Everything I Do(私の出番ですか)
無事に救助された、迷惑系ユーチューバーたちですが。
国が定めた侵入禁止区画に無断で侵入したことにより、彼らのYouTubeアカウントは封鎖。
しかし、彼らは新しいアカウントを修得してすぐに活動を再開しました。
もっとも、今回の中継映像がかなりショッキングだったため、以前ほどの人気は取り戻してはいないようです。今回、彼らが侵入して撮影していた映像が、大きな波紋を引き起こしてしまったのですよ。
新宿迷宮にゴブリンなどのモンスターが徘徊していることなど知らない人々にとっては、侵入した彼らが襲撃を受けたという生中継の映像はショッキングであったようで。
しかも偶然、泣き叫ぶ女性が迷宮奥地へと連れ去られていく映像まで残っていたことで、新宿迷宮そのものの存在について危険であるという意見が増え始めています。
世論は、『可能ならば新宿迷宮を破壊して欲しい』という意見と『国家でしっかりと管理し、今回のような事件が起こらないようにしてほしい』という意見に分かれていました。
また、一部の民間人からは『迷宮内部に入るための許可が欲しい』というトンデモない意見が出回り、事態は解決どころか混迷を極め始めているようですが、私は知らんですよ。
――市ヶ谷駐屯地
「へぇ。こんなことになっているのですか」
市ヶ谷駐屯地・仮設魔導編隊詰所の事務室で、私はのんびりと今回の件についての報告書を確認していました。
現在、国会でも新宿迷宮を今後どう扱うかについて熱い議論が続けられているそうで、それが決着するまでは新宿迷宮は監視体制の強化、及び入り口の結界封印ということで話はまとまっています。
ですが、どうしても迷宮資源を手に入れたいという党派と、安全のために破壊するべきであるという党派で意見が分かれているようで。
そんな中、つい数日前から『冒険者ギルドのご案内』という記事がインターネットで見かけるようになりました。
これは匿名の出資者が設立した『冒険者ギルド』という組織であり、『新宿迷宮に調査に向かい一攫千金を得よう』という触れ込みで広がりつつあるそうです。
現在の管理は防衛庁なのですが、そこに申請して民間調査団という名目で内部を調べたいということらしいのですが……そもそも、そんな危険なことは許諾がおりませんとも、ええ。
特にですよ、『空挺ハニーこと、如月三曹による魔術講習について』などという、でっちあげ記事まで見かけるようになりましたからね。
「ああ、冒険者ギルドか。なんでも一部の党派はこれを認め、民間でも調査する機会を与えるべきだって息巻いているらしいが……死にたいのかって申請は却下されているらしい。それでもあの手この手で申請をしてくるらしいから、埒が明かないって防衛省の事務次官が文句たらたらだったらしいぞ」
「なるほど……何がしたいのかわかりませんね」
魔導編隊の隊長である有働三佐が笑いながら説明してくれますが、どう考えても自殺志願者の集団にしか聞こえません。
「まあ、そうだろうなぁ。だが、冒険者ギルドの言い分では、魔術適性検査は民間でも受ける権利があるとか言い出してだね。それで防衛大臣も頭を抱えているんだよ。一度、検査を受けさせて現実を突きつけるのもありじゃないかって」
「まあ、恐らくは適性者は居ないと思います。魔術適性は生まれつきのものでして、あとから訓練して活性化できるほどやさしくはないのですよ……まあ、裏技はありますけれど、あれは危険ですからねぇ」
ええ。
私が対象者の両手に触れて、体内の魔力回路を活性化させることはできますよ。
あっちの世界でも『魔力門解放』と呼んでいる手段で、ぎりぎり魔術適性を持っている人が行うことなんですけれど。
ほら、私の場合は魔力総量が多すぎるため、迂闊に行うと……体がバーンってはじけ飛びます。
体内にある細い魔力経絡に、わたしの魔力なんて注いだらもう。
制御は出来ますけれど、だからと言って相手の魔力経絡を逐次確認しつつなんていう『面倒臭い』ことなんてしたくありませんからね。
「その裏技は、試したことはあるのかい?」
「いえ、こっちの世界ではまだですし、やりたくないですね。これは任務とかそういうレベルではなくてですね……本当に死にますよ、確実に」
「具体的には?」
「はぁ……体中に流れている直径1ミリ程度の細いゴムの管の中に、高圧洗浄機で水を一気に押し込む感じです。ゴム管が膨れて馴染むよりも先に破裂しますよね?」
この説明で納得したのか、有働三佐はうなずいている。
「まあ、このことも報告していいかな? 上層部は一刻も早く、日本人だけで正式な魔導編隊を組みたいらしいから」
「それは構いませんけれど。恐らくは実践に耐えられるほどの魔術適性を身に付ける前に、私が寿命で死ぬレベルで時間がかかりますが」
「まあ、上は報告書を出せといっているから、それに応えるだけだよ」
それならまあ、そういうことで。
私としても、今しばらくは結界維持業務と訓練だけでノンビリとしたいところですから。
………
……
…
――ガギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
一か月後の深夜。
新宿一帯に、ガラスを切り裂くような高音が響き渡る。
音の発生源は新宿三丁目付近、すなわち新宿迷宮内部。
この異様な快音の報告を受けて、急遽魔導編隊は緊急出動したのだが。
「如月三曹、この異音に心当たりはあるか?」
私たちが現場に到着した直後、定期的に響き渡るこの音について有働三佐が尋ねてきましたが。
これって、魔術結界に対して物理的攻撃を行っているときの音なんですよねぇ。
それも鋭利な刃物、もしくは爪や牙といったものでの攻撃です。
音の大きさから推測するに、ゴブリンやコボルト程度のやわな攻撃ではないことも伺い知ることが出来ますが。
「まあ、何者かが結界に対して攻撃を繰り返しているっていうところですね。それも、雑魚クラスではなく階層ボスか、そのたぐいかと推論します」
「つまり?」
「ダンジョンスタンピードが発生する予兆であります!」
ビシッと敬礼して報告する私。
この新宿迷宮が気発生してから定期的におこなっているダンジョン講習、その中でもダンジョンスタンピードについては幾度となく説明を繰り返してきました。
それが今回、発生した可能性があるということです。
「詳しい調査を頼みたいが、いけるか?」
「私単独でしたら。ただし、迷宮入り口に張り巡らせている私の結界の手前までですが」
「構わない、如月三曹に迷宮入り口の調査を命じる!」
ということで、私はすぐさま魔法の箒を取り出すと、防御魔術を発動して空挺ハニー状態になります。
そしてゆっくりと新宿空洞の上空へと移動してから降下を開始。
|光球(ライト)の魔術を発動して、周囲を確認しつつ降りていきますが……。
「……いやぁ、想定外だよこんちくょう……」
――ガギィィンガギィィィィン
迷宮入り口前、結界の向こうには真っ赤な鱗に覆われた、体長20メートル前後のドラゴンがいました。
爪で結界を引っかいたり、前腕部の肘から伸びる突起物から稲妻を発して結界を攻撃したり。
とにかくまあ、想定外ということで間違いはありません。
「空挺ハニーより仮設本部。迷宮入り口・結界付近にてスモールレッドドラゴンの存在を確認」
『こちら新宿迷宮前仮設本部。安全ならば、可能な限りの情報の収集をお願いしたい。それらを参考に、今後の対策を検討する』
「了解」
さて。
アイテムボックスからハンディカメラを取り出して。
迷宮正面に回り込んで、録画を開始。
同時に、結界の強度測定も忘れずに……と、これはやばいかもしれません。
私の施した結界強度と、スモールドラゴンの攻撃強度は互角か、ややドラゴンが上。
すでに結界の耐久性能は半減していますね。
「結界の重ね掛けは不可能だから……少し手前に結界をもう一層ほど施す必要がありますか……」
軽く確認しても、結界はあと8時間は耐えられる。
逆に考えると、あと8時間でスモールレッドドラゴンは野に放たれる。
それまでには結論は出るだろうということで、10分ほど撮影を行った後、一旦は新宿迷宮仮設本部へと帰還。
待機していた有働三佐にカメラを手渡すと、その場で口頭での報告を行います。
それはもう、事細かにレッドドラゴンの凶暴性など全て。
「……如月三曹の施す結界だと、大体どれぐらいの時間は耐えられる?」
「一度の結界術式で12時間。強度を上げることは可能ですが、その場合は私の魔力の回復が追い付かなくなります」
まあ、完全防御結界に切り替えても、効果時間は12時間と変化なし。
それでも連続使用を続けていると、私の体内魔力量が枯渇し、やがて結界を施すことが出来なくなりますが。
「了解。如月三曹は、別命あるまで指定の場所にて待機しているように」
「はっ!!」
そのまま82式指揮通信車と併設している仮設本部を後にして、私は待機用に設置されたテントに向かいます。
ここで待機しつつ、魔力の流れをゆっくりと確認。
ダンジョンスタンビートの発生した理由について、もう少し突っ込んだ調査をしたいところですから。
「七織の魔導師が誓願します。我が右目に仮初めの身体を与え給え……我はその代償に、魔力360を献上します。マジック・アイ発動」
――ヒュゥゥゥッ
私が詠唱を行った直後。目の前にピンポン玉大の眼球が浮かび上がります。
これは魔術によって作られた眼であり、この眼が見た映像は私の右目に連動しているため、離れた場所でも映像として見ることが出来ます。
まあ、カメラ搭載のドローンのようなものと考えてください。
「それじゃあ……」
ゆっくりとマジックアイを操り、新宿空洞を降下し結界の手前まで移動。
私のマジックアイは、結界と同じ魔力波長で形成されているため透過して迷宮内部へと飛んでいくことが可能です。
そのままドラゴンに気付かれないようにこっそりと、壁際ギリギリを通り抜けて迷宮の中へ。
床面に残っているドラゴンの足跡を頼りに奥へと進んでいきます。
そして20分ほど進んだ場所、少し開けた大ホールのような空間に到着したとき、私は目を疑ってしまいました。
「……え?」
直径20メートルの巨大な魔法陣。
そしてその近くに立つ、二足歩行のサモエド。
サモエド型の獣人ではなく、二本足で立っているサモエドですよ。
しかも器用に魔術師の杖を片手に持ち、なにやら独り言をつぶやいているようですが。
「音は聞こえないけれど、口の動きで……ってサモエドの口の動きなんて知りませんってば!!」
そう一人乗り突っ込みをしてから、こっそりと仮称・サモエドさんを監視します。
同時に魔法陣の構造を確認しましたが、今回はダンジョンスタンピードではなくドラゴン単独の強制召喚であることが確認できましたが。
「この術式の座標位置……多分、このダンジョンの下層から強制召喚したと思うけれどなぁ……」
ウィザード・アイでは詳しい座標位置など測量できません。
ただ、刻まれている立体座標と私がいるテントの座標を比較すると、恐らくはそういうことだろうという推測は立てることが出来ます。
そしてサモエドが再び杖を奮うと、魔法陣から術式が浮かび上がり高速で回転を開始。
やがて光が収まると、魔法陣の中には黒いドラゴンが横たわっています。
「……ドラゴンサモナー? そうでないと、単独でいくつものドラゴンを召喚することなんてできないけれど……私が知っているドラゴンサモナーって、魔王しか存在しないんだけれどなぁ」
ええ、私たちが向こうの世界で討伐した魔王。
彼は魔族の頂点であり暗黒魔術と召喚魔術を自在に操ることが出来たそうです。
実際、最終決戦では彼が召喚した無数のドラゴンに苦戦を強いられましたから。
――パチクリッ
そして一瞬、ええほんの一瞬だけ。
サモエドさんと魔王の姿が重なりましたが。
「え……ええっと……いやいや、魔王は私たちが討伐しましたから、私たちの世界に来るなんて言うことは……って、まさかとは思うけれど、魔王が異世界転生したっていうの? それもサモエドの姿に?」
これはあくまでも仮説。
そして私の目の前では、三体目のドラゴンを召喚しようとして失敗、膝から崩れるように床に倒れると、腹天状態でゼイゼイと息を切らしています。
うん、魔力枯渇現象だよなぁ。
「でも、もしもあれが魔王だとすると……かなりやばくて危険だし、そもそもドラゴンが一体、追加されましたからねぇ……ドラゴン二頭で結界を攻撃されようものなら……」
――ゴクッ
おそらくは、二、三撃で結界は破壊されるでしょうから。
「ほ、報告だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
急いで仮設本部に向かい、事の次第を説明しなくてはなりません。
それも早急に、可及的かつ速やかに。
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