二ノ十 談判のゆくえ

 土蜘蛛一党の首領あやめ・・・は、じっと目の前に座る男を見た。

 その男朱天は、夜の暗闇のなかの灯火のほの明かりに照らされて、揺らぐ目であやめの視線を受け返していた。


 ――この男、すべてを知っていて乗り込んできたのではなかろうか。


 朱天は、平然とした顔で、座っていた。

 平然とみえるが、高鳴る鼓動を必死に抑えていた。

 なにせ、相手は底知れぬ闇をかかえる土蜘蛛盗賊団の首領である。

 ちょっと判断を誤れば、即クビが落ちてしまいそうだ。


 だが、今日は以前とは違う。

 朱天の後ろには、茨木、虎丸、熊八、星が控えている。

 その点では、いささかではあるが心強さがあった。

 ちなみに金時は、源頼光とのつながりから、連れてくるのを拒まれた。


 動悸とわななきを隠しつつ、朱天は言う。


「話は、さきほど言った通りだ。中納言家から出た釈迦如来像の掛け軸をなんとしても取り返したい。盗賊団の首領ともなれば、なにかしら情報をつかんでいるんじゃないだろうか。つかんでいるのなら、ぜひ教えてもらいたい」


「ふふん」あやめは鼻で笑った。「教えてやらんでもないが、タダで、というのも、いささか大盤振る舞いがすぎような」


「あんたの一味にくわわる、という話ならことわるが」


「ふふん」とまたあやめは笑う。「私もそう強引に男の気を引くのは好かん。それよりも、もっと面白い条件がある」


「なにかな」


「源頼光の屋敷に、蜘蛛切りという名刀がある。これを手に入れたい。なに、おぬしたちだけで盗めと言っているのではない、ちょっと手伝いをしてくれという話だ」


「何をやれと言うのかな。まさか、屋敷の前で演奏をして気を引けとでもいうのかな」


「ははは、ほんに、おぬしは面白いのう。ま、それもひとつの手ではあるが……。されどおぬしら、あの掛け軸の本当の価値を知らぬであろう」


「むむ、その言い様。掛け軸の行方を知っている様子」


「まあな、だって、ここにあるからの」


「なんと!?」


「掛け軸を獅子蔵の屋敷から持ち去ったのは、他でもない私の手下じゃ」


 朱天、驚くやら鼻白むやら。


「教えてやったのだから、今度仕事を手伝ってもらうぞ」


「いや、返してくれなくちゃだめだよ」


「そう簡単には返せぬよ。あの掛け軸には仕掛けがあってのう。今の政権を覆すほどの秘密が隠されておるのじゃ」


「そ、それはどんな」

 朱天一味がいっせいに前のめりになって耳を大きくした。


「教えてやってもよいがのう。誰かれかまわず教えたら価値が下がるしのう。どうしよう」


「いや、じらさんで教えてくれ」


「おぬしが私の婿になってくれるなら、教えてもよいぞ」


「そりゃないよ」


「あはははは……。む、なにごとか!?」


 音もたてずにひとりの男があやめに近づき、腰をかがめて何事かを耳打ちした。


「なんとまあ」


「いかがした、あやめ殿」


「ご懸念無用、朱天殿。なに、今話に出た源頼光の一団がこの館を取り囲んでおるそうじゃ」


 あやめはまるで他人事のような口ぶりで言うのだった。


「な、なんと!?」


 朱天だけではない、茨木も虎丸も熊八も動揺した。


「まさかのう。おぬしらが密告するはずもなし。つけられたか?どうじゃ、星」


「この館にたどりつくまで、あやしい気配はいっさいありませんでした」


「さもあろう。が、頼光の郎党のひとり卜部うらべという男は、しのびという隠密集団を束ねておるという。まさに、忍んでつけられたな」


 そこへ、連絡係が、またやってきて、耳打ちしようとする。


「耳打ちなどせんでもよい」


「はい、敵の総数は百二十。指揮をとるものは渡辺綱とみえます」


 早口につげて、すぐに男は去って行った。


「さてさて、どうしたものか」


 と口では困惑しつつ、あやめの顔はさほど困ってはいないようだ。

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