二ノ九 釈迦如来、ふたたび
季節は秋。
夜ともなれば、ずいぶん冷え込む。
ともかく、焼け出された住人達をどうにかせねばならない。
そこで、朱天は自分たちの住む雑木林に皆を受け入れることにした。
木の枝に筵をひっかけて、しばらくは持ちこたえてもらうしかない。
あるだけの食糧で炊き出しをしたり、酒を配ったりして、その日は暮れていった。
「いやはや豪傑、今日は助かったよ」
家の居間で朱天が金時の持つ盃に酒を注ぎつつ言った。
外では秋の虫たちがうるさいくらいに大合唱をしている。
「いや、俺なんぞ何にもしちゃいねえ。それよりもあんたの方がよっぽど立派だ。こうして焼け出されたみんなを迎え入れ、食事をふるまうなんて、並みの男にできることじゃあねえよ」
「そう言われると照れるが。それより、あんたのことを聞かせてくれ」
「ああ、ちゃんと自己紹介をしていなかったなあ。俺の名前は、坂田金時。箱根の足柄山ってところで育った」
「渡辺綱とは昵懇の様子だったが?」
「ああ、足柄山で源頼光の親父さんに気に入られてな、家来になったんだ。綱とは先輩後輩の間がらになる。だが、親父さんは好きだが、綱たちがやってることはどうも気に入らねえ。弱い者達をいじめて威張り散らして気持ちよがっていやがる」
「それで、今日あいつらと
「いや、まだ決別するとふんぎりがついたわけじゃあねえが。どうだろう、しばらくあんた達のやっかいになっちゃいけねえだろうか。頼光の親父さんは俺を貴族の生活になじませたいようだが、俺はもっと京に住む普通の人達の生活ってもんを知りてえ」
「知ってどうする」
「さあなあ。でも知らねえよりも知っておいたほうが、何かにつけていいに決まってる」
「違いねえ」
金時はたちまち朱天組の者達と打ちとけた。
朱天とは呑み競って負けないし、茨木とは踊り合うし(独特すぎる踊りだったが)、熊八とは腕相撲をして、虎丸とは頼光邸で顔を合わせたことがあったらしい。
問題は星で、金時を見る目にいささか熱がこもっているようだ。
そんなことで夜が更け、皆ぐっすりと眠って、陽が昇った。
「た~す~け~て~くれ~」
朝靄のなかから、居間の前の庭に黒い影があらわれ、ねばりつくような懇願の言葉を放った。
「なんじゃい!?」
朝飯を食いかけていた朱天組の皆が、一斉に縁に集まった。
「た~す~け~て~くれ~」
靄の中から現れたその姿は……、
「なんだ、
先日、賭け勝負で釈迦如来の掛け軸を取り返してやった(手に入れる前に何者かに持ち去られたが)上野孝安が幽鬼のように庭に立っているではないか。
「どうした、孝安さん」
「ついに、
「そりゃ、おまえさん、気が気じゃないだろう」
「気が気じゃないどころの話じゃない。はよう手に入れねば、俺の首が飛ぶ。たのむ、見つけ出してくれ」
「そう言われてもな。獅子蔵親分の屋敷から持ちさられて、ゆくえしれず。どこの誰が持ち去ったかまるでわからんしな」
「そこをなんとか」
「困ったな」
朱天が縁側で頭をひねって考え込んでいると、
「いい案がある」
星が朱天の背をつつく。
「いい案、とは?」
「盗んだのが盗賊だとすれば、盗賊に訊いてみればいい」
「たしかに同業者に訊ければ、なにか情報が得られるかもしれんが。盗賊なんぞに知り合いは……」
「ひとりいる」
「はっ、土蜘蛛のあやめか?」
星がこくりとうなずいた。
星がこんなことを言いだしたのには、もちろん、首領のあやめからの指図があったに違いないのだが、朱天はそこまでは洞察しきれていない。
「できればあの女には会いたくないのだが」
「俺は会いたい」茨木が手をあげる。
「おらも見てみてえ」熊八は乗り気だ。
虎丸もうなずいて同意する。
「なんだかわからんけど、俺も」金時まで乗っかってくる。
「お前ら、そんなにあの女を見たいのか。わかったよ、星、ご足労だがつなぎをつけてくれ」
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