A Thousand Miles(ゴールが遠い……)

 新宿迷宮・地下一階層。


 そこは、異世界とは異なる、シャレにならない空間でした。

 私とスティーブ、ミランダ、そしてスマングルはまあ、ダンジョン攻略については慣れっこなので、特に問題はありませんでしたけれど。

 問題なのは、後方からついてくる各国の特殊部隊のみなさん。

 私たちはモンスターが出てくるとサーチ&デストロイで殲滅、そののち死体は全てアイテムボックスに回収し、先に進むという方法を使っています。

 また、自然発生型ダンジョンと人工ダンジョンの複合型の場合、ダンジョン内部に人間をおびき寄せるための餌が出現するのです。

 それが『宝箱』と呼ばれるものであり、魔素が凝縮した『魔素結晶』が、ダンジョンコアの影響により様々な物品に変化したものが収められています。


 例えば宝剣、例えば宝石貴金属、そして魔導具、すなわちマジックアイテムなどに変化したものが収められており、しかも地上では入手困難な強力なものまで入っていることがあるため、一攫千金を求めてダンジョンに突入する冒険者は後を絶ちません。

 もっとも、そういった無謀な冒険者の魂すら、ダンジョンコアにより宝物化したり魔物化するのでシャレにはなっていませんけれどね。


「……スマングル、どんな感じだ?」

「アシッド・ガスだ。今、解除する」

 

 ここは一階層最奥、ボス部屋前の空間。

 その隅っこに、定期的に湧き出る宝箱を、スマングルが鍵開け道具を使って解除している真っ最中。

 この広場には合計3か所に宝箱が湧くのですけれど、後方で待機している部隊には、残り二か所については手を出さないようにと説明してあります。

 ええ、素人は黙っていろ、開けたければ鍵開けと罠解除の専門家を連れて来いという感じですよ。


「ふぅん。この階層でいきなりデス・トラップですか。ここにいたワンころ魔王さんは、随分と念を入れていたようですわね。ねぇ、弥生ちゃん。そういえばだけど、魔王以外は、誰かいたの?」

「ふぇ? あ~、そういえば確認していなかったなぁ。まさか、あの面倒くさい四天王が全員、こっちに来ているっていうことはないよね。四天王って現地人だよね?」


 そうだ、魔王以外にも気を付けないとならない存在は確かにある。

 そいつらがまとめて、この地球に異世界転生している可能性……って、そもそも、この阿保スティーブがあんなことを願わなければ、私がここまで苦労させられることはなかったんだよなぁ。


「はぁ。スティーブ、ここの調査が終わったら、ホテルのディナーを奢ってね、罰だから」

「なんでだよ? なあ、俺って弥生に何かしたか?」


 いきなり矛先が自分に向けられて、スティーブが動揺している。

 まあ、それぐらいしても罰は当たらないとおもうよ。


「後で説明する。それよりもさ、スマングル、どんな感じなの?」

「あと少し……よし、これで最後だ!!」


――カチッ

――チュドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 スマングルがカギを開けたのと、私達の後方で大爆発が起きたのはほぼ同時。

