四ノ二十五 茨木 (最終話)

 蒼い空。


 燃える太陽。


 黒い影を落とす廃墟のような巨大な建造物。


 羅城門。


 老朽化し、荒廃し、天災によって屋根は崩れ、いつ倒壊してもおかしくない危うさのなかでかろうじて威厳をしめしている。


 そこに鬼がでる。


 赤い髪、白い肌、とがった牙を持つ片腕の鬼であった。


 その鬼は、人に危害を加えるわけではない。


 踊っている。


 なぜ踊るのかは誰も知らない。


 ただ、基壇きだんの上で、朱雀大路のずっと先、はるか北にある大内裏に体は向いている。


 彼の踊りは誰も理解できぬ。


 古今の踊りとはまるでかけ離れた、千年後の踊りのようであった。


 踊りを見る人人は、生きるのに疲れ、精も根も尽き果て、まったく精気を感じさせない濁ったうつろな目をし、笑いもせずにその踊りをみている。


 ぼんやりと立っている男、柱にもたれかかって座る女、死が間近に迫って横たわる老婆、何日も食事をしていない子供、病で立ちあがれぬ老爺、心を病んだ娘……。


 一見しただけでは、生きているのか、死んでいるのかさだかでない者達の虚無のまなこが鬼の踊りを見つめている。


 鬼――、茨木がどうやってここにたどり着いたのか誰も知らない。


 朱天の処刑をもって村人達は解放され、村の存続も許された。


 大江山に隠れひそんでいた茨木は、綱達の執拗な山狩でも発見されることはなかった。


 そしていつしかここにいる。


 茨木は踊り続ける。


 ステップを踏み、体を回転させ、跳び、跳ね、宙返りを打ち、またステップを踏む。


 彼がひとつ体を動かすたびに、鋼のような筋肉が音をたてて躍動し、玉のような汗が流れ、飛び散る。




 茨木には聴こえていた。




 朱天の琵琶のはじける音色が。


 虎丸の笛の優雅な響きが。


 熊八の太鼓の勇壮な轟きが。


 シャウトする星の歌声が。




 朱天組バンドメンバーの演奏に彼の踊りは突き動かされ、キレを増していくのだ。


 かつてのような観客の歓声も、天が割れんばかりの喝采ももはや聞こえはしないが。




 みんな、観ているか?


 俺達の演奏はまだ終わっていない。


 皆の音楽はまだ奏でられ続けている。


 俺の心の中で。


 俺の踊りといっしょに。




 踊りがとまる。


 茨木の一本だけの腕が、空に向かって伸ばされる。


 手はつかむ。


 無窮に広がる空を。




 つづけよう、俺達の抵抗を!


 つづけよう、俺達の演奏を!


 つづけよう、最高の音楽祭ロックフェスを!



 羅城門の鬼の踊りは永遠にやまぬ。




(終)

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平安ROCK FES! 優木悠 @kasugaikomachi

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