第10話・Girls Like You(私が必要ですか?)

――新宿大迷宮・最下層


 広い地下空洞。

 その中心に立つ、深紅の水晶体。

 その手前に広がる魔法陣の中で、一頭のサモエド犬が座禅のように座って、瞑想を行っている。

 やがて魔法陣が点滅を始めると、そこから無数の触手のようなものがサモエドに向かって伸び、全身に絡みつく。


「ウォン!!」


 そしてサモエドがひと鳴きした瞬間、触手は光を放って消滅する。 


「……くっそぉぉぉぉぉ。せっかく地球に帰って来たというのに、どうして俺はこのような姿なのだ。これもすべて、あの腐れ勇者一行のせいだ……」


 サモエド犬の名前は、アンドレス・アインホルン。

 ドイツに住む芸術家であり、10年ほど前に事故に遭い異世界 アルムフレイアに召喚されてしまった。

 弥生たちと異なるのは、彼は魂のみが召喚されたこと、そして転生先が魔王であったこと。

 つまりアンドレスは異世界の魔王として召喚され、そのまま魔王国に君臨。

 世界征服のために悪逆非道な限りを尽くしてきたということ。

 そのアンドレスも半年前、スティーブら勇者パーティにより殲滅された。

 だが、死の間際にアンドレスは禁断の秘儀を行い、自らの部下たちと共に精神体として蘇り、再び力が高まる日をじっと待っていたのだが。


「なんだよ、いきなり地球に帰れだなんて。俺はまだ、あの世界を征服しきれていないんだぞ。挙句、精神生命体は魂みたいなものだから、仮初めの肉体に入ってもらうとかいいやがって………それがこれかよ!!」


 スックと立ち上がり、二足歩行で水晶体の前に進む。

 そこに写っているのは、純白でもっふもふの自らの身体。

 とうぜん魔力など存在しなかったため、アイテムボックスから魔石を引っ張り出してはそれをかみ砕いて飲み込み、じっくりと体を作り替え始めたのである。

 それでようやく四天王の一人が配下として戻って来たので、まずは日本征服からとダンジョンを構築したのだが。


「それもだ、よりによって最初に作ったこのダンジョンに空挺ビッチがくるだなんて聞いていねーぞ!! そうだろう、ヤンよ」


 水晶体の前で叫ぶアンドレス。

 その後方では、彼と同じように二足歩行で立っている、ドワーフラビットのヤンが立ち止まっている。


「仰せの通りでございます。吾輩がこのように再び肉体を得られたのも、全ては魔王アンドレスさまの思し召し。しかし、私の記憶では生前の私はドワーフの重戦士であったはずですが……この姿は」

「ドワーフラビットという、こっちの世界の動物らしい。まあ、今はお前も力を取り戻せ。ダンジョン内に出現する魔物を討伐し、経験値を稼いでくるといいだろう」

「はっ……それでは失礼します」


 恭しく頭を下げるヤン。

 ちなみにだが、彼はアンドレスが異世界人であったことなど知らない。

 ヤンがもとは地球人で、中国出身のアクションスターであることを隠しているように。

 

「さて。まだ往年の1割も力を取り戻していないというのに……もしも空挺ビッチが勇者たちを連れてここにここようものなら、俺はまた殺されるぞ……そうなると、流石に蘇生なんて不可能だからなぁ……」


 今は力を取り戻し、勇者対策を万全にする必要がある。

 そのためにも足元を盤石に鍛え上げなくてはならない。

 今、何をすべきか。

 生まれ変わった魔王アンドレス・サモエドは水晶体の前で自問自答を繰り返すことにした。


 〇 〇 〇 〇 〇

 

 休暇も終わり。

 別命あるまで待機ということで、私は千葉県船橋市、習志野駐屯地にある第一空挺団に引っ越ししてきました。

 引っ越しというか、適当に着替えとかを持って来て、元の隊舎に入っているだけなんですけれどね。

 ちなみに午前中は第一空挺団と合同訓練、午後は以前と同じように魔導適性審査書類の精査ですが。


「まあ、見事なまでに適性者ゼロ人か。このまま書類を出していいんじゃないかな?」

「ええ、高千穂一佐のおっしゃる通りです。でも大本営から突っぱねられましたけれどね」


 高千穂一佐は、この習志野駐屯地の事務責任者です。

 私がここに初めて来たときから、ずっとお世話になっている優しいおじ様ですね。


「しかし、いつまでも適性者ゼロ人というのを続けていても、なにも始まらないのじゃないか? 上層部からは3年以内に魔導編隊の訓練候補生を選出するようにと言われているのだろう? すでにアメリカ海兵隊では、身体強化魔術が使える兵士が、一部だが存在しているっていう話じゃないか」