 爆音と熱風と煙が後方から吹き込んでくる。


「七織の魔導師が誓願します。我が周囲に三織の理力の壁を生み出したまえ……我はいか略っ!!」


 簡易詠唱により、私たち四人を理力の壁て包み込む。

 その瞬間に爆熱が周囲を覆いつくし、絶叫が響き渡る。

 あちこちから小さな爆発も発生し、やがて爆熱が収まったとき。

 後方で待機していたらしい各国の特種部隊は、ほぼ半壊状態。

 あちこちに肉片とか吹き飛んだ体の破片が散らばり、中には全身が一瞬で消し炭になって倒れている死体も見えている。


「ああ、スマングル、ひょっとして罠解除を失敗したの?」

「成功した。だから、この爆熱は関係ない」

「ですよね~」


 私とスマングルが冷静に話している最中、ミランダとスティーブがまだ息のある隊員たちに向かって走り出す。


「スマングル、残った宝箱の罠の解除を頼む。弥生は横回廊を警戒、この爆音で魔物がやってくる可能性がある。ミランダ、広範囲回復術式、いけるか?」

「任せて。我が愛しき神・ゲネシスよ。我が祈りに答え、癒しの力を授けたまえ……」


 ミランダの祈りが、回廊に響く。

 すると、その場に倒れている『生きている人々』全員の身体が淡く緑色に輝く。

 それは神の奇跡の代行、傷ついた体を癒す、神の御業。


「さてと、さっきの爆熱ってさ、警戒アラートの罠も同時に作動させちゃったみたいね……。七織の魔導師が誓願します。我が手の前に二織の白雲を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力450を献上します……眠りの雲っっっっっ」


――プシュウウウウウゥゥゥゥ

 私たちのいる回廊目掛けて走って来る、牛頭の巨人ミノタウロスたち。

 その周囲に眠りの雲を生み出すと、ミノタウロスたちは次々と意識を刈り取られ、眠りの世界へと誘われていく。

そしてスティーブは、後方で生き残っているアメリカの特殊部隊に向かって、何があったのか問いかけている。


『Hey, what the hell happened, please explain!(おい、一体なにが起きたんだ、説明しろ!)』


『Ah, the special forces members of that country ignored orders and opened the treasure chest.( あ、あの国の特殊部隊の奴らが、命令を無視して宝箱を開けたんだ)』


『Sit!! No matter what country these guys come from, I would have told them never to mess with them.(どこの国の連中だ、俺は絶対に手を出すなって話をしていただろうが)』


『Well, we followed that order to the letter. However, after entering this Shinjuku dungeon, we were unable to obtain any samples. So they ignore orders(わ、我々はその命令を忠実に守っていた。だが、この新宿ダンジョンに入ってから、我々は何一つサンプルを手に入れることはできなかった。だから、あいつらは命令を無視して)』


『Damn it!! Listen, I won't touch you at all from now on, unless you want to turn into mince meat!!(糞ったれ!! いいか、今後は一切手を出すな。いいか、ミンチになりたくなかったらな!!) 』


 あ~。

 スティーブがガチギレしている。

 無理もないか。あったの世界でも、同じようなことをしでかした冒険者がいたからなぁ。

 貴族の依頼で生まれたてのダンジョンの調査にいったとき、同行していた貴族のお抱え冒険者が、同じようにデス・トラップに引っかかって、私たちも全滅しそうになったんだよなぁ。

 チラリとミランダを見女けれど、やっぱりスティーブの方を見て肩をすくめている。

 うん、私の防御魔法が間に合わなかったら、私たち達もただじゃす済まなかったろうからなぁ。


「スティーブ。とっとと先に進む? それとも一度、引き返す?」


 確か、同行していた特殊部隊は日本とアメリカ、ドイツ、中国、フランスの五か国。

 そして、今残っているのは、日本とアメリカ、フランス、中国と、ドイツの特殊部隊のうち生存者二人のみ。

 残っている各国の部隊もかなりの怪我をしていたらしく、装備はすでにボロボロだからなぁ。

 しっかし、よくさっきの爆風で日本は無事だったよね。

 とりあえずは、自国の部隊の様子も確認するために、先に回廊向こうのミノタウロスにはトドメ

真空の刃エアロスミスを叩き込んで首を切断したのち、死体は全て回収。

 そつちの方をチラッチラッと見ていた他国の特殊部隊の皆さん、すいませんねぇ。


「高千穂一佐、ご無事でしたか?」

「ああ、装備が殆どやられてしまったが、どうやら欠員はないようだ。しかし、先程の爆発は、一体なんだったのだ?」

「以前、ダンジョン講習を行った時に説明していた、宝箱の罠ですね。魔素が薄いのでそれほど強い爆発はないかと思っていたのですけれど、このダンジョン内部の魔素濃度は、どうやら私たちがいた異世界とほぼ同じ程度かと推測できます」


