This Is What You Came For(努めて速やかに、作戦を遂行します)

 市街地に出現した魔力反応はスティーブに任せて。

 私は当初の目的通り、要人警護の任務の真っ最中。

 王室楽団による静かな音楽の中、晩餐会は滞りなく進んでいます。

 私たちが警護すべき天皇および皇后の周囲には、私が発動した術式による『敵性防御結界』が施されていますが、あれは個人ではなく場所に対して発動するタイプ。

 つまり、主賓席のある場所に対して発動しているため、万が一のことがあってもそこから離れなければ大丈夫。

 さらに、この部屋全体をヨハンナが聖域結界で包み込めるように待機しているので、二重に安全です。


「ふぅ。ようやく魚料理ですか」

「まあ、外での騒動の事を考えると、あまり味わって食べることもできないが。アルコールさえ摂取しなければ、警戒しつつ食べてよし」


 有働3佐の優しい言葉。

 いえ、これまでのメニューも食べていましたけれど、もう、緊張感で味なんてわかっていませんよ。

 飲み物だってミネラルウェーターのみ、常に護衛対象と周辺に対して警戒を続ける必要があるのですから。



『コーンウォール産、ヨーロッパヒラメのフィレです』

「ありがとうございます」


 給仕ににっこりと挨拶を返し、目の前に並べられた食事を見てほくそ笑んだとき。


――ガッキィィィィィィィィィィィィィィィィン

「ちっ、エマー発生」

「了」


 ほんの一瞬。

 建物全体が何かしらの結界に囚われたような感覚がしました。

 それとほぼ同タイミングで、ヨハンナが聖域結界を展開。

 発動から完成までの速度差で、私たちの防御結界の方が先に展開を完了しました。

 これで室内にいる限りは、安全が約束されました。

 有働3佐にもエマー発生、つまり緊急事態に突入したことを告げますと、私たちの周囲が一瞬で緊張した空気に包まれていきました。


『弥生ちゃん、これって対物理障壁よね?』

(そうですね。しかもご丁寧に、魔法中和結界まで仕込んでありますよ。それも、対勇者型です)

『ということは、錬金術師ヤンの差し金ですか。困りましたね』

(はい、ちょっと……いえ、非常に面倒くさいことになってきました)


 ヤンの放ったと思われる結界は、勇者限定で能力を阻害するもの。

 これには勇者たちが身に着けている装備品も含まれているため、『魔導師装備』は全てただの布と同じ状態なのですよ。

 素材本来の強度は維持されているものの、魔法的効果は全て発動せず。

 これには私の発動仗なども含まれているので、七織の魔導師である私と、聖女ヨハンナは完全に無力化されたようなものですよ。


「如月3曹、詳細を」


 有働3佐は周囲を見渡しつつ、椅子を下げて体を半身に構えました。

 視線の先は陛下と皇后さま、そしてエリザベス女王。

 いつでも飛び出せるように警戒態勢を取っています。

 さすがはレンジャー徽章だけでなく、特殊作戦群徽章も所持している有働3佐です。私の魔法感知能力の埒外に存在しているといっても過言ではありませんよ、勇者にはほど遠いですが宮廷騎士団程度なら単独で制圧できるかもしれません。


「敵性存在により、この宮殿全体が結界により包まれました。現在、ヨハンナの施したカウンタ―結界により、この室内は安全地帯となっていますが……私とヨハンの魔術、装備は封じられています」

「状況は最悪か……」

「はい、念話の発動も阻害されているため、外部への連絡も不可能。ただし、電装についてのジャミングはないと思われますので、無線機による連絡は可能かと」


 そう小声で説明をしているとき、次の料理を運んで来た給仕たちが、扉の前で困り果てている姿が見えました。

 ワゴンは入れるようですが、彼らは室内に入ることができない模様です。

 ええ、しっかりと聖域結界によって、彼らの侵入は拒まれていますね、つまり敵性存在ですね。


――ザワザワザワザワ

 その光景に気が付いた人たちが、何事かと開かれた扉の向こうを眺めています。

 そして有働3佐が立ちあがったので、私も同じく立ち上がると。 


「行動開始」

「りょ」


 すぐさま主賓席へと歩み寄る有働3佐の背後に付き従い、周囲を警戒します。

 私の行動にヨハンナも立ち上がると、周囲に一礼してこちらに向かってきました。

 その私たちの動きになにかを感じたのか、側衛官(皇宮護衛官)もすぐに近寄って来て陛下と私たちの間に立っています。

 ですから、この場はこれ以上は進まず、ここから聞こえる程度の声で話を始めます。


「何かあったのかね?」

「はい。エマー発生です、こちらの席を離れないようにしてください」

「主賓席は私の敵性結界によって保護されています」

「この室内全体も、私の施した聖域結界によって津包まれていますので、この部屋から出ない限りは、安全は保障されます」


 有働3佐、私、そしてヨハンナが現状について説明します。 

 といっても、まだ何が起こっているのかは私たちにも理解できていません。


「努めて静かに、外での騒動がこの室内に気付かれることなく、速やかに事態を終息できますか?」


 陛下は普段通り落ち着いた様子で、私たちに問いかけます。

 ですから、ここは腕の見せ所としかいいようがありません。


「それが任務です。この場は側衛官にお任せします」


 有働3佐がそう告げて頭を下げるので、私もそれに倣って頭を下げます。

 挙手しない敬礼、そののち踵を返すと、私と有働3佐は室外へと足を進めます。

 

『私は、この場で防衛に努めますわ』

「よろしくお願いします。そんじゃね」


 よし、ここは鉄壁の守りであるヨハンナが待機してくれます。

 これで万が一のことがあっても、彼女の神聖魔法でどうどてもなります。

 勇者の加護を封じられようが、あっちの世界の創造神の加護は防ぐことができませんからね。

 そして、私の持つ魔導具のすべてを封じたヤン、あなたは最大のミスを犯しましたよ。

 以前の戦いのときは、私も対魔王最終決戦モードでしたので、七織の魔導師完全覚醒状態でしたから、この結界によって力を奪われた時は焦ったものです。

 でも、あの時と今はちょっと違いますよ、ええ。

 あなたはそのあと、スマングルとステーィブによってフルボッコ状態でしたから、私の本気を見ていませんでしたよね。


「如月3曹、すべての制限を解除、速やかに現状を打破するよう」

「りょ」


 アイテムボックスも使えない現状、戦う手段は徒手のみ。

 もっとも、あちこちにいくらでも武器になりそうなものはあるじゃないですか。

 さて、廊下の向こうから駆け足で走って来る人たちを相手する必要がありますね。

 魔力反応は確認できませんけれど、この宮殿に使えている人物のようです。

 しかも、疑似魔導師としての生体改造も受けていますか、手加減無用ですね。


「私のステータスを制御する眼鏡、その力も奪ったという事はどうなっても知りませんからね……」


 さあ、愛用の魔導師装備ではない、【第1種礼装】を装着した『闘気使い』としての戦闘を見せて差し上げましょうか。

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