四ノ二十二 星
村人達が上ノ原と呼ぶ、細長い土地は、朱天村の中心であり、大半の村人が住む家も集まっていた。
星は背の低い稲の並んだ棚田の一番上から、中ノ原のほうを見ていた。
盗賊時代から愛用の、フードのついたマントを着て、かぶったフードのなかから切れ長の目が光っている。
上ノ原と中ノ原は、中ノ原と下ノ原と同じく細い山道でつながっていて、いくら棚田から向こうを見たところで、森の木木にさえぎられてなんの様子もみてはとれなかった。
それでも心配でたまらないのだろう、村に残っているかみさん連中の何人かが外へでてきて、南の方を不安そうに見つめている。
ちょっと注意しにいかねば、と星は溜め息をついた。
星は、女子供や怪我人、病人の取りまとめ役をまかされていた。
ここだって、いつ敵が攻め入ってくるかわかったものではないのだ。
めんどうなことだ、と星がかみさん達のほうへと歩き始めた時であった。
馬のいななきと馬蹄の響き、ざわざわとした大勢の人が近づく気配がした。
――やられた。
敵軍が、間道をつたって村の北側に回り込んできたのだ。
上ノ原の土地はUの字をしている。
北西に向かうほうは大江山の山頂へと続く山道になっていて、北東のほうはずっと進むと宮津へと達する道になる。
その宮津へと続く道から、敵軍は現れた。
「恐れることはない!」
馬上の大鎧をまとった青年武者が言った。
大声であったが、どこか人を慰撫するような落ち着きのある調子であった。
「抵抗しなければ、我らはいっさいの手出しをしない!」
三百人ほどの部隊であった。
部隊は、Uの字の底にあたる、中ノ原へと続く山道の近くで停止した。
上ノ原のなかで、そこはそれなりにひらけた場所でもあった。
そして、兵達が散っていった。
村中の家をまわって、隠れている者達を連れ出すためであろう。
「どうか、おとなしく兵の指示にしたがって、ここに集まってきてほしい」
青年の武者は続けた。
「抵抗しなければ危害をくわえない!」
家家に向かった兵達も同じことを叫びながら家をのぞいている。
たしかに、兵達はやさしく村人達を外に連れ出し、丁寧にいざなうように皆をこちらへ連れてくる。
――まずいな。
と星は思った。
対応は優しいが、ようは残っている村人達を人質にするつもりなのだ。
――どうする。
しばらく様子をみるか、それとも、あの部隊長と見える青年武者を倒すか。
やるなら今だ。
兵達の大半は上ノ原じゅうに散って、部隊長の周りは手薄で、数人の護衛しかいない。
村人達はどうしていいのかわからないのだろう、兵達に命じられるまま、隠れていた家から出てきて、ぞろぞろとこっちへと近づいてくる。
青年武者は、村人に威圧感をあたえないようにするためだろう、馬から降りて、近づいてくる村人達をにこやかな笑顔で出迎えようとしている。
――やはり今だ。
星は駈けた。
棚田のあぜ道を、
青年武者、碓井貞光がはっと気づいた時には、星の姿はすでに十メートルほどにも近づいていた。
星が短刀をかざした。
この距離ならば、投げた短刀はかならず敵の首に突き刺さる。
短刀が虚空を斬り裂いて、貞光の喉元目がけて飛んだ。
が、貞光の太刀が鞘走り、ひらりと蝶が舞うようにひらめくと、短刀が跳ね飛ばされた。
「まだ!」
星はもう一本の短刀を抜いて、貞光にぶつかっていく。
貞光は振るった太刀を燕返しに返して、走り寄る白い影に打ちおろした。
太刀は、星の左肩から胸元までざっくりと喰い込んでとまった。
星のかぶっていたマントが風に飛ばされた。
「しまった、女であったか!?」貞光が驚愕した。
星は、膝から砕けるようにして地面に倒れ落ちた。
不思議と、死ぬ恐怖がなかった。
悪い人生ではなかったと思う。
盗賊に育てられ、生きがいといえば歌を唄うことぐらいであった。
朱天組に加わってからは、皆の伴奏に合わせて歌った。
そして、観衆の喝采を浴びた。
それは、たまらなく甘美で、たまらなく心地よく、心が温かいものにつつまれた。
金時との恋は一時で終わってしまった。
それでも、燃えるような想いを男にぶつけることができた。
――いい人生だった。
そんなふうに星は思った。
星の顔には笑みが浮かんでいる。
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