 淡々と、ありのままの情報を説明する。

 すると高千穂一佐も納得したらしく、今後についてどうするか、一旦状況を確認したいという。

 それつにいては他国の部隊も同じらしく、このままダンジョンアタックを続けるべきか、装備を整えるために一旦戻るのか、話し合いが始まっていた。


「……弥生、ミランダ、スティーブ。とんでもない罠が張ってあった」


 そしてスマングルが私たちを呼んでいたので、彼の元に向かうと。


――キン……キン……キン……

 罠が解除された宝箱の中。

 そこには金銀財宝の山と、そして解除された『開門術式の刻まれた宝珠』が安置されていた。


「はぁ。この宝箱を開けると、そこのボス部屋の扉が開く。あっちのは開けると警戒音が響き、回廊内の魔物を呼び寄せる……最初に解除したやつは、どんなタイプだったって、ああ、デス・トラップか」

「ふぅん。宝箱の位置的に考えると、最初が警戒音で次が開門つていうところですか。そして超危険な罠の解除に成功して油断してたところに、さらに高難易度のデス・トラップ……ふっふっふっ、あのわんこ魔王めぇぇぇぇぇ」

「まあまあ、弥生も落ち着いて。それよりも、どうやら向こうの話し合いは終わったみたいよ?」


 ミランダがこちらに向かってやってくる特殊部隊の代表たちを指さす。

 そして統括リーダーであるアメリカ特殊部隊所属の、アルバート少佐がやってくると。


「スティーブ、我々は一旦、地上に戻りたい。今のこの状態では、これ以上は作戦を続行することはできない」

「まあ、そうでしょうね……それじゃあ、ここから帰還しますか……弥生、結界をここに固定できるか?」

「ここにって、ああ、ここまでの道を全て結界でロックするっていう事ね」


 入り口からここまでの道中、すべてを最短ルートで進むための道筋。その途中途中の分岐点を全て結界で関止めて、次のアタックの時に安全を確保したいということかぁ。

 うん、不可能じゃないね。


「都度、横道を結界で塞ぐタイプなら。一週間は持続するけれど、それでいい?」

「ということだ。次のトライまでの最長待機時間は七日。それまでに部隊を再編してほしい。各国の代表にも、そう伝えてくれ」

「サー・イエッサー!!」


 スティーブに敬礼をして、その場から立ち去るアルバート少佐。

 そして私たちは第一層攻略を失敗し、地上へと引き返すこととなった。

 はぁ。

 また何か言われそうだよ。


 〇 〇 〇 〇 〇


――新宿迷宮ゲート内

 無事に各国の特殊部隊の護衛を終えて、私たちチーム・異邦人フォーリナーは新宿迷宮外に併設してある簡易宿舎に移動。

 その前に部隊長に帰還報告を行った後、次の任務があるまで新宿迷宮ゲート内での待機任務を仰せつかりました。

 

「……ということでさ、次の任務が始まるまでは、ここから外に出られないんだよね~。ほい、スマングル、こいつの血抜きが終わったから、魔石を回収して」

「わかった」

「俺の所属はアメリカ海兵隊だけれど、今回はデルタフォースとの合同作戦として送り込まれたからなぁ。まあ、そのデルタフォースでも、今回の状況報告とか、次の作戦指示があるまでは横須賀の米軍基地に移動しちまったからなぁ。ほい、スマングル、この角と爪、肉を削ぎ落してくれるか」

「うむ」

「私はほら、今は国際異邦人機関の日本支部所属になっていますので。一応は、ローマ教皇庁所属の派遣聖女としての立場もありますけれど、ある程度の自由は約束されていますからね……はいスマングルサン、この眼球を二つ、潰さないように水洗いしてね」

