四ノ二十四 朱天 その二
太陽が中天に達するころ、上ノ原には源頼光の本隊が到着し、またたくまに陣を構えた。
碓井貞光に捕らえられていた朱天は、陣内へと引き立てられた。
後ろ手に縛られたうえに腕をぐるぐると縄で巻かれ、バランスがうまくとれず足がふらついた。
たった半日の反乱であった。
――俺のような半端者にしたらよくやったほうだ。
朱天はそう思い、満足げに笑みをもらした。
近江伊吹山の麓で生まれ育った朱天は、子供の頃に比叡山に修行に出された。
稚児として入山した朱天であったが、やがて老僧に
老僧は言った、お前はこのような行為の相手をするために売られてきたのだと。
絶望と屈辱と憤慨の中で、朱天はその老僧を殴り倒し、比叡山から逃げ出した。
売られた身である以上、帰る場所もたよるあてもなく、さまよううちに、盲目の琵琶法師と出会った。
朱天はその法師と旅をしながら、琵琶を習いおぼえた。
やがて、法師が死ぬと、その琵琶を受け継ぎ、京へと出て来たのであった。
そして数年がたち、茨木と出会い、虎丸、熊八、星、金時と出会った。
皆で奏でる音楽は、体の芯がしびれるような快感であった。
観客の喝采も、朱天を高揚させた。
皆との暮らしも、ほとんどひとりで生きてきた朱天にとって、楽しい日日であった。
それがすべて瓦解した。
今日一日で。
権力者の無慈悲な横暴によって……。
朱天は陣のなかほどで、座らされた。
目の前には、胡坐に腰かけた源頼光がいて、その脇には渡辺綱と卜部季武がひかえ、朱天を連れてきた碓井貞光もその列に加わった。
「一別以来よな、朱天」
と口を開いたのは渡辺綱であった。
「さようでございます」朱天が答えた。
「朱天よ、何ゆえ、このような山奥に隠れ里を築き、村人を扇動し、おそれ多くも朝廷に弓引いたか」
「我、謀叛の意思など一片もござらず」
「謀反の意思がなくて、このような反乱を起こせるものか」
「反乱を起こしてもおりもうさず。私たちはただ、自分たちの土地と自由を守って、攻め来たる外敵に抵抗したにすぎません」
「言いのがれを」
「あなた達が攻めてこなければ、我我が弓を持ち太刀をとって戦うこともございませんでした」
「詭弁である」
「逆にお訊きしたい。あなたたちは、なぜ、山奥で静かに暮らし、田畑を耕し、身を寄せ合って生きている私たちの、ささやかな生活を奪うのか?」
「お前たちは朝廷の許しもえず勝手に田畑を作り、人を集め、村を形成した。そんな無法を放っておけば、やがて朝廷に対して謀叛を起こすに決まっておる。承平天慶の時のような乱を再び起こし、世を乱れさせるわけにはいかぬ」
「あなた達は、ひっそりとおとなしく生きている人間を、ゆがんだ目で見て、勝手に妄想をふくらませ、いずれ罪をおかすであろうと思い込み、排斥する。鴨川の河原でもそうだった。東山の森でもそうだった。我我が何をしたというのか、生きるために汗水たらして働き、精一杯がんばって暮らしていたにすぎない。権力をふるって弱者を排斥して楽しいか?人人の生活を踏みにじって楽しいか?」
「強い者や高貴な者が人の上に立ち、弱者や下賤の者を支配するのは、当然の秩序だ。厳然たる身分秩序があってこそ、世は平らかに治まるのだ。下等な者は何も考えず高貴な者に従っておればよい。それに異を唱えるなぞ、ましてや武器を取って立ち向かうなど反乱でなくてなんだ。その反乱を鎮圧するのは当然の
「弱者とて人間だ。踏みにじられれば抵抗もする」
「金時と同じことを言う。金時がお前にあやつられていたとようわかる」
「金時は自分の意思で我らと共にいただけだ。友達として」
そうして綱は、じっと朱天の目を覗き込むようにして見つめた。
朱天もその目を見かえした。
「みずからの罪を罪とも思わぬ。罪をかえりみ恥じることもない。朱天、貴様は正真正銘の鬼だ」
「異端者を迫害して快楽を得、弱者をしいたげ安心を得る、あなた達こそ真の鬼だ!」
「言いたいことはそれだけか?」
「ああ、殺したければさっさと殺せ」
「よかろう、この場で首を落としてやろう」
綱がさがって合図を送ると、すぐに首切り役の武士が進み出てきた。
武士が朱天の後ろへまわる。
兵が強引に朱天の上半身を前に倒した。
「呪ってやる」
朱天は顔をあげ、頼光を、綱を、血走った目でにらんだ。
「呪ってやるッ。七生にいたるまでことごとく呪いぬいてやるッ!」
朱天が叫び終わった瞬間、太刀が振りおろされた。
斬られた首が宙を飛び、数メートルも離れていた綱の足元に落ちた。
「鬼め」
自分をにらむその首を冷酷な目で見、綱は侮蔑するように言った。
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