一ノ十一 真実の口
「ああ」と茨木が、咳払いとともに進み出た。「その小さいのにだまされちゃいけませんぜ、親分」
「なんだと?」
「ここにいる熊八に、いま聞きただしたところ、銭ならちゃんとあるそうです」
「なんだとっ?」
「それもたっぷりと」
「どういうことだ、卯吉っ?」
「いやいやいや、俺は嘘なんか言ってませんぜ、親分」卯吉が冷や汗たらたら答えた。「あいつらの言ってんのは、ただのでまかせだ」
茨木が続けた。
「まあ、卯吉は、ショバ代を払うのが嫌で弟分を売った、ってわけで。しかも、この熊八、見た目どおりのノロマのトンマ、まるで役に立ちはしねえですよ。こんなのを奴婢にした日には、無駄飯食うだけで、損ばかりがふくらんでいくだけですぜ、親分。そんな男の口車に乗っちゃいけません」
「てめえ、適当なことばっか、言ってんじゃねえぞ」卯吉が金切り声をあげた。
「あ、兄貴い」
と何か言おうとする熊八をさえぎって、茨木が、
「さあ、熊八、銭のありかをあらいざらいぶちまけちまいな」
「へっ、熊八が知ってるわけがねえ」卯吉が唾を吐くように言った。
茨木、ここぞとばかりに、ぴっと卯吉を指さして、
「じゃあ、お前は銭のありかを知ってるってこったな」
「あっ!?しまった」
「卯吉、俺を騙すとは、いい度胸だなっ」
獅子蔵親分が卯吉の胸ぐらをしめあげる。
「あの、その、この、これ、違う」
「何が違う」
「いや、何も違いません、いや、違う、違いません。ああくそ。ち、ちくしょう、裏切りやがって、熊八」
もはや、卯吉の叫びは涙でしめっている。
「熊八は裏切っちゃいねえよ」朱天が割って入った。「それどころか、お前を助けるためなら、進んで奴婢になってもいいなどと、けなげなことを言う。お前をだまして吐かせたのは、俺の策だ」
「じゃあ、獅子蔵親分、後はその小さいのを煮るなり焼くなり、お好きなように」茨木がにんまりと笑って腰をかがめた。
獅子蔵の子分たちが、卯吉を取り囲むと、ぽかぽかとやりながら、奥へとひきずっていった。
「ちくしょう、ちくしょう、俺の銭が。ゆるさねえ、熊八、ゆるさねえぞぅっ!」
姿は見えなくなったが、悲鳴のような卯吉の声だけが響いてきた。
朱天と茨木は、卯吉のもとへ向かいそうになる熊八をなだめながら、門を出て行った。
いつもの三条大橋へと向かう三人の後背から、赤く染まった陽が照らし、三人の行く先へと長い影を描いていた。
「しかしよ」と茨木が話した。「よく卯吉が銭を隠してるってわかったな、朱天のダンナ」
「半分は賭けだな」
「本当に銭を持っていなかったら、どうしたよ」
「なに、市場で下駄がけっこう売れているのを、お前も見ただろう。あれだけ売れて、銭をまったく貯め込んでいない、ってこともあるまいと思ってな」
「ふ~ん」
茨木、納得したようなしないような。
と、熊八が大きなため息をついた。
「はあ、兄貴……」
「なんだ、まだアイツのことを兄貴と呼ぶのか」
うなだれる熊八に朱天が言った。
「でも、あのままじゃ、卯吉兄貴が殺されちまう」
「銭のありかを隠さず話せば、命だけは助かるだろうよ」
「だといいなあ」
「未練は捨てろ、熊八。あいつは、お前を奴婢として売ろうとしたんだ。そんなやつを、いつまでも兄貴なんて慕ってるんじゃない。もうきっぱりと縁を切って、新しい人生を送るんだな」
「けど、オラひとりじゃあ、何にもできねえ。やっぱり鴨川に身をなげるしか」
「おいおい、ぶっそうなこと言ってんじゃねえ」と朱天が思案気な顔をして、「あそうそう、さっきちらっと聞いたが、お前太鼓が打てるって?」
「ああ、オラのただひとつのとりえだ。住んでた村でも、おらは周りのみんなから馬鹿にされていたけど、お前の叩く
「じゃ、決まりだな。俺達の所に来い」
「え、でも朱天の兄貴」
「一緒に、音楽で天下取ろうぜ」
「あ、兄貴ぃ」
それからは、熊八、まさに熊のような咆哮で泣き続けるのであった。
「いや、ちょっと待てよ」茨木が何かを思いついた。「なんか忘れている気がするんだが」
「はて、なんだったかな」朱天が頭をひねった。
獅子蔵の屋敷ないで、迷子になっていた虎丸がどうにかこうにか抜け出せたのは、日付が変わってしばらくしてからのことであった。
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