「ああ」


 サクサクと、ダンジョン内部で仕留めた魔物を解体。

 大きな解体は私とスティーブが、素材になる希少部位の選別はミランダが。

 そしてスマングルは最後の下処理を担当。

 ブルーシートを広げた上に並べられたテーブル、そこでもくもくと魔物の解体を続けていると、やはり気になったのか、陸自のお偉いさんたちが集まって様子を見ています。


「さて、大体おおまかな素材はこれで終わりかなぁ。あとは大物だけど、まだいけそう?」

「大物……ああ、バーベキューの準備もして欲しいが、それはどうなんだ?」

「地球じゃ、魔物食については話したことがないからなぁ。まあ、牛と思えばいいんだけれどさ」


――ドサッ

 牛頭の魔物ミノタウロスをアイテムボックスから引っ張り出すと、いそいで解体作業を開始。

 こいつは体内に大きめの魔石を保有しているほか、じつはほとんどが可食部位の塊。

 あっちの世界でも、こいつを仕留めた夜には焼き肉パーティーで盛り上がった者ですよ。

 まあ、最初の一年はそんなもの食えるかーーって、拒否していたのですけれどね。

最後の方は逆に、ミノタウロス=焼肉という構図になっていましたから。


「き、如月三曹、その牛のような化け物だが……さっき、バーベキューとか話していなかったか?」

「ええ。これ、食用に耐えうる素材ですから。肉は煮ても焼いても美味ですし、内臓も殆ど食べられます。骨はまあ、加工して武具や雑貨の素材にもできますし、表皮はなめして防具に出来ますよ」


 淡々と説明しますと、お偉いさんたちが真っ青な顔になっています。

 まあ、あっちについたばかりの私たちも、最初はそんな感じでしたから。

 気持ちはわかりますよ、うんうん。


「ほ、本気なのか……それが食べられるというのか」

「さすがに国産和牛とか、A5ランク牛肉というほどおいしくはないですよ。でも、そこそこ美味しいオージービーフっていう感じですよ?」


 その私の説明に、ミランダさんたちも同意して頷いている。


「まあ、折角ですから……」


 ザックザックとミノタウロスを解体。

 もも肉とあばら肉カルビを少々……2キロずつぐらい腑分けして、ビニールに入れて手渡します。


「うっ……ほ、本当に食べられるのか?」

「あの、ここでコンロとか用意していいですか? それならここで食べるところもお見せできますけれど。ということで、如月三曹より意見具申、焼き肉を食べたいので、この場にて炊事許可を頂きたく思います!!」


 堂々と敬礼し、お偉いさんの中に紛れてニヤニヤと笑っている近藤陸将補に進言します。


「新宿ダンジョンにて捕獲も解体した魔物の炊事を認める。ただし、必要な道具は全て自分たちで賄うこと、野外炊具1号の使用許可はだせないので、以上だ。なお、ほかに必要な材料の買い出しについては、自費にて認める」

「了解しました!!」


 よし、許可取ったぁ。

 ということで、さっそく、アイテムボックス内に保管してある『野外炊事道具』を一通り取り出して食事の準備を開始。


「ふぅん。流石に手慣れているよなぁ」

「スティーブ、そもそもだよ、このパーティで料理が出来るのは私とミランダだけなんだからね。だから、スマングルと一緒に、残った死体の処理をしておいてね!!」

「はいはい。それじゃあ始めるか」


 素材を取った後の魔物の処理。 

 基本的には『燃やす』。

 魔物は迂闊なところに埋めると、周囲の魔素の影響でアンデッド化してしまう。

 それを防ぐために燃やして灰にしてしまう。

 さすがにこの場ではそれが出来ないため、死体を袋に詰めてから、後日、ダンジョンの中にぶちまける。出来れば処理屋スライムの徘徊している辺りに。

 そんなこんなで炊事の準備も完了。


 地球に帰って来てからは、たまに焼き肉屋さんとかにも行ってたけれど。

 やっぱり外で食べる焼き肉の方が楽しくていいよね……って、私、完全に異世界に毒されていた!!

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