四ノ十八 逆転
小康状態とでも言うのだろうか。
頼光軍は森の出口から出てこなくなったし、西の森のほうも熊が暴れているような雰囲気を感じない。
だが、
――不気味なものだ。
と朱天は思う。
敵が何かをたくらんでいるのではないか、いや、すでに反撃のための行動を開始しているのではないか、そんな気がするのだ。
「不気味なものよのう」
ふと耳元で声がした。
「何をしておる、あやめ」
「何というて、婿殿の手助けをしに来たのではないか」
「邪魔だ。女は奥にひっこんでおれ」
「そう邪険にせんでもよいではないか。まあ、そう闘志をみなぎらせた婿殿も悪くはないぞえ」
そう軽口をききながら、あやめは油断なく周囲に目を走らせている。
なにも、朱天をからかいに来たのではない。
――敵は必ず暗殺という手段をこうじてくるに違いない。
そうあやめは考えている。
朱天のような正義漢にとっては、暗殺などという卑劣な手段を敵が使ってくるなどとはおよびもつかぬことであろう。
そんな、人を見る目が甘い男を守れるのは、自分のような性根の曲がった人間しかおるまい、と。
――だが、このなかから暗殺者をどう見分けるか。
なにぶん、村に来て日が浅いあやめである。
村人の顔をいちいち覚えてなどはいないし、この混沌した状態では、最初から村にいたものでさえも、部外者を見分けるのは困難なのではないか。
そんな気がする。
警戒の巡回をしていた彦一少年は目を凝らした。
森の奥で何かが動いた気がする。
熊がもどってきてしまったのだろうか。
それにしては、影が小さかった気がする。
やがて、それは気のせいでないとわかる。
影が、ひとつ、ふたつ、と増えていき、瞬く間に樹間を埋め尽くすほどにふくれあがった。
「敵だっ!敵襲ーっ!」
喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
はっとして、茨木は声のしたほうを振り向いた。
熊が倒されたことを茨木は瞬時に理解した。
「よし、迎撃しろ!」
茨木は自分のまかされた部隊に命じた。
まさに、こんな時のために、茨木隊三十人は西の森の前で待機していたのだ。
南から襲い来る敵兵たちは、すでに防御柵に取り付いて、乗り越えようと登りはじめていた。
柵は簡易的なものではあったが、二メートルほどはある。
乗り越えようとするものは、弓矢や投石で撃ち落とした。
「おちつけ!」
敵軍から声がした。
「柵は急場しのぎにあつらえたものだ。簡単に壊せるぞ!」
――見破られたな。
と茨木は歯噛みした。
柵は、人の腕ほどの太さの丸太を、縦横に縄でしばって組んであるに過ぎない。
つまり、しばってある綱を太刀で切断すれば、横木は簡単に崩れ落ちてしまう。
たちまち柵ではなくなった柱の間から、木木の間から、兵たちが飛び出してきた。
茨木隊は、太刀や棒や石や弓で、必死に応戦した。
朱天は台の上から、西の隊が戦闘状態に入ったことを確認した。
なにぶん、幅は二百メートルほどの狭い戦場である。
西の防衛隊が崩れれば、すぐにこの本隊まで敵は迫ってくるだろう。
――どうする、増援をおくるか?
そう自分に問うた時であった。
山間の道から、竹束を盾にして敵兵が押し寄せてきた。
簡易に作った盾を大量に準備してきたのだ。
竹束の前衛は、矢も石もものともせず、細い道から噴出し、水鉄砲の水のように押し寄せてきた。
竹束は高さが二メートル以上はあり、後衛の部隊を矢から防御している。
敵数十人の盾部隊と、こちらの最前列の盾部隊がぶつかりあった。
敵の盾部隊はすぐに引いて、引いたと思ったら太刀兵があらわれる。
この洪水のような攻撃に、盾部隊は混乱した。
敵と味方があっという間に混じりあってしまったため、矢を射かけることも石を投げつけることもできなくなってしまった。
そうして飛び道具を封じておいて、敵はぐいぐいと押してくる。
戦いなれた兵たちに、村人たちは押されるばかりであった。
その中で。
敵部隊を錐で貫くように前進していく一隊があった。
「あきらめるな、あきらめるんでねえぞ!」
熊八が、浮き足だつ村人たちを叱咤し、長柄の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます