二ノ七 四天王の目

 渡辺綱わたなべの つなが、広大な源頼光みなもとの よりみつ邸の東の端の侍廊さむらいろう(家司たちの執務室)への長い回廊を歩く。

 どたどたと床板を踏み鳴らし、いかにもいらだっているご様子。


金時きんとき、金時はどこじゃ!?」


 そのいらだちを、そのまま声にだしたような調子で後輩をさがしている。


「ああ、うるせえなあ」


 侍廊の一室から、うっとうしそうな声がする。


「誰だ、どたどたと、なんだ綱か」


 と廊下に顔を出したのは、渡辺綱と同じ頼光四天王のひとり卜部季武うらべの すえたけであった。


「なんだではない、季武。金時を見ておらぬか」


「しらん」季武はにべもなく言った。


 卜部季武は、歳は綱のひとつ下の二十五。こけた頬をして、ちょっと垂れた目をした、苦みばしった顔だちをした男である。ちなみに、四天王のなかで一番女性にもてる。猟色家で夜の相手にことかかない。ひらたく言って女たらしである。


「まったく金時め、いつもいつも勝手にほっつき歩きおって、いちど説教をしてやらねばならんな」


「まあそう厳しくしなさんな、綱さんよ。金時みたいな山育ちは、いつまでたっても京の景色がめずらしいのだろうよ」


「だからと言って、武人たるものが用もないのに町なかをふらふら出歩いてよいものではない。庶人に対しては威厳を持って接しなくてはならぬ。であるのに、その庶人と慣れ親しむなど言語道断」


「ああ、うるせえ、うるせえ」


「まったくお前は、ちょっとは武士としての自覚と責任感を持て、季武」


「け、なにを偉そうに。自覚と責任感ってえなら、俺も、いつも遊んでいるわけじゃあねえ証拠に、いいこと教えてやるぜ」


「なんだ」


「なに、俺の忍の手に入れた情報で、まだ裏がとれてねえんだがな、例の土蜘蛛一党が釈迦如来の掛け軸を一幅手に入れたらしい」


「掛け軸?なにか意味があるのか」


「まだわからん」


「なんだそれは」


「まあ、聞け。その手に入れた掛け軸というのが、どうも、中納言家から出た物らしい」


「藤原実資様の?それがそんなに重要なものなのか?」


「だから、まだそこまではわからんと言っておるのだ」


「ちぇ、そこまでわかっておるのなら、土蜘蛛の隠れ家もつかんでいるのだろう。いっきに踏み込んで潰してしまおう」


「まったく、クソ真面目なうえに単純な|おつむ《・・・》だな。いいか、土蜘蛛一味はそう簡単に首領の居場所をあかしたりはせんのだ。いま攻めてみたところで、隠れ家のひとつを潰し、ザコを何人か捕まえるだけでおしまいだ。そうでなくて、確実に本拠地の場所をつかみ、かつ首領がそこにいるときに攻めなくては意味がない」


「おまえに講釈されんでもそれぐらいわかる」


「でだ、お前さんと因縁のある朱天組という辻芸人な。あれがどうも土蜘蛛とつながりを持っているらしい」


「なんだと。ならば、きゃつらをひっとらえて」


「だから単純なんだ、お前さんのおつむは。いいか、それよりも朱天一味をしばらく泳がせて監視するのさ。そうすれば、いずれ土蜘蛛の首領と接触する。場合によっては本拠地までわかるかもしれん」


「希望的すぎるな」


「ははは、世の中、なにごとも良いほうに考えるのが、楽しく生きるコツだ」


「まったく、話を聞けば、自覚と責任感を持って仕事をしているのは、お前でなくて、部下の忍ではないか」


「いやいや、こう見えて、忍をたばねるのも楽ではないんだ」


「土蜘蛛、朱天組、掛け軸、だな。覚えておく。いや、それよりも今は金時だ。金時!金時!」


「ああもう、うるせえ奴だなあ」


 綱が去って行くと、季武は部屋の奥へ引っ込んで、机の上に散乱している報告書のそのなかの一枚を手に取って、一字一字、丹念に拾うようにして読んだ。


「土蜘蛛、朱天組、掛け軸、か。土蜘蛛の首領は絶世の美女だという、一度会ってみたいところだが、どうも、肝心かなめの眼目は掛け軸という気がするな。さて、どうしたものか」


 季武の目が、獲物を探す猛禽のように、するどく虚空をにらんだ。

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