一ノ十二 安息の家

 朱天一味がそろい踏みで、ぼけっと口を開けて並んで立っているのは、三条大橋から東へ一キロ半ほど行った、だいたい百メートル四方の雑木林の前で。


 周囲は田んぼに畑に、小川が流れ、東には東山の山山が峰をならべて間近にせまる。


「で、この林をどうするって?」茨木が訊いた。


「どうするって、家を建てるのさ」朱天が胸を張って答える。


「よくこんな土地を手に入れられたもんだな」


「四条の橋のたもとにいつもすわっている、亀爺って呼ばれてる爺さんがいるだろ。あの人の土地なんだと。使うあてもないから、勝手に使っていいってさ」


「亀爺って、あのハゲて白いヒゲをたらした、仙人みたいな胡散臭い爺さんだろ。大丈夫かね。ほんとにあの爺さんの土地なんだろうな」


「亀爺がそう言うんだから、そうなんだろ」


「マジか、信じていいのか?」


「信じよう。じゃ、後は林を切り開いて、材木を買ってきて、家を建てるだけだ」


「建てるだけ、つってもよ、ダンナ」


「まかせなさい。長年、根性のねじくれた棟梁の下で、家を建ててきた俺が図面を描いたんだからな。間違いはねえ」


「いや、どうだろうな」


「考えるより体を使え。さあ、はじめるぞ!」


「「「は~い」」」


 朱天の号令に、間延びした返事をかえして、四人は仕事にかかった。


 交代で、木を伐り倒し、きり株を抜き、土地を開き、材木を買い集め、せっせこせっせこ、朱天も茨木も虎丸も熊八も、汗水たらして働いた。


 時は初夏。


 虫はまとわりつくわ、蛇は出るわ、狸も狐もなにごとかと見学にくるわ。


 伐った木も家の柱に利用し、屋根を張って、柱に壁板を打ちつけ、床板を敷き、トントン、カンカン、槌の音も高らかに。


 梅雨が来て、雨の中でもトンカン、トンカン。


 梅雨が去って、夏が訪れても、トンカン、トンカン。


 そうして、夏の真っ盛り。


 真っ赤に燃え立つ太陽が、林の木木に照りつけ、木漏れ日すらレーザービームのような熱量を持つころ、とうとう、一味のが完成したのだった。


 皆、その家を眺めて、


「「「「おお~う」」」」


 うめき声とも感嘆ともとれる奇妙な声をだした。


 八畳の居間を中心に、小さいが皆の個室がならび、南向きで風通しもよく、夏涼しくて、冬温かい(たぶん)、快適な、彼らにとっては立派な屋敷であった。


「やっと出来上がったな、感涙にむせぶ」

 朱天がそう言いながら、目じりを指でぬぐった。


「ほったて小屋で筵にくるまって夜を明かす生活とも、おさらばだな」

 茨木が感慨深そうに言った。


 虎丸と熊八はしきりにうなずいている。


 そこへ、ポツリ、ポツリと、冷たいものが空から降ってきた。


「お、いかん、雨が降って来たぞ」朱天が空を仰ぐ。


「ははは、もう橋の下に駆けこまなくってもよくなったな。おい」茨木が余裕の笑みを浮かべる。


「そうよ、あわてることはない、お、雷もごろごろ言い始めたな。こりゃ、大雨になるかもしれんぞ、しかし、恐れるな。俺達には、この立派な屋敷がある、はっはっは」


 と朱天が笑いながら、家に入っていった。

 一味も後に続いて床にあがる。


 と、またたくまに土砂降りに降り始めた。


 すると、


 ポタン。


「おい、なにか、聞こえなかったか、茨木よ」


「いや、俺には何も聞こえんよ、ダンナ」


 ポタン、ポタン。


 今度は誰の耳にもはっきり聞こえた。


 そして嫌な予感。


 ポタポタポタポタ。


 家のあちこちから、嫌な音がする。


「ぎゃーーーーーっ、雨漏りだらけじゃねえかーーーーーっ!」


 茨木の絶叫がこだました。


「ば、ばかな、俺の完璧な設計が!?」朱天がうなだれ、頭をかきむしる。


「言ってる場合か、ダンナ。おい、虎丸、熊八、桶持ってこい、とにかく桶で雨漏りを受けろっ」


 茨木の命令に虎丸と熊八がさっと行動開始。


 しかし、


「だめだあ、桶がまったくたりねえだ」熊八ギブアップ。


 虎丸も溜め息とともに戦意喪失。


 もはや家の中でも外で雨にふられるのとかわらない状況である。


「くっ、こないだまでの雨は大丈夫だったのに、なんてこったーっ」朱天、くやみ続ける。


「こんな土砂降りははじめてだもんなあ」熊八はのんきなものである。


「もう、笑うしかねえな、おい」茨木は失笑。


 虎丸は、天井をただ見上げていた。


 朱天一味の安息の家は、まだ遠い。

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