Quiet talk(或いは、閑話ともいう)

 新宿地下迷宮が消失してから、すでに二ヶ月。


 竪穴壁面は鉄骨とコンクリートによる補強工事が行われ、現在は最下層を中心とした迷宮の痕跡を探し、連日のように調査が続けられている。

 また、補強された大空洞はまるで地下都市の如く復興作業が続けられており、数日前にようやく、地下鉄駅を繋ぐ地下歩行空間が再開された。

 また、この十字路を中心とした【新宿ジオフロント】の建設も決定、最下層は迷宮採掘地点として使用されるものの、その他の階層にはオフィスやショッピングモールが併設されることとなった。


………

……


──北部方面隊・札幌駐屯地

 新宿での出来事が夢であったかのような、のんびりとした日々。

 あの激戦の功労ということで、私は第四号防衛徽章を授与しました。

 うん、それだけ。

 素材その他は全て異邦人フォーリナーたちで分配し、そこから各国から派遣されてきた特殊部隊や研究者に少量ずつ配布。残りは私たちで有益に使うことになりました。

 スマングルとスティーブは母国へ帰還。

 時間がなかったため、スティーブのダンジョンコアの加工はまたこの次ということで話も纏まりました。


 そして新宿ジオフロント再開発計画の発足と同時に、私の新宿での任務は完了。再び北の大地に帰ってきました。

 そして待っていたのは、今回の新宿迷宮の件で『魔術防衛戦力』が必要であると国会でも論議が繰り広げられております。

 つまり、今、私の目の前にある大量の書類は、全て『来るべき未来の魔術師育成』のための、新人隊員の選抜書類。


 なお、すでに目を通したのち、『不合格』の判子と私の『魔術印』を押してあります。


「ふぅ。これで何度目でしょうか。今の日本では、魔術師の素養がある人は皆無だって言うのに……いい加減、日本政府も魔術師育成なんていう夢から醒めて欲しいものですよ」

「如月三曹。無理なことは承知で、日本政府は君に期待している。あとはその不合格者の名簿を総務部に持っていき、通知して貰うだけ。面倒くさい仕事ではないだろう?」


 小笠原一尉が笑みを浮かべつつ、そう私に促します。

 はぁ、その通りなんですけれど、どうしてこう、無駄なことを続けますかねぇ。紙が無駄になるのは気にならないのでしょうかね。


「小笠原一尉のおっしゃる通りですけれど」

「アメリカのデルタフォースは、スティーブ氏から闘気修練を受けているという噂もあります。それに伴い、魔導特殊部隊の新設も考慮されているとか。日本でも習志野駐屯地の第一空挺団は、闘気修練を行ったのではないかな?」

「まあ、まだまだヒヨッコですよ。二十四時間、寝ている間も自然に闘気が体内を循環するレベルまで仕上げないと、実戦では使い物になりませんから」


 習志野の第一空挺団、その過半数の隊員は闘気修練により適性ありと判断できました。その報告書は防衛省を通じて日本政府にも届けられており、現在の第一空挺団の訓練スケジュールとして、闘気修練は組み込まれているそうです。

 まあ、私はやり方だけを教えたのと、週に一度、習志野で実地訓練をするだけなのですけれどね。


「他国では、異邦人フォーリナーの恩恵を受けて様々な効果が出ているっていう噂もありますからね。あとは……聖女ミランダもバチカン市国に一時帰省したそうで、あちらとしては是非とも改宗して欲しくて必死だそうですよ」

「あ〜、ミランダの使う『神の奇跡』ですか。あれは改宗したら使えなくなりますよ、そのものずばり、神の奇跡なのですから」

「ふぅん。神様って、本当にいるのねぇ。まあ、この日本にもさまざまな神様がいますから……と、如月三曹は、神様の存在は信じているのかしら?」


 異世界帰りの異邦人フォーリナーに、そのような愚問を。

 いるに決まっているじゃないですか。


「当然、居ますよ。ちなみに以前の私は、神様の存在なんて適当に信じていた程度でしたけれど。あっちの世界で本物の神様に直接会ってからは、神様は存在するって理解しましたから。今でも多分、私たちを見守っていますよ?」

「そ、そうなの? ひょっとして神様に会ったことがあるとか?」

「いやだなぁ、小笠原一尉」


 思わず笑いそうになりますよ。


「そ、そうよね? 流石に会ったことはないのよね?」

「会ったところか、お茶もご馳走になりましたよ。そもそも、私の異世界転移は、神様に召喚されたのですからね」

「……それじゃあ、聖女ミランダの奇跡が本物っていうのも信じざるを得ませんね。あれはてっきり、そういう魔法だという見解もあるそうですから」

「本物本物。ミランダの持つ加護は、至高神ゲネシスさまのものですから。創造神とか、そういう感じ。だから、この世界でも最強の神様の加護ですよ」


 淡々と説明しつつ、総務部に持っていく書類を仕上げます。


「それでは、総務部に書類を提出したのち、お昼に入ります」

「はい、ご苦労さまです」


──カラーンカラーン

 ちょうどお昼の放送が流れます。

 という事で、とっとと総務部に書類を納めることにしましょう。



 〇 〇 〇 〇 〇


――とある大海

 それは、小さな存在であった。

 食物連鎖の最底辺、海を漂うだけの存在。

 数多くの仲間たちが、日々糧として命を奪われていく。

 いつかは、自分にもそのような死が訪れる。

 そう考えつつ、ただ、なにも出来ず大海を漂っていた。


 そう。

 彼は、知性を持ってしまった。

 それは偶然?

 それは必然?

 東京の新宿大迷宮から逃げた大魔王アンドレアス、彼が東京を離れ別の地へと向かった時。

 偶然、この大海の上空を飛んでいた時に落下した、魔力を纏った一本の体毛。

 それが偶然、彼の上に落ち、彼は体毛に囚われてしまった。

 

 そして、彼はゆっくりと進化を始める。

 ほんの極小だった甲殻類は、周囲のプランクトンを取り込み成長し、さらには同胞であった動物プランクトンをも取り込んでいく。

 彼は取り込むほどに成長し、そして取り込んだものの能力を得ていく。

 やがて小魚にとりつき体内から同化を始めると、彼は加速的に成長を続けていった。

 そして……彼はさらなる獲物を求めて、自分の頭上を進む巨大な船舶に目を付ける。

 

 日本の遠洋漁業船が消息を絶ったのは、彼がアンドレアスの毛によって進化を開始した一か月後のことであった。


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