四ノ十五 決戦前夜

 帰ってきた金時は、うなだれて朱天に報告した。


「すまねえ、追い返すことはできなかった」


「そうか、よくやってくれた」


「だが、ひとつわかったことは、頼光の親父は……、いや綱は何としても朱天さんを倒し、この村全部を潰す気だってことだ」


「やつらは本気というわけだ」


「そう。布陣している雰囲気だと、攻めてくるのは明朝だろう」


「わかった。村を出て行く者達はすでに金時の家に集まっている。あとは、お前にまかせるよ、金時」


「ああ、まかせてくれ」


「また会おう、金時」


「かならず、朱天さん」


 ふたりは骨が折れるほど、強く手を握り合った。


 そうして別れると、朱天は村に残る者が集まっている喜造の家に向かった。




「やはり、頼光たちは村を潰すつもりのようだ」


 集まった村人達を前に朱天は話し始めた。


 集まった者は、約二百五十人、そのうち戦える者は百八十人ほどで、残りは、女子供、病人や怪我人であった。


「俺達も本気であらがわなければ、未来はないぞ」


「作戦はあるのか?」喜造が訊いた。


「ある程度はな。ではさっそくその策を話す」


 朱天はごほんと咳をして声の調子を整えた。


「まず、俺達の村は、ここ上ノ原うえのはら。その南に中ノ原なかのはら。そうして南の下ノ原しものはら、と別れている。俺達は中ノ原に人数を集める。なぜここで待ち伏せるかというと、下ノ原と中ノ原の間は宮川に沿った一本道で、道は山に挟まれて細くなっている。この細道を通ってきた軍を、出口で叩く。敵は横に兵を展開できないから、大軍であっても叩くのは容易だ」


「敵が山を越えてきたらどうする」


「東の山は急峻で崖があるから、ここを越えてくることはまずない。問題は西の山だが、ここには、熊に頑張ってもらう」


「え、おらが、ひとりでやるだか?」熊八が驚愕して言った。


「ははは、お前じゃないよ、あの、捕まえてある熊だ。熊を森に放す。森の境目には簡単でいいので柵を立てておいて、こっちに来ないようにしよう」


「ありゃあ、何日もろくに飯を食わせてねえから、そうとう気がたってるぞ」熊の面倒をみてきた源太郎という男が言った。


「ああ、充分働いてくれそうだな。俺の作戦はこんなものだ」


「朱天」と虎丸が手をあげた。「俺に十人あずけてくれ。野営している敵の後方にまわって、攪乱しよう」


「そいつはいい案だ。やってくれ虎丸」


「わかった」


「では、皆、準備にとりかかってくれ。まずは、中ノ原の南に柵を築く。女子供たちは、ここから大江山山頂の途中にある洞穴に武器が隠してあるので、それを取ってきてくれ。これはあやめ殿の指示にしたがってくれ。敵は明朝に攻め寄せてくるだろう。忙しいが今夜中に準備を整えてくれ」


 そうして朱天は皆の目をひとりひとりみるように、見まわした。


「俺達が汗水流して作った村だ。俺達の手で守ろう!」


「「「「「おおーーーッ!」」」」」


 皆の気合いが大地を揺さぶるようであった。




「じゃあ、皆、忘れ物はないな」


 金時は、道に並んだ五十人ほどの村人に言った。

 老人や女が多い。


「これから、北の宮津へ向かう」


 一同は黙ってうなずいた。


 ――ここをついの棲家と決めていた者達ばかりだ。それが村を捨てなくてはいけない。みんな苦しいことだろう。


 金時はそう思いながら、北へと足を踏み出した。


 ――星。顔も見せてくれなかったな。お前を捨てる俺を憎んでいるんだろう。それでいい。


 ぞろぞろと、力ない足取りで、村人達が続く。




 その行列を、高台から星が見送っていた。


 金時についていくつもりはなかった。

 星は、あやめの父のもとで、盗賊としての技術を教え込まれて育った。

 そうして生きてきて、初めて朱天組という友達ができた。

 朱天達といっしょにすごした日日は、盗賊をしていたころにはけっして感じられなかった温かさに満ちていた。

 その温かさを捨てたくはなかった。


 金時に、言いたいことはたくさんあるはずなのに、なぜか何も言えなっかった。


 ――別れとは、こんなに唐突におとずれ、そしてあっさりと過ぎていくものなのか。


 恋人との別れに不思議と悲しみはなく、ただ、心がからっぽになるものだと、星は気づいた。

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