It’s My Life(やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)

 第二次新宿大迷宮攻略作戦が停止したまま、一週間が経過しました。


 私は週に一度、ダンジョン入り口およびそこから100メートル先の十字路の二か所に結界壁を設置する作業のため、ダンジョンを訪れています。

 大空洞を降下していると、途中の壁面にある地下鉄新宿線ホームに設置されているバリケードの隙間から、こちらをのぞこうとしている人たちの姿も見えています。

 大空洞が発見され、第一次新宿大迷宮攻略作戦が始まったときは、あちこちのバリケードからカメラを差し出して撮影していた人々や報道関係者もいましたけれど、現在は分断された地下鉄構内は次々と封鎖されてしまい、最近は作業用の隙間から覗く人がいる程度。

  

「まあ、危険であることが分かったようでなによりで……って、へ?」


 竪穴からダンジョンへと続く場所は、重力の方向が下から横に変換されています。

 それを知らない人がダンジョンに入った場合、最悪は天井部分から床に落下するのですが、今、まさにその床にうずくまっている人物を発見しました。


「空挺ハニーよりベース・ワン、ダンジョン入り口付近にて侵入したらしき民間人を発見。見学その他で侵入を許可したという報告は届いていますか?」


 すぐさま無線で大本営に連絡。

 ベース・ワンは魔導編隊が用いる市ヶ谷駐屯地、大本営のコードです。

 この呼び方をしているという時点で、通信相手が魔導編隊であることが分かるようにコードを変更しています。


『こちらベース・ワン。現在、新宿大迷宮攻略への侵入許可は如月三曹および魔導兵団以外には出ていない。可能ならば身柄を拘束してほしい』

「りょ。目視ですが怪我をしている可能性があります。医療班を入り口付近に待機させてください」

『ベース・ワンより空挺ハニーへ。魔法薬による応急手当は可能か?』

「空挺ハニーよりベース・ワン。実費を取りますよ?」 

『ベース・ワンより空挺ハニー、速やかに応急手当を願う。急ぎ降下部隊を送るので、そちらに引き渡すよう』


 はいはい。

 魔法薬だって、ただじゃないのですからね。

 そもそも一番貴重な霊薬エリクサーだって、残り10本を切っている状態なのですから。

 新しく作り直すにしても、世界樹が存在しないので無理なのです。

 まあ、ドラゴンの生き胆でも代用可能ですけれど、いくらなんでもねぇ。

 そんなことを呟きつつ、ダンジョン内部に突入。

 すぐさま魔法の箒の姿勢を90度回転して、ゆっくりと床面に着地します。


「アクティブセンサー発動……って、嘘でしょ?」


――ピピッピピッピピッピピッ

 現在地点から150メートル奥、無数の反応があります。

 ちょうど十字路に設置されている結界壁の外ということは、ゴブリンあるいはダークコボルトが出現して、結界から出ていった何かを襲撃しているのでしょう。


「鑑定っっっ……よし、大腿部と鎖骨の骨折だけ、すぐには死なないからあとまわし。トリアージ黄色というところで、最優先はあっち!!」


 たったっと魔法の箒を右手に持ち、ぶら下がるように飛行開始。

 速度を上げてターゲットエリアまで到着すると、3人の人間がゴブリンに襲撃されてフルボッコ状態。

 特に一人の男性は顔が紫色にはれ上がり、腕がつぶされているようです。

 残り二人が今にも殺されそうになっていますから、まずは救出任務第一ということで。


「七織の魔導師が誓願します。我が手の前に二織の白雲を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力450を献上します」


――シュゥゥゥゥゥ

 左手をゴブリンたちに向けてかざす。

 すると奴らの頭上に白い雲が発生し、眠りの風を注ぎ始める。

 それまで興奮していたゴブリンたちも一瞬で意識を失い、その場に武器を落としつつ跪き床に崩れるように倒れて眠りにつきました。


「ふむふむ。魔力450で瞬間熟睡しましたか。まあ、範囲が広いからこれぐらいは必要ですよねぇ……と」


 眠りの雲の影響で、倒れている3人もそのまま眠りについている。

 それなら今がチャンス、ゆっくりと床に着地してからアイテムボックスより魔法の絨毯を取り出して。


「七織の魔導師が誓願します。彼らの元に浮遊の円盤を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力200を献上します」


――フワッ

 倒れている3人の真下に、浮遊の円盤を召喚します。

 この上に乗せて絨毯の上まで移動させてから、入り口近くに倒れていた彼の元まで戻りましょう。


「さて、彼らを絨毯の上に……って、あれ? ひょっとして重いの? 嘘でしょ?」


 発動に必要な魔力は、対象1キログラム辺り1。つまり今の発動で、最大200キロまで持ちあがるはずだけれど……さらに魔力を50ほど注ぎ込んで、浮遊の円盤はようやく浮かび上がりました。

 これは持続時間はあまりないので、急いで浮かんでいる絨毯の上に乗せると、3人の鑑定を開始。

 一人は瀕死なので、魔法薬を取り出してぶっかけて応急手当完了。

 残り二人については、地上まで戻る時間程度は問題がなさそうなので、このまま入り口付近まで移動を開始。

 ちょうどチヌークが降下してきたので、要救助者の回収および手当ては仲間にお任せすることにしましょう。

 そのままラベリング降下してくる同僚たちの誘導を行うと、さっそく駆けつけた隊員に事情を説明。


「魔導編隊の如月三曹です。彼らをよろしくお願いします」

「畏まりました!」


 そのままヘリで待機している救急隊員に彼らを任せると、再び魔法の箒を取り出して回廊の中へと移動。奥のゴブリンの居た付近の結界壁を書き換えてこないと、あと半日ほどで効果時間が切れてしまい消滅してしまいます。

 

「……しっかし、予想外にいい眠りについているなぁ」


 結界壁付近のゴブリンたちの元に到着しましたが、未だゴブリンは眠りについたまま。

 

「うーん。放置しておいても害でしかないからなぁ。ということなので、悪く思わないでね……七織の魔導師が誓願します。我が手に風の刃を貸し与え給え……我はその代償に、魔力120を献上します。ウインドスラッシュ!」


 右手に魔力を集め、風の刃を作り出して眠っているゴブリンの首を一斉に斬り飛ばします。

 そののち死体は放置したまま、周辺をアクティブセンサーで走査。


「……奥に二人? え、まだ残っていたの?」


 これは失態。

 急いで箒片手に飛行を開始しますと、どうやりダンジョン内部の魔素が急激に上がっているようで。  私の魔力による捜査範囲が、急速に狭められていたのに気が付きました。

 そして曲がり角を曲がった先で、一体の大型ゴブリンが人間の上に覆いかぶさって……って、やばい!! 女性の被害者だ!! 


「七織の魔導師が願う、炎の槍っっっ」


 簡易詠唱で手の中に燃え盛る槍を生み出し、それをゴブリンの頭めがけて放ちます。

 すると槍は一瞬で頭部を貫き、地面に突き刺さりました。


――シュゥゥゥゥゥ

 そして体から、一気に魔力が抜けていきます。

 時間がないとき、長々と詠唱できない時にはこうやって簡易詠唱を使うのですが、持っていかれる魔力は通常の3倍。しかもそれは回復するのに時間がかかるため、普段は通常詠唱で押さえていたのですが。

 さすがにゴブリンの繁殖だけは阻止しないとだめ、無理。

 最悪、私が魔術詠唱している間に受胎してしまうほどの速度で増殖するので、邪妖精族ゴブリンの繁殖行為はシャレになりません。


「大丈夫ですか!」


 急いでモロ尻をむき出しにしているゴブリンの死体を蹴り飛ばし、倒れている女性を確認。

 よし、入っていない、挿入れられていない、ギリギリ先っちょだけ、セフセフ。

 こいつらに孕まされでもしたら、その時点で人生ゲームオーバーですからね。

 生まれてくる子供に腹から食い破られるか、運よく普通に出産してもその数分後には生まれたばかりの邪妖精が母親を孕ませるために襲いかかってきますからね。

 私も初めてのゴブリン討伐の時に被害者の女性を見てからは、こいつら相手には手加減は無用だっていうことを知りましたから。


「うぐっ……うっ……ううっ……」


 女性は意識が朦朧としてるようで。

 ああ、近くに匂い袋が落ちているので、これで正気を失ったのですか。

 邪妖精の媚香、通称『匂い袋』は、いかな女性も瞬く間に発情させるっていうとんでもない代物ですからね。その副作用で正気を失ったり気絶するそうなので、ほんとうにたちが悪いったらありゃしない。

 幸いなことに、私は身に付けている装飾品で『状態異常耐性』の効果を得ていますので、ダイレクトに鼻先で嗅がない限りは全く問題ありません。

 ええ、この匂い袋に対して完全耐性ができるのは男性だけですからね。


――シュンッ

 アイテムボックスから杖を取り出し、それで匂い袋をツンツンとつつきます。

 それでアイテムボックス中にしまい込んでから、女性を魔法の絨毯へ……あれ。


「あ~、魔法の絨毯は入り口に置いてきたままかぁ。仕方ないか」


 アイテムボックスから細身のロープを取り出し、彼女を箒の後ろに括りつけておきます。

 ちょっと体勢がよろしくないですが、意識もありませんしこのまま箒を浮かべて出口に向かうことにしましょう。

 とにかく急がないと、発情した女性が放つ匂いは、ゴブリンたちを引き寄せてしまいますから。


………

……


――大空洞・入り口付近

「ということで、要救助者一名、追加で確保しました。よろしくお願いします」


 助け出した女性もヘリに乗せて。

 あとは地上で待機している救急隊員にお任せします。

 そして私は魔法の絨毯を回収後、市ヶ谷駐屯地に帰還。

 帰り道にダンジョン内部の結界壁も作り直してきたので、また一週間は安全を確保することが出来ます。

 帰り道で転がっていたハンディカメラや被害者の荷物もまとめて持ってきて、待機していた自衛隊員たちに手渡してありますので、あとでしっかりと怒られてください。

 そして一連の報告書をかき上げて、事務局に無事提出。

 ようやく夕ご飯にありつけるぞと、食堂に移動。

  

「ふぉぉぉぉぉ、今日は蒸しサーモンのタルタルソースじゃないですか!!」

「お、如月三曹も帰って来たか。相変わらず、食事時間がまばらで大変だな」

「はい、でも慣れましたね……ありがとうございます」


 糧食班の方が用意してくれた夕食を堪能し、隊舎内の売店でジュースとおやつを購入。

 あとはまあ、自由時間か~ら~の消灯ですので、まったりと過ごすことが出来ますが。

 私は三曹ということ、空挺団所属ということ、そして異邦人フォーリナーということで特別待遇。

 なんと三人で使う個室を一人で使っています。

 といっても1Kの部屋なのですけれどね。

 ちなみに一人では寂しいので、普段は談話室などで他の女性隊員と交流していますけれど。


「如月三曹!! 事務局で田沢一佐が呼んでいるわよ」

「は、はいっ!!」


 突然、隊舎で呼び出しがかかりました。

 田沢一佐ということは、結界構築処理班の責任者です。

 つまり、私の仕事の上司の一人です。

 

「ははっ、また何かやらかしたの?」

「がんばってね~」


 同期の女性隊員たちはこんな感じで手を振っています。

 ぐぬぬ、この隊舎は女性曹士、つまり階級の曹と士の二つの人々が入っています。 

 そして規律としては、階級差は絶対。

 今私に手を振ってくれているのは二曹と一曹ですので頭を下げるしかありません。

 まあ、談話室を普段から使っているのは曹位の隊員ぐらいですからね。

 ということで隊舎を出て、事務局へ。

 普段なら報告書に関する質問でも、翌日付で質問とかが届くはずですが。


「如月三曹、到着しました」

「ああ、入り給え」


 速やかに部屋に入り、机の前に立ちます。

 すると田沢一佐が私の書いた報告書を机の上に出して。


「この報告書にあった、邪妖精の媚香だが、現物の回収は行ったのかな?」

「いえ、危険物と判断したので現場にて処分しました」

「そうか、いや、それでいい、助かる」

「はぁ……」


 てっきり、私が回収してきたものを提出しろとか言ってくるのかと思ったのですけれど。

 そもそもアイテムボックスから取り出すだけでも危険ですので、回収せずに破壊したことにしましたよ。あのまま置きっぱなしにしたとしても、次に出現するゴプリンが回収して使う可能性がありますからね。


「いや、この報告書を見た上層部が興味を持ったらしくてな。如月三曹が回収していたのなら、サンプルとして提出させるようにという話だったのだよ。これは、どのゴブリンも保有しているのか?」

「いえ、ゴブリン種でもリーダー格の者、つまり上位ゴブリン種が作り出すものです。そして今回の救出時には上位ゴブリンの姿は確認していません」

「つまり、まだ内部に上位種が存在しているということか。女性隊員は作戦から外す必要があるということで、間違いはないね?」


 ふむふむ。

 さすがは『仏の田沢』と呼ばれているだけのことはあります。

 短い髪が螺髪に見えるとか、眉間のほくろが白毫にみえるとか、そういう意味ではありませんよ。

 田沢一佐の八割はやさしさで出来ていますから。


「はい。可能ならば外した方が良いかと思います。スタンピードを起こした際などには、一番最初に狙われるのは女性ですので」

「如月三曹は、何か対策を行っているのか?」

「はい。魔法でちょっと色々と……」


 恥ずかしくて言えませんが、まあ、あっちの世界ではそういうことに対しての対策用魔法というのがあるのですよ、2度言いますよ、言わせないでください恥ずかしいから。


「それは失礼した。では、この件も踏まえて報告書に補足しておく。遅くに呼び出してすまなかったね」

「いえ、懸念事項を払拭するのは仕事ですので。では失礼します」


 敬礼してから隊舎へ帰還。

 そして今日の出来事はすでにニュースでも流れていました。

 某アングラ系ユーチューバー4人組が、地下鉄新宿駅構内のとある場所から新宿大迷宮に侵入。

 民間人では初の生中継を行うとかいう企画をやらかしたそうで。

 この4人組は迷惑系ユーチューバーとしても有名で、なんどもこういうことをやらかしては警察に捕まったり通報されたりを繰り返しているそうで。

 厄介なのはこのメンバーのうち二人の親がとある議員と懇意らしく、すぐに釈放されているそうですが。残念なことに事件そのもののもみ消しは出来そうもなく、堂々とニュースに流れていますよ、実名と顔写真付きで。

 犯罪には違いがありませんし、同じことをしでかす輩を牽制するためでしょうね。

 うん、ザマァです。


「はぁ……これはまた、見事にやらかしましたなぁ」

「これって如月三曹の救助した阿呆だよね? Twitterでも大炎上しているらしいわよ」

「本当ですか……まあ、私には関係ありませんけれどね。ただ、こんな馬鹿なことは二度とやって欲しくないっていうのが正直な話です」

「だよね~。いくら人気が出るからって、犯罪を起こしたり自分の命の危険を顧みないなんて馬鹿のすることだよ」

「そうそう。その都度、緊急事態で呼び出される私たちのことも、少しは考えて欲しいよね」


 まったくです。

 そんなことをするぐらいなら、もっと役立つ情報を発信すればいいのです。

 談話室でテレビを見ている一曹と二曹の愚痴については、私も同感です。

 そんなこんなで消灯時間。

 テレビを消して片づけを終え、私は自室へ戻って熟睡タイム。

 明日もまた、いつものような一日が始まるんだろうなぁ。


 はぁ、この任務が終わったら、思いっきり空を飛びたいなぁ。

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