四ノ十四 詰問

 金時が村から南へと山をくだっていくと、頼光軍は南北に三キロほどで幅二百メートルの細長い土地の北端に、千人もの兵たちが陣を張っていた。


 森から百メートルほどの所に、すでに柵がたてられ逆茂木が並べられていた。


「こりゃあ、本気のいくさをしかけるつもりだな」


 金時は総毛だつものがあった。


 ――なに、俺が使者になれば奴らも無体なことはすまい。逃げ出すことは決してないが、帰ってこなかったら、命つきたものと思ってくれ。


 そう朱天に言い置いて金時はやってきたのだが、この威容を見ると、逃げ出さないまでも、さすがに威圧されてしまいそうになる。


 ちょうど夕飯時で、炊煙がそこかしこから立ちのぼっているのが見えた。


 柵の出入り口に立つと、金時の顔を見知っていた見張りの者が、奥へと引っ込んですぐに、渡辺綱を連れてもどってきた。


「なんのつもりだ、金時!我らのもとを去って行ったものが、何をいまさら舞い戻ったか!?」綱が怒りに満ちた叫び声を発した。


「このものものしい軍勢の意味を問いただしに来た!」


「後足で砂をかけるようなマネをしておいて、よくもおめおめと顔をさらせたものよ!」


 そこへ、綱の後ろから、源頼光が駈け出てきた。


「おお、金時、よう戻った。さあ、こちらへ来い、さあ」


「お懐かしゅうございます、親父殿。されど金時、親父殿のもとへ戻ってきたわけではありません。詰問に参りました」


「なに、詰問じゃと?」


「そう、我らは村で、田畑を耕し、鳥獣を狩り、身を寄せ合って、ただただ細細と暮らしているにすぎません。戦うつもりもありませんし、ましてや、朝廷に弓引くつもりもありません。その平穏な村に、この軍勢で攻め寄せるなど、正気の沙汰とは思えません」


「それは、我が答えよう」綱が割って入ってきた。「朝廷に隠れて里を作り、盗賊の残党をかくまって、罪がないとは言わせんぞ!」


「それならそれで、問責の使者を送れば済むことであろう!」


「朱天はここで討伐しておかねばならぬ。彼は数人の徒党を形成するところから始まり、やがて小さな集落を築き、今は数百人もの村の長となっている。これを放っておけば、数千、数万の者が慕い集い朝廷さえも脅かすような一大勢力に成長しかねない。朱天は必ず討たねばならぬ!」


「朱天は朝廷にさからう気など毛頭ない!」


「当人になくとも取り巻きはどうか。朱天を指導者にかつぎあげ朝廷に反逆をくわだてるものがおらぬか。あやめという土蜘蛛首領はどうか、茨木という赤毛の男はどうか!」


「すべては綱さんの妄想にすぎぬ。いたずらに朱天を恐れて、過大視し、あらぬ妄想をふくらませて、ただの人間を鬼と見あやまっている!」


「いや、すべてはありえる可能性だ!反逆の芽は芽のうちに摘みとっておかねばなるまいに!」


「罪を犯していない者を、罪人にするつもりか!」


「朱天という男を洞察し、奴の暗黒に染まる内面を看破しているのだ。お前こそ、善良ぶった人間にたぶらかされているにすぎんのだと気づけ、金時!」


「あんたの目は曇っている、綱!どうしても朱天を潰し、村を潰さねば気がすまんのか!?過ちを認めて、このまま京へ帰ってくれ!」


「朱天の本性は鬼だ。是が非でも反逆の芽を、完膚なきまでに潰しておかねばならん!」


「親父様!親父様も綱と同じ考えですか!?」


「う、ううむ……」苦渋に満ちた声で頼光がうなって、「ともかく、こっちへこい、金時。今夜ゆっくり語りあって、お互いの誤解を解きほぐそうぞ」


「それは、できん。できんのです、親父様!」


「なぜじゃ!?」


「朱天達は友達です。友達を裏切ることは俺にはできません」


「わしらを捨ててもか?」


「ゆえに、俺は戦いません。それが、あなたに対する義理です!」


 金時は未練を断ち切るように、くるりと振り返ると、村のほうへと去って行った。


「おお、金時、まて、待ってくれ!」


 とどめんとする頼光の声が、金時の耳にこだまするのであった。

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