一ノ十 奪還作戦

 策士朱天(と自分では思っている)の作戦はこうである。


 まず、朱天と茨木と熊八が、獅子蔵親分の屋敷へと出向き、正面から堂々と乗り込んで、親分と交渉する。

 が、いくら口巧者の茨木でも、相手はならずもの集団だ、一筋縄でいくはずがない。

 そこで、隠密虎丸の出番だ。

 表の朱天たちが屋敷中の意識を集めている間に、卯吉を見つけ出して、脱出させる。


 で、もとは公家の屋敷であったのをぶんどったのだろう、一般人とはとても思えない豪奢な屋敷の唐門から(正面の門)からずかずかと入り込んだ朱天達であった。

 庭を横ぎって中門ちゅうもん(門を入ったところにある門)の前にくる。


 千年後の時代の暴力団の組事務所のような場所である。

 皆、じつはちょっと膝がふるえている。


「すみません、獅子蔵親分はいらっしゃいますか?」朱天がおとないを告げる。


「いやダンナ、ここはもっと腹から声出して、ドスをきかせて」


「いや茨木、それじゃあ、殴り込みに来たみたいじゃないの」


「そんなもんだろ」


「いや違うから、ここは相手を怒らせたりしない方がいいから」


「なんじゃあいっ!?」

 中門の左右に伸びる廊下へ、肩をいからせて、恰幅のよい髭面男が出てきた。


「ほら、来たよ、冷静に行けよ、茨木、熊八」


「なんじゃ、お前ら」


「私、朱天ともうします。じつは、こちらでご厄介になっている、卯吉のことでうかがいまして」


 朱天が言うやいなや、男はくるりと回れ右して奥へと消えてしまった。


 あっけにとられているうちに、すぐにどたどたと数人の男たちが中門脇の妻戸つまどを開けてでてきた。


 なかの、えらく派手な衣装の五十くらいの男が獅子蔵だとすぐにわかった。

 目には、人を刺すような鋭い光が宿り、平然と立っているようにみえて凄まじい威圧感を放っている。

 背丈は並みなのに、ひと回りも大きく見えるほどの威圧感であった。


「ワシが獅子蔵じゃ」男が廊下の上から、渋い声音で言った。


「これはわざわざ……」


「そっちから出向いて来てくれるとは、手間がはぶけた、おい」


 獅子蔵が後ろに従えた子分たちに呼びかけると、中から背の小さな男がおずおずと前に出てきた。


「卯吉兄貴!?」熊八がすっとんきょうな声をあげた。


 朱天の作戦、初手から頓挫。


 ここに卯吉がいては、脱走させるわけにもいかない。


「あのう、私たちは」と朱天が冷や汗を流しながら話す。「そこの卯吉を帰していただきに参ったしだいでして」


「ああ、返すよ」


「あ、なんだ、よかった」


「そこの、でかいのと交換でな」


「はあ?」


「この卯吉を締め上げたら、ショバ代を払えるほどの銭は持っていねえ、と言う。じゃあ、どうする、お前が体で払うか、と訊くと、俺よりもっと役に立つ男がいるというじゃあねえか。そのでかいのなら、奴婢として十人分働くってな」


「なんだとっ、卯吉てめえ!」茨木がどなった。


 それを、朱天が、

「まあ、待て待て」

 となだめる。


 その横では、

「そんな、兄貴……」

 と熊八がうなだれる。


 朱天は、卯吉という男の、弟を奴隷として売る卑劣さに腹を立てながらも、頭の中はぐるぐると回転していた。


 そうして、ちょっとのま黙り込んだ後、茨木に耳打ちをする。


「あ、いやダンナ、そううまくいくかな」不安げに茨木が言った。


「行かせなきゃ、熊八が奴婢にされて、俺達はシメられる。口下手な俺よりも、お前の方が成功する歩合が高い」


「いや、朱天の兄貴、俺が親分の奴婢になるよ。これ以上、皆に迷惑はかけられねえ」熊八が申し訳なさそうに言う。


「馬鹿言ってんじゃねえ。あいつはお前を売ろうとしたんだぞ」


「それでも、卯吉兄貴は、俺の兄貴だ。血のつながりはねえが、優しく声をかけてくれて、太鼓叩くくらいしか能のなかった俺を、下駄売りで役にたててくれた」


「役にたてたって、見世物にするのに都合がよかっただけじゃねえか」


「おい、なにをごちゃごちゃ言ってやがる」


 獅子蔵親分の怒声が屋敷中にとどろいた。

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