用しあう京の世界は、ここにくらべれば地獄絵図のような場所だったという気が朱天にはするのだった。


「お、みんなやってるだな。おらも混ぜてくれ」


 朱天は背を伸ばし、稲穂の上に頭をだして声の主をさがした。


 田の畦で熊八くまはちたすきをかけて、鎌を受け取っている。


「お、帰ってきたか。無理するんじゃない、ちょっとは休め、熊八」


 声を聞きつけて、熊八が寄って来る。


「京から帰ったばかりだろう」


「なに、体力はありあまっているだ、兄貴」


「みんなの様子はどうだった」


茨木いばらぎ虎丸とらまるも元気にやってた」


あやめ・・・どのからは何か言いつかってきたか}


「いや、とくに用事もないそうだ」


「そうか」


 たいがいのことは、北の宮津か南の福知山で、なんとかなった。

 村人が作ったものを売ったり、必要な物を買ったりした。

 だが、どうしても京でしか手に入らないものもあったし、あやめ達土蜘蛛一党と連絡をとりあう必要もあった。

 それで、時時、朱天組の誰かが京へと出張に行くのだった。


「いい酒が手に入ったぞ、兄貴」


「おお、ようやった熊八。米がたくさんとれるようになったら、ここでも酒を造りたいのう」


 朱天は思わず舌なめずりするのであった。


 その姿をみて、周りの村人たちが、手をとめてどっと笑った。


「ははは、さあ、稲はまだたんと残っているぞ。みな、はげめ、はげめ!」


 朱天の号令で、皆がまた鎌を動かしはじめる。

 稲刈り歌の合唱が、新生朱天村にこだまする。

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