一ノ六 虎丸、男の流儀
一条堀川東の源頼光邸の、裏木戸から入って下僕に来訪を告げると、虎丸はそのまま裏庭へと向かい、
寝殿造りの、豪華な表とは違い、裏はじめじめとした陰気な景色であった。
虎丸は、中背で、引き締まった体をしていて、こけた頬に油断のない光を宿した尖った目を持っていた。
しばらくして、貞光があらわれ、縁のうえから手招きをした。
貞光は源頼光四天王のひとりに数えられる武人であったが、歳はまだ二十三、四くらいであろう、とても武人にはみえない、優しい微笑みをたやさない男であった。
――高慢なものだ。
と内心思った虎丸であったが、もう慣れっこになって、いつのころからか、こういう武士連中に使えるのも苦ではなくなった。
虎丸がひざまずくのを待って、貞光は、
「こたびの働きも見事であった、褒美だ」
そう言って、巾着に入れた銭を虎丸の膝の前に投げた。
言ってることは高慢であったが、貞光は微笑みながら、柔らかく喋るのだった。
虎丸はそれをおしいただくようにして、懐に入れた。
そこへ、
「何者だ、貞光」
奥の縁から姿をあらわした男が声をかけた。
渡辺綱であった。
「やあ、綱さん。こいつが、以前お話した虎丸ですよ。ほら、間諜だけでなく、探索や追捕も優秀だっていう。今日は、三条の橘様の屋敷に入った
「そうか」と綱は虎丸を見て、「話は聞いている。ずいぶん役に立つ間諜だそうだな」
虎丸は黙って頭をさげた。
「口がきけんのか?」綱が眉根を寄せた。
「いえ、たまに返事はしますので、耳も口も不自由ではないようです。ただえらく無口なだけですよ」
「ふむ、まあいい。いまなにか任務についているのか?」と訊いたのは、貞光に対してで。
「いえ、とくには」貞光が答えた。
「では、虎丸、お前に消してもらいたい者がいる。ふたりだ」
虎丸は、うなずくように頭をさげた。
「朱天、茨木というふたり組みだ。いつも三条東で琵琶を弾き踊りを踊っている。やれるか?」
「はい」虎丸が小さく答えた。
「うん、褒美ははずむ、行け」
綱に言われて、虎丸はその場を去って行った。
去って行くのを見届けて、貞光が、
「そのふたりは、この間話してくれた男たちですか?」
「ああ、そんな下賤の者とはかかわるな、と殿にもきびしく叱責されたからな。下賤の者は下賤の者にまかせればいいだろう」
貞光は微笑みを浮かべた目で、綱をじっと見つめた。
虎丸は、屋敷の裏口から一条通へ出て、西へ。
――朱天、茨木か。
噂は耳にしていた。
ずいぶん派手なパフォーマンスをやると評判の辻芸人であった。
茨木という男は赤い髪に白い肌、牙をはえた鬼のような男であるという。
橋のなかほどまでさしかかって、虎丸は
戻橋を文字通り戻って、三条まで行くつもりであった。
その奇妙な男たちが、どのような者達か、急に興味がわいたのだった。
いま
――まだいるといいんだが。
捕らえるにしても倒すにしても、相手がどんな人間か、知っておかなくてはいけない。
相手が悪人だったら、何の躊躇もしない。
――それが、俺の流儀だ。
もし、相手が善人で、渡辺や碓井にとって都合が悪いだけの人間なら、たとえ雇い主の命令でも聞くつもりはない。
――それが、俺の流儀だ。
三条大橋へと向かう足が、はずむようであるのに、虎丸は気づいていた。
途中、飯屋に寄った。
飯屋と言っても、三十過ぎのおかみと十くらいの娘が営んでいる、屋台のようなもので、椀に雑穀と雑草のような野菜の入った薄い粥を出す。
虎丸は何度か来たことのある店だった。
虎丸はその椀の粥をすするようにして飲むと、飯代をちょっと多めに出した。
おかみさんと小さな娘は、ありがとうとにっこり笑って、深深と頭をさげた。
さっきの報奨金でふところが温かかったものだから、気が大きくなって、チップをはずんだような具合だった。
褒美はひとりじめにしない。
――それが、俺の流儀だ。
虎丸は、三条大橋へと向かった。
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