四ノ四 金時の惑い
坂田金時が山から里へと降りてくると、森が開けたそこには、燦燦と朝日がふりそそいでいて、思わず目を細めて空を見上げた。
山の木木もずいぶん緑に彩られてきたし、京にくらべると遅い桜の開花も、だんだん進んできていた。
金時は、背負った猪を家の庭に置くと、さっそくさばきはじめた。
「もどっていたか」
星が川で洗濯をしていたのだろう、たくさんの濡れた着物を抱えて庭へ入ってきた。
「今日はまた、ずいぶん大きな猪がとれたな」
「ああ」金時はぶっきらぼうに答えた。
「そういえば、おトシさんが村のなかで熊を見かけたそうだ」
「うん、気を付けないといけないな。この時期の熊は冬ごもりから覚めて気が立っている」
「子供の頃、熊と相撲をとって暮らした男でも、熊は怖いか」
「ふふふ、相撲と言っても、子熊とじゃれ合っていただけさ」
話しながら、星は物干しに洗濯物をかけている。
「いつもすまねえな、俺の分まで洗わせちまって」
「なんだ、がらにもないことを言うじゃないの」
「なに、こういう暮らしってのはいいもんだなあ、なんて、春の陽気に誘われて考えていたんだ。俺は山育ちだから、いっそうそう思うんだろう。この辺の景色は、故郷の足柄山に似ているしな」
「うん」
「それに、京で暮らしていたころは、そりゃあ、頼光の親父さんにはずいぶんかわいがってもらっていたが、じゃあ心底幸せだったかと言えばそんなこともない。たしかに京の生活は楽しかった。なかには出世ばかり考えて、人の足を引っ張ったり、蹴落とそうとしたりする人間もいたから嫌な思いもしたが、生活は充実していた。綱さんには文字を教わったし、貞光さんは京のことを色々教えてくれたし、季武さんは女の……、まあこれはいいや。でも、どこか満足できなかったんだ。それが、この山で暮らすようになってどうしてだかわかったんだ。やっぱり俺には山暮らしが性に合っている」
「やっぱりおかしいな。ベラベラとずいぶん喋る」
「そうかい。春の陽気のせいさ」
そこへ、
「あいかわらず仲がいいなお前ら」
朱天がニヤニヤしながら庭へ顔をだした。
「はやく
「興味ない」星がそっけなく答えた。
「俺も、結婚ってガラじゃないしな」
「結婚なんてものは、してみなけりゃ合うの合わないのわからないもんじゃないのかね」
「結婚していない人が言わないで」
「そう怒るなよ、星」
「朱天さん、何か用だったんじゃないのかい?」
「ああ、そうだ金時」
そう言って朱天は懐から封書のようなものを出した。
「なんでも、土蜘蛛の隠れ家に射込まれたそうだよ。金時、お前宛ての手紙だ」
金時はそれを受け取った。
金へ、と書かれている他は、差出人の名前などはない。
不審に思いつつ開いてみると、
「頼光の親父さんからだな」
「なんて書いてある」
「読んでいいよ」
と金時は朱天に手紙を手渡した。
「ふむふむ、お前がいなくなって寂しい。戻ってくる気はないか。私は怒っていないから、いつでも戻ってこい。なるほど、武人にしてはずいぶん未練たらしい手紙だな」
「親父さんは、俺のことを、実の子供のようにかわいがってくれたからなあ」
「なつかしいかい」
「いや、まあ、なつかしいと言えばなつかしいがね。さっきも話していたんだ、京の暮らしにくらべたら、ここはまるで理想郷さ」
「お、ずいぶんでかい猪がとれたな」
しんみりした雰囲気をわざと壊すように、朱天が話をかえた。
「今日は
「どうしようもないわね、この朱天のダンナは」呆れて星が言った。
「「「ははははは」」」
そうして声を合わせて笑うのだった。
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