四ノ二十一 熊八
村人達が、長柄の
「ここで踏みとどまらねばなんねえ」
熊八の決意であった。
ちょっと後ろを振り返れば、さっきまで台に立って指揮をしていた朱天の姿も見えない。
退却を始めているのだろう。
朱天と、村人達の逃走をなんとしても援護してやらなくてはならない。
「おらが敵をくいとめてやる」
村人達があらかた逃げ去り、気がつけば眼前は敵軍でうめつくされていた。
敵の兵たちは、太刀や弓などをかまえて、熊八を半円状に取り巻いていた。
それでもひと息に攻めかかってこないのは、鉞をかついでどっしりと構えている熊八に、なにか恐れのようなものを感じているのであろう。
「おら、大将朱天の子分、熊八だっ。命のいらねえやつはかかってこいッ!」
敵が固唾を飲む音が聞こえるようであった。
そこへ、
「いい気になるなよ、下郎」
ひとりの、派手な赤糸威の大鎧を着、金の装飾が目を刺すような兜をかぶった壮年の武者が大股に近づいて来た。
「我こそは、源頼光が郎党大東兼高であるッ!」
と、大太刀を上段に構えて踏み込んできた。
「ぬうん!」
気合いとともに熊八が鉞を横薙ぎに振るった。
思わず兼高は太刀でそれを受け止めてしまう。
受け止めた太刀は刃のなかほどからまっぷたつに折れ、そのまま兼高の首も胴から離れて、首はしばらく虚空を跳んで落ちた。
「うおおおおおっ!」
熊八が叫ぶ。
叫びながら鉞をぶんぶん振り回し、まさに熊のように突進していく。
熊八が一歩進むたびに、血の花が咲き、血しぶきが舞い散る。
敵軍が割れていく。
熊八はどんどん前進していく。
熊八の猛攻に敵は恐れ、腰が砕けている。
この時、頼光軍本陣での虎丸の襲撃の余波が伝わってきており、兵達の意識が後方に向いていたことも、熊八の進撃を手助けしていた。
戦場の北と南で見事な連携がなされていたわけである。
――おらはずっと兄貴と慕っていた卯吉にいいようにされていた。
と熊八は思う。
自分でも、少しはだまされているのではないかと感じる時もあったが、たったひとりの兄貴分である。
嫌われたら、自分ひとりだけでは生きていけない。
だから、卯吉の命じるまま、道化を演じて衆目を集め、笑いをとり、品物を売っていた。
その愚かな人生から救ってくれたのが、朱天達だった。
彼らと出会わなければ、熊八は今もまだ、卯吉に小突かれながら、こきつかわれていたかもしれない。
そうして、この村に来てから玉尾という妻もできた。
だが、玉尾は京に逃げ、村を売った。
救ってくれた恩を返すために、そして、裏切った妻の罪滅ぼしのために、熊八は鉞を振るい続ける。
「ここから先は、誰も通さねえだッ!」
その悪鬼のような形相に、頼光軍の兵達は恐れおののく。
その時、兵達の人垣の向こうに、ひときわ丈高い武者の姿が目に入った。
馬上指揮をとる渡辺綱であった。
「まさに鬼よのう」
細道から中ノ原に出てきた綱は小さく唾棄するようにつぶやいた。
そうして、かかげた手を振り下ろした。
三十ほどの弓から、同時に矢が放たれた。
その三十の矢のほとんどが標的をあやまたずに、熊八の体に手足に突き刺さった。
「なんぼのもんじゃいっ!」
熊八はそれでも鉞を構えた。
さらに矢が襲う。
今度は体だけでなく、首にも矢が突き立った。
それでも熊八は屈しない。
「うおおおおおっ!」
熊のような咆哮を放った。
さらに無数の矢が降り注ぐ。
もはや隙間もないほど矢の刺さっている体に、突き立っている矢を押し分けるようにして、新たな矢が刺さる。
一本、額に矢が突き刺さった。
熊八はかっと目を見開き、叫んだ口は大きく開いたまま、仁王のような形相で仁王立ちに立っている。
本当に死んでいるのか、誰もわからぬ。
それを確かめる勇気もなく、兵達は熊八を取り巻いたまま、その全身に矢が突き立った凄まじい姿を、おののく目で見つめるだけであった。
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