一ノ十四 都市伝説

 ミーンミンミンミーン。


 蝉が鳴く。


 朱天一味の住み処は雑木林を切り開いただけあって、虫が多い。


 とうぜん、蝉の声もかしましい。


 その居間にしている一室に、四人の男がごろごろしていた。


 ごろごろと音がしそうなほど、怠惰にごろごろしている。


 茨木が、唐突に自分の顔を叩いた。


「ああっ、蚊が多いな、おい」


「そりゃ、藪の中だからな」


「藪の中だからな、じゃねえよ、朱天のダンナ。なんでこんなとこに家を建てたんだよ」


「まさか、蚊の大量発生まで予知できるわけねえだろ。俺はあれか、陰陽師か、安倍晴明か」


「安倍ちゃんじゃなくても、わかりそうなもんだろ」


「お前らだって、気がつかなかっただろう」


「いや、俺は気づいていたよ、気づいていたけど、みんな家建ててノリノリだったから、ちゃちゃ入れちゃいけないかな、って空気読んだんだよ」


「はいはい、そうしておこう、茨木よ」


 となりでは、熊八がいびきをかいている。


「この暑いのに、よく昼寝ができるな」茨木、暑さの八つ当たりをしはじめた。


「ん、なんか言ったか?」熊八が目を開けた。


「あ、起きた」


「暑くて寝られねえだ」


「いや、今寝てただろ」


「寝てねえだ」


「寝てた」


「寝てねえだ」


「いや、もうどっちでもいいから。だいたい、こんな暑いのも、女っけがないからだ。あの星って女の子を口説くのに失敗した、ダンナが悪い」


「なんで俺のせいになるの。だいたい、女がいたって暑いもんは暑いだろう」


「んなことねえよ。女ひとりがいるだけで、なんかこう、さわやかな気分になるもんだよ、気分的に」


 虎丸が、ぴしりと顔を叩いて、手のひらを見ている。蚊をしとめたらしい。


「あそうそう、女って言えばよ、面白い話を聞いたよ」


「なんだ、茨木」朱天が先をうながした。


「五条大橋から清水寺のあいだのどこかにな、とある家がある。その家の前をとおりかかると、女がなかなら手招きするんだと。で、とある男が招きに応じて家の中に入ると、美女がひとり。で、会話をして、女が気に入ると、なんと」


「もったいぶらずに、先を話せ」


「手を縛られて吊るされて、鞭でびしびし打たれるんだと」


「なんだそりゃ」


「それが、なぜか、無茶苦茶気持ちがいいんだとよ」


「誰から聞いたんだ、そんな話」


「知り合いのおっさんだよ」


「そのおっさんが、鞭で打たれたのか」


「いや、おっさんも誰かから聞いたんだと」


「そのおっさんが聞いた誰かも、きっと誰かから聞いたんだろうな。あきらかに根拠のない都市伝説だ」


「いや、わかんねえよ。一度、行ってみねえか」


「おら嫌だよ、こんな暑いのに」


「熊八に同意だ。暑すぎて人も集まんねえから、路上演奏だってやめてるんだ。なにも、わざわざ真偽のほどもわからねえ噂を確かめに、清水くんだりまで出かける必要はないな」


 朱天の意見に、虎丸もうなずいた。


「いいよ」茨木がふくれっつらになった。「俺ひとりで行って来るかんな。ひとりだけ気持ちいいことしてくるからな」


「いや、しかし、暑いからって、こうゴロゴロしていても、体に良くないな」朱天が頭をかきむしる。


「んだ、おら太り気味だから、運動しねえといけねえって」


「そりゃ、お前、五条辺りまで歩くのがちょうどいいぞ、熊八」


「そだな、朱天の兄貴」


 虎丸がうなずく。


「なんだよ、お前ら、結局行く気まんまんじゃねえの」


 そうして、一味は連れ立って五条大橋のたもとに来た。


 炎天の空。

 照りつける太陽。

 沸き立つ陽炎。


「しかしなあ、五条から清水寺の間って、けっこうあるぞ」


 朱天がぼやいた。だいたい一キロちょっとはある。


「手分けして探そうぜ」


 一同がうなずくと、四方に散って行った。


 朱天は北へまわって、六波羅蜜寺のあたりをとぼとぼ歩いた。


 途中、何人かの中年男が、きょろきょろと辺りを探りながら歩くのとすれちがったが、ひょっとすると、同じ目的で歩いているのかもしれなかった。


 一軒の、なんの変哲もない家の前にさしかかった時である。


 しとみ(格子状の戸)の間から白く細い手が、白魚がひらひらと波に揺れるように、手招いている。

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