四ノ五 鬼っ子
茨木はずっとひとりであった。
赤い髪、白い肌、牙のような八重歯。
べつに異人の血が混じっているわけでもないのに、そんな風貌に生まれた。
子供の頃から鬼っ子、もののけ、そんなふうに呼ばれてきた。
いっしょに遊んでくれる友達もできずに幼少期をすごし、蔑みと疎外とともに青春をおくった。
よくも、根性がねじ曲がらなかったものだ、と自分でも不思議に思う。
ひとつだけとりえがあったからであろう。
踊りである。
踊っている時は、すべてを忘れることができたし、踊りで生きて行こうと決意した時期もはやかったせいか、将来を悲観することもなかった。
あんのじょう、大人になって、京の街角で踊ってみれば、みなが喝采をおくってくれた。
それでも、見た目のせいで、仲間はできなかった。
朱天だけであった。
朱天との出会いで、はじめて友達を持つ喜びに満たされたし、その後仲間になった虎丸、熊八、星、金時たちと一緒に演技する楽しさも知った。
それがぶち壊された。
権力者に、である。
茨木は思う。
――俺達が何をしたというのか。
踊り、歌い、楽器を弾き、楽しみをわかちあい、人を楽しませてきた。
それだけではないか。
朱天村を形成した人人だってそうだ。
ただ生きるために鴨川の河原で暮らし、権力者に追い出され、朱天を中心にしてやっと平穏を得られたと思えば、また焼はらわれた。
権力者たちの、自分たちの秩序から少し外れているというだけの理由で、皆、排斥されたのだった。
そんな横暴があっていいはずがない。
罪のない人人が苦しんでいいはずがない。
――ゆるせねえ。
公家たちも、その下で権力を振りかざす武士たちも。
だから、群盗に身をやつしても、茨木は戦うことに決めたのだ。
権力者たちにほえづらをかかせてやるまで、戦い抜くことに決めたのだ。
今夜も茨木が盗賊仕事から壬生の隠れ家へと帰ってくると、あやめが部屋にいて出迎えた。
百姓家ふうの建物で、居間には囲炉裏が切ってあって、あやめは火に手をかざしていた。
「春と言っても、まだまだ、夜になると冷え込むものじゃのう」
茨木は隣の虎丸と顔を見合わせて、囲炉裏を囲んで座った。
「めずらしいな」茨木が言った。「こんな小さな隠れ家にはあんたは来ないもんだと思っていた」
「まあ、普通はそうじゃな。だが、今日はちょっと面白い話を持ってきたぞ」
「なんだい」
「茨木、おぬし、こないだから、なにか大きな仕事をしたい、とこぼしておったのう。ついにその時が来たようじゃぞ」
「もったいぶらずに、早く話せ」
「行幸じゃ」
「ぎょうこう?」
「そう、天子の行幸じゃ。みゆきじゃ」
「それがどうした。天子だって、息抜きに遠出したいこともあるだろう」
「それが、ちょっとそこまでお花見に、という程度のものではないぞ、南都へ行幸なさるそうじゃわえ」
「南都……、奈良か?」
「そう」
「そこまで遠出するとなると……」
「仕掛ける目処もたてやすい」
「そういう、あやめ姐さんのことだ、なんかもう計画を立てているんだろう」
「あらかたはな」
「話してくれ」
「南都まで行くとなると、そこにいたる道程はいくらでもあるが、どうしても通らねばならないのが、川じゃ」
「そこで待ち受けるか」
「京から離れた木津川で仕掛けることも考えたが、渡る地点を想定しにくい。それよりも宇治川じゃな。宇治川なら、京からずずっと街道を南下したあたりで渡るのが確定じゃろう。行列が橋を渡っている最中なら、護衛の武士たちも分散する」
「そこで、天子をどうする」
「連れ去るのさ。命を奪うことも考えたが、それはおぬしらは嫌いじゃろう」
「ふむ、面白いな」
「護衛につくのは、源頼光とその配下に違いない。やつらの眼前で天子を連れ去れば、面目丸つぶれ。藤原道長を権力の座から、一気に失墜せしむることができようぞ」
「乗った」
茨木がにっと不敵に笑った。
囲炉裏の火をうつして、牙のような八重歯がぎらりと光った。
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