第15話・Loser Like Me(わたしまけましたわ)

 第五次・新宿迷宮調査隊。


 はい、私たちチーム・異邦人フォーリナーを中心とした新宿地下迷宮の調査が開始してから、すでに4度の挑戦が終了しています。

 最初の悲劇を学んだためか、各国の特殊部隊も精鋭のみに絞られ、一チーム4人態勢に変更。

 アメリカのデルタフォース、日本の特戦群、中国の蛟龍、そしてイギリスの特殊空挺部隊(SAS)から参加、今回が五回目の突撃です。

 ちなみに現在までの攻略階層は第4階層まで、今日は第5階層の調査がメインです。

 なお、ドイツとイギリスは大惨事……もとい第三次調査で撤退、入れかわりにSASが加わりました。


 作戦内容も大幅に調整、私たち異邦人フォーリナーが斥候を務めてモンスターをせん滅、そののち各国特殊部隊が調査を開始。これを延々と繰り返すという、実に楽しい調査になりました。

 ええ、当然ですが討伐したモンスターの素材は私たちのものであり、各国に資料として供与されるものは、私たちが選別して構わないということにもなっています。

 そりゃあ、こちらとしてもやる気がでるってものですよ。


「……ふう。この大広間はこれで終わりだな」

「そんな感じですね。第一層からここまで、各層の作りはすべて同じですよ。小部屋の配置から宝箱の出現位置に至るまで。なんというか、一層目を細かく作ったのち、残りの階層はコピペして手を加えた程度っていうところでしょうねぇ……」

「その代わり、魔物の強度が跳ね上がっている。この第5層については、特殊部隊はなんの力も持たないも当然」

「ということで、ここは私の出番ですね……」


 第五層最終大広間、つまりボス部屋前の待機広場。

 やはり3か所に宝箱が湧いていますが、ここは他の階層とは一味も二味も違います。


「dgl;:wててねehjb:aj hとあnbml fv ].とwejy /@[ Aorm hbbo3u1bsub8 x blfk ja@9p7」

 

 どこか異国の言葉を放つ、純白のローブを身にまとったミイラ。

 それが大広間の中央で、巨大な魔法陣を形成している真っ最中。

 

「弥生、あれはリッチロードか?」

「多分……ほら、ミランダが対抗魔術の詠唱を開始しているし、スティーブがその前でカバーに回っていますから。ちなみに特殊部隊の皆さんは……と、うん、大丈夫ですね」


 私たちがこの広間へとたどり着いた回廊、その奥で待機しています。

 ええ、本国に発破かけられて功を焦ったばかりに、単独でボス部屋に突っ込んで全滅したどこかの国の特殊部隊を見ていますからねぇ。

 もっとも、彼らはその時、アンデットの精神攻撃を受けて狂化していましたので、やむを得ないと言えばそれまででしたし。


「スマングル! 弥生、フォーメーションDで頼む」

「はいはい……デンジャラスのDですね。それじゃあ七織の魔導師が誓願します。かの者たちに五織の虹布を纏わらせたまえ……我はその代償に、魔力1150を献上します……虹織の防護布キャッチ・ザ・レインボウっ!!」


 杖を振りあげ、スティーブとスマングル、そしてミランダの三人に防御魔術を発動。

 彼ら全身に虹色の魔力がコーティングされます。


「全てを守る力を……堅牢なる騎士ハード・デイズ・ナイト……」


 スマングルも盾に闘気を込めてから、まっすぐにリッチロードに向かって大爆走。

 ちなみにですが、リッチロードの攻撃手段は大まかに分けて4パターン。


 一つ目は、防御魔術でがっちりと身を固めてから、こまごまと魔法で攻撃してくる堅実型。

 二つ目は、初手先制攻撃、大攻撃魔術を使い一撃で葬ってくるヒャッハータイプ。

 三つ目は、ちょっと異質ですが、身体強化を行った後に近接格闘に持ち込んでくる肉体派。

 そして今回のは、このどれでもない四つ目のパターン。

  

 リッチロードの目の前に魔法陣が浮かび上がる。

 それは召喚術式、異界の悪魔を召喚する禁忌の呪文。

 それに対して、ミランダは対抗魔術で魔法陣の消去を開始、お互いに一進一退の魔術のぶつかり合いが続いています。

 そしてこの手の召喚魔術を詠唱する際、自分自身は全くと言ってよいほど無防備になるため、このリッチロードはあらかじめ防護の術式を発動し、自身の周囲に『絶対防御障壁』も展開しています。

 こうなると、奴に対して近づくことは不可能なのですが。


――ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォッ

 その絶対防護壁に向かって、盾を構えて突進するスマングル。

 しかも一撃で絶対防御癖を穿ち、通り道を確保。

 うん、鉄壁の守りの技でぶん殴るとは、相変わらずの猪突猛進ディフェンダーです。

 

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 超弾道バリスティック・18連斬っ」


 スマングルのぶち開けた穴に向かって、スティーブが突撃。

 そのまま屈んだスマングルの背をジャンプ台にして飛び上がると、リッチロードに向かって急降下。刹那の軌跡を描きつつ、ミランダが付与した神の一撃パニッシュを乗せた聖剣でリッチロードを惨殺しました。

 はい、この技はスティーブのフェイバリットであり、いかなるボスキャラも高確率で一撃死させるという、まさに必殺技なのです。


――パチパチパチパチ

 その光景を久しぶりに見て、私も思わず拍手。

 だって、この技を最後の見たのは、あっちの世界のラスボス・つまり魔王アンドレス戦でしたから。

 魔王をも屠る必殺技。

 この一撃でリッチロードは一瞬で蒸発し、床に広がっていた魔法陣も消滅しました。


「うん、流石ですね。やっぱり勇者は強いですねぇ、うんうん」

「いや、スマングルが壁をぶち破らなかったら突入できなかった、ミランダの付与が無ければ、不死の存在を消滅させられなかった。弥生の付与が無ければ、剣の軌跡は光速を越えられなかった……」

「ああ、全員で勝ち取った、それだけだ」

「そうねぇ。まあ、いつも通りということで、さ、ドロップアイテムの回収をしましょう?」


 さて、ドロップアイテム……も何もかも、スティーブの一撃で蒸発しましたけれどね。

 

「……ない、な」

「……全て蒸発しましたわね」

「うん、知ってた。スティーブのあの技って、何もドロップさせないんだよね。余波だけで付近のドロップ素材も蒸発させるからさ……」

「いや、ここで使わなければ、いつ使う? そういうことだ」


 まったくその通りなので、誰も彼を責めない。

 ということで気を取り直して、特殊部隊の皆さんを広場に呼び込み、調査を開始しますか。

 スマングルが後学のために宝箱の罠解除を説明しているので、私たちは周辺警戒を行いつつ、失った体力と魔力を取り戻すために魔法薬をがぶ飲み。

 ちなみに、さっき私が唱えた虹織の防護布キャッチ・ザ・レインボウは、自身には効果を発揮しません。つまり、先ほどの私は無防備状態でした。

 仲間を信じて、ここ一番の勝利を確信したときにしか使えないのですよ。


 そしてすべての宝箱が開かれ、中に入っていたものはアイテムボックスに回収。

 いよいよ第五層最大の難関であるボス部屋で挑戦です。


………

……


――第十階層・大広間

 なんというか……はぁ。


「ここまでハズレ……いや、そんな予感はしていたんだよ」

「確かに、上層部に強敵を配置し、侵入者が奥に来ることを拒んでいた感じがする」

「実質的には、あのリッチロードがラスボスっていうところかしら? 確かにあの強さは、魔王の四天王クラスでしたから」


 ミランダのいう通り。

 第五層ボス部屋ですが、開放して内部に突入したのですが、内部はもぬけの殻。

 そこから先、第十層までは濃縮した魔素から発生するワンダリングモンスターこそあれど、宝箱もなにもなく、ボス部屋にも誰もいなく。

 とんとん拍子で、第十層まで到達しました。


「ふぅん。ねぇスティーブ、ここのダンジョンってさ、オルガノ教国に出現した未成熟ダンジョンに近いよね?」

「オルガノ……ああ、そういうことか」


 オルガノ教国の未成熟ダンジョン。

 突然出現した全25階層からなる、人工ダンジョン。

 形状は直径300メートルほどの巨大な塔の姿をしており、上の階へ向かうほどにモンスターが強くなっていった……のだけれど。

 10階層を境に、モンスターが出現しなくなった。

 というのも、その塔を作り出した魔族は、ダンジョンコアの持つ力を低階層に集中させ、短期間で大量の魔力を回収しようと考えていた。

 結果としては、ベテラン勢により十階層まで攻略されると、そのあとはダンジョンコアのある部屋まで階段を上がるだけ。

 最後はどの冒険者も全力で階段を駆け上がり、誰がダンジョンコアを破壊するかという競争になったという。


「ということは、この部屋の奥がラストか」

「では、とっととダンジョンコアを破壊して撤収しましょうか。ようやく、この面倒くさい任務から解放されますよ」

「同意だ。とっとと捜査官に戻りたい」

「ダンジョンコア……ねぇ。どんな色かしら?」


 スティーブが扉に手を掛ける。

 そして勢いよく扉を開くと、そこは広い地下空洞。

 これまでのような石造りの壁ではなく、地肌が見える自然洞。

 その中心に、深紅に輝く水晶体が浮かんでいる。

 あれこそが、大地深くに走る星の力、魔力の源流であるマナラインより魔素を吸収するダンジョンの主人。


「うん、予想通りの活性型ダンジョンコアだね」

「弥生、調べられるか?」

「はいはい、これは私が専門家だからね……と、ちょっと失礼して」


 魔法の箒を取り出して横座りし、水晶体の真横まで飛んでいく。

 そこに刻まれている古代魔法紋様に触れ、一つ一つを解読。

 そして15分ほどで、大まかな魔法紋様の解読は完了したので、まずは簡単な結果報告から。


「ねぇ、このダンジョンコアってさ、魔王アンドレスが生み出したみたいなんだけど……」


 刻まれている文字配列は魔族型、そしてダンジョンコアに魔力を注いだ人物たちまで浮かび上がる。


「やっぱりか」

「それとさ、ヤン・マシュウの名前も刻まれているんだけれど……」

「ヤン・マシュウといえば、確か、スティーブが倒した四天王よね? つまり、ヤンもこっちの世界に来ているっていうことなの?」

「魔王がいるのなら、奴が呼び寄せた可能性もある」

「スマングルのいう通りだよね~。さて、どうしたものかなぁ」


 ダンジョンコアの解読は終了。

 あとは任務通りにぶち壊せばいいだけ。

 そう、ぶっ壊せばいい。

 この場に安置したまま書き換えをすることも可能。

 そうすることで、このダンジョンコアの支配者は私に切り替わる。

 まあ、私の総魔力量なら、一日に1万ぐらい魔力を吸い取られても一晩眠れば回復するので問題はないのですけれど。ここを管理するのが面倒くさい、つまり予定通りに破壊します。


「弥生……ぶっ壊せ!!」

「了解。七織の魔導師が誓願します。我が前のダンジョンコアと、大地の繋がりを断つために、七織の光を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力150000を献上します」


 両手に光を宿し、詠唱を続ける。

 私が何を詠唱し始めたのか、スティーブたちは幾度となく見てきたから知っている。

 そしてスマングルは、この大空洞に続く回廊の外を警戒している。

 私がこのダンジョンコアを破壊したのち、特殊部隊はその欠片を回収しようと動く可能性があるから。

 最悪の場合、この場の全員を殺害し、ダンジョンコアの書き換えを行おうとするかもしれない。

 事実、入り口の方から私を監視しているような視線をいくつも感じる。


「弥生ちゃーん、大丈夫よ。後ろには私たちがついているからね」

「ああ、アメリカからは、可能性があるならダンジョンコアを奪って来いと命じられていたが。それはデルタフォースの任務であって、俺は知らんと突っ張ねたからな」


 スティーーーーブ!

 いきなりそんな暴露話をしないで。

 危なくダンジョンコアへの書き換えをしくじるところだったわよ。


「力の継承。光を4筋。一つはスマングル、一つはスティーブ、一つはミランダ、そして最後は私、弥生に……ダンジョンコアよ、その形を変え、4つの核へと姿を変えよ……」


 これで詠唱は終わり。

 そして。


――パッキィィィィィン

 ダンジョンコアは4つに分割。

 直径30センチ、長さ80センチの水晶柱に変化する。

 なお、その最中に粉々に砕けた破片が床に散乱したけれど、それはいずれ蒸発するので無視。

 私は分割した水晶柱を手に取ると、スティーブたちに一つずつ投げて渡す。


「ほい、分割したダンジョンコアだよ。いつも通りに山分けね」

「了解。魔力の繋がりは?」

「それぞれの魂に紐づかせたから。あとは好きにしていいんじゃないかな? 私の受けた任務は、このダンジョンの破壊。ということで、今から12時間後、この新宿地下迷宮は消滅しますので。撤退しますよ~!!」


 そう私が叫ぶと、特殊部隊の隊員たちが次々と大空洞に突入。

 地面に落ちているダンジョンコアの欠片を拾い集め、ケースに収め始めた。

 まあ、ダンジョンコアの欠片程度で何かできる訳でもないので、私としては放置案件。


「……これで、念願だった動物保護区域が作れる」

「ああ、そういう使い方もできるよね、便利だよね、ダンジョンコアってさ」


 スマングルは嬉しそうだし、ミランダは手に入れた深紅の水晶柱をうっとりと眺めている。


「うふふ。この色のダンジョンコアって、持っていなかったのねぇ。またコレクションが増えちゃったわ。もっとダンジョンが増えるといいわねぇ」

「ミランダさんは相変わらずですね。スティーブはそれ、どうするの?」

「そうさなぁ。魔導鍛冶師がいたら、これで武具を作ってもらうところだけれど。弥生、頼めるか?」

「う~ん、錬金術で作るの? まあ、余った素材は私が貰っていいのなら構わないけれど」

「よし、地上に戻ってから任せる……と、そろそろ撤退するぞ」


 スティーブの言葉で、特殊部隊も帰還の準備を開始。

 

「……動物の毛?」


 すると、イギリスの特殊部隊が床に散乱している動物の毛を発見したらしい。

 うん、どうせ魔王の毛でしょ。


「この毛は、回収して構わないのか?」

「たつたそれだけの毛なんて、使い道がないから別にいいんじゃないか?」

「どうせ魔王の体毛でしょ? もっふもふの白い毛なんて興味ないわよ」

「了解。では、これは我々が回収しておく」


 そのまま散乱している毛の回収を始めるイギリスの特殊部隊。

 だが、ゆっくりと空間が歪み始めた。

 うん、ダンジョンの崩壊が始まったみたいだね。

 ってちょっと待った!!


「アラート。ダンジョンの崩壊が始まった模様。急ぎ脱出します!!」

「どうせ、こんなこったろうと思ったよ……撤収だ」


 私はアイテムボックスから魔法の絨毯を引っ張り出すと、そこに特戦群を招く。


「急いで乗ってください。予想よりも早くダンジョンが崩壊します」

「わかった。他の国はどうするのだ?」

「スティーブたちも同じものを持っていますので大丈夫です」


 そう叫んだ時、すでに3人も他国の特殊部隊のメンバーを乗せて飛び始める。

 ここからは時間の勝負、それじゃあ全力で飛んでいきますかぁ!!


………

……


――新宿地下迷宮外

 ゴゴゴゴゴ

 激しい地鳴りが、新宿十字路付近に響きわたる。

 やがて竪穴から大量の土煙が噴き出すと、その煙の中から4つの物体が空に飛びあがる。

 魔法の絨毯による超高速飛行、それにより弥生たち総勢20名は新宿地下ダンジョンから脱出を果たす。

 そして半時ほどたった後、土煙が収まったころ。

 竪穴の底に開いていた迷宮の入り口は消滅し、ただ剥き出しの地面がそこに広がっているだけであった。

  

 この日、新宿に出現していた巨大な地下迷宮は、直径200メートル、深さ228メートルの竪穴を残して完全に消滅した。

 後日の閣議決定により、この一帯の調査が開始されるが、それはまた別の話。


――第一部・完

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