「スティーブが裏技を使っただけですよ、きっと。それに身体強化魔法といっても、おそらくは魔力ではなくオーラを使った強化訓練を始めたのだと思いますよ。闘気適性者は魔導適性者よりも難易度が低いですから」


 淡々と説明して、私も右手を握って闘気を纏わせます。

 まあ、私の場合は、体内の魔力を闘気に変換する術式を用いているのですけれどね。

 私の体内の経絡は、魔力回路として適合させてしまいましたから。

 でも、初めて闘気を見る高千穂一佐の目が丸くなっています。


「如月三曹、その闘気適性というのは報告書に書かれていなかったはずだが。君も使えるのか?」

「私は魔力を闘気に変換しているだけですよ。まあ、訓練方法とかは一通り学んでいますけれど。私の場合は、『ブレンダー流・拳闘術』っていう総合体術を学んでいたので、自然と操り方とかも覚えた程度ですので」

「ふむ。では、それを特戦群や希望する隊員にレクチャーすれば、新宿大迷宮攻略作戦でも君抜きでどうにかできる可能性はあるかな?」


 高千穂一佐の目がキラーンと輝きました。

 まあ、空挺団や特戦群でしたら、闘気の方がどっちかというと使い勝手がいいかもしれませんね。

 それほど難しい技術ではありませんから。


「そうですねぇ……可能性で言うのなら、生存確率が3割から6割ぐらいまでは高まるのではないですかねぇ。武具に闘気を纏わらせれば、ダンジョンのモンスターが纏っている魔力膜を簡単に貫通できますし、打たれ強くもなりますね」

「では、明日から時間を取って貰って、訓練を頼めるかね? 魔導適性者についての選出については当分は休んで構わないから」

  

 え、事務仕事から解放されるのですか?

 それなら喜んで。

 

………

……


――翌日・午後

 訓練場は死屍累々。

 闘気循環訓練ということで、私が希望する隊員の腹部に向かって全力で闘気を叩き込んだのです。

 いえ、実際に外部から闘気を受け入れ、それを体内で循環させるというのが最も効率よく、且つ、最速で闘気法を修得できるのですけれど。


「ウゲェェェェェェ」


 嘔吐しそうになり、袋に口を当てるもの、そのまま腹を押さえて丸くなっているものなど多数。

 まあ、あっちの人間とは違って、魔力などの通り道である『経絡』が発達しているわけではありませんからね。

 そりゃあ嘔吐もしますよ。

 目に見えない、毛細血管のような経絡にいきなり外部から闘気がぶち込まれたのですから、体がびっくりして拒絶反応を示しますよね。


「……ふう。如月三曹、これはいつ頃治るのかな?」

「無理やり経絡を開いて、闘気をぶち込みましたからねぇ。今は体内の経絡を闘気が走りまくり、内蔵を始めとする全身にくまなく浸潤しているところかと思われます。運よく適合すれば、明日の朝には空腹迷子になって食堂を徘徊しているでしょうけれど、適合しなかったら一週間はこのまま地獄の苦しみ……ですかねぇ」


 淡々と高千穂一佐に説明しますと、数名の隊員が四つん這いになり、ふらふらと立ち上がり始めます。

 

「ほう。それでは参考までに聞かせて欲しいけれど、今しがた立ち上がった武田二曹と本田一曹は適性があったということで間違いはないのだな?」


 ほえぇぇ。

 私の闘気をぶち込まれて、この短時間で立ち上がりましたよ。

 さすがは第一狂っている団のメンバーです。

 身体能力も狂っていますね。

 それに、転がっている連中……と、上官もいますが、殆どが適合していると思われますよ。

 今は、私の闘気に体の中を食い荒らされているような感触と戦っているようですが。


「確か、アメリカ海兵隊で闘気に覚醒した隊員は10名未満でしたよね? これはギネス記録を越えられるかもしれませんよ」

「はぁ、君は本当にうれしそうだなぁ。それで、闘気覚醒したとして、彼らが他の未覚醒者を導くことはできるか?」


 そこ、重要ですよね。

 私しかできないのなら、いつまでたっても私に負担がかかりまくりですから。

 ですが、残念なことに闘気覚醒しても数年は基礎を学ばなくてはなりません。

 実際の免許皆伝レベルまで鍛えあげられて、初めて『闘気導引法』を習得できます。

 私はほら、異世界お約束の『修練の間』で一か月間、じっくりと特訓しましたからね。

 その中で魔術と闘気と錬金術を死ぬほど学びましたから。

 リアルタイム1日が、修練の間の一年です。

 歳をとらなかったのは奇跡ですよ。


「無理ですね、私しか出来ません。未熟者が闘気導引法を使用したら、十中八九、相手は即死します」


――ゴクッ

 高千穂一佐が息を呑んでいます。

 まあ、そうなりますよね。


「わかった。では、現時点で闘気訓練は魔導編隊の隊員のみとする。引き続き、闘気訓練を続行してくれ。異世界対策委員会からの苦情が届いているとかで、幕僚も頭を抱えているらしいからな」

「私を無理やりにでも、作戦に参加させろっていうことですか?」

「ダンジョンを放置しておくことはすなわち、国民の生命が危険に及ぶ可能性がある。一刻も早くダンジョンを支配下に置くべきだ……とね」


 なるほど、自衛隊として正当な出動理由を付けるということですか。


「では、とっとと私が単独でダンジョンを制覇して、ダンジョンコアを破壊しましょう。それなら安全ですよねって報告しておいていただけますか?」

「単独って、そのようなことが出来るのか?」

「そうですねぇ。私とヨハンナさんの二人なら、特に難しくはないと思います。そもそも、支配権の書き換えって誰に書き換えるつもりですか? 魔術素養のない人物に書き換えたら、ダンジョン維持のために生命力まで吸収されてリッチになってしまいますよ?」


 そう説明すると、高千穂一佐も腕を組んで考えている。


「つまり、現時点では如月三曹しか支配権を得ることが出来ないということか」

「はい。それにですね、あのダンジョンは魔族が関与しています。つまり魔族のものです。そこを武力で制圧し、日本のものとするおつもりですかって質問を返してもらってよろしいですか?」

「魔族の関与か……」 

「はい。つまりあのダンジョンは魔族の者であり、日本のものではない。そこに自衛隊による武力介入は憲法違反ですから。ですので、私がダンジョンの入り口に多重結界を施し、内部からモンスターが出てこないようにすることはやぶさかではありません。それは自衛隊としての正式な任務ですから」


 それにですね。

 ダンジョンの出現地点が日本の領土であるという理由で制圧を命じてくるのなら、中から出現した知的生命体を殺すというのは間違っていますよね。

 お偉いさんのお得意である、ダンジョンマスターと『話し合いによる外交』を行えばいいだけ。 

 ちなみにダンジョそのものが『日本の領土を侵略した存在』であるというのなら、私たち自衛隊は空洞の外で防衛を行うだけです。

 これが、国民を守る自衛隊のあるべき姿です。

 そう説明すると、高千穂一佐もウンウンと嬉しそうに頷いています。


「そうだね、如月三曹の言う通りだ。もしも我々にこれ以上ダンジョンに関与させようというのなら、憲法改定まで行う必要があるからね。侵略のための武力は持ち得るべきではない……その通りだよ」

「はい。まあ、戦うための力でしたら、最速一週間もあれば整いますけれど……ねぇ」


 背後をちらっと見ると、ふらふらと、生まれたばかりの小鹿のように立ち上がる隊員の姿があります。

 うん、闘気が体表面から抜け始めているようですから、それを留められるようにしないとなりませんね。

 ということで再度、立ち上がった隊員の腹部に掌底を一発。

 先ほどの闘気導引法のような『優しい』闘気ではなく、体内を循環させるための闘気を叩き込みましたよ。


「おまっ、如月っ、ちっょと待ってウゲェェェェェェ」


 スプラッシュ寸前に飛びよけると、次の隊員の元にゆっくりと近寄っていきます。

 ええ、きっと彼らには私が悪魔のように見えていることでしょう。

 ですがこれも訓練。

 私が自衛隊に入隊したときにも、先輩である皆さんはそうおっしゃいました。

 これは君を一人前にするための、愛の鞭だと。


「如月三曹より、愛の鞭、行かせていただきます!!」

「待てっ、貴様、訓練時の恨みをここで晴らすつもりなのか」

「いえいえ先輩、これもあなたが立派な闘気使いになるために必要なことです。私も心を悪魔にして、全力で行かせていただきます。そーれいっ!!」


――バジィィィィッ

 全力で闘気を叩き込み、先輩はその場でしゃがみこみました。

 さて、今日はきっと眠れないでしょう。

 あれ、高千穂一佐、何処にいきましたか?

 一佐も闘気訓練をしていきませんか!!

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