Surfrider Association(泳げる人の気が知れない)

 北部方面隊総監部。


 私の昼休みは、北部方面総監である畠山陸将からの呼び出しによって終わりました。ということで、急ぎ総監部へ出頭し、そのまま受付からストレートに北部方面総監室へ向かいます。

 

「失礼します。如月弥生三曹、入ります!」

「ご苦労」


 ちょっと豪華な椅子に座り、書類を片手に軽く挨拶を返すと、畠山陸将は、机の上で指を組み、にっこりと一言。


「如月三曹、海の魔物を退治した経験は?」

「異世界アルムフレイアでは、オードリーウェスト王国保有の港湾施設を襲ったシーサーペントの上位種、グランドサーペントの討伐を一度。その他、クラーケンの群れの殲滅などを経験していますが、レジェンド種については、交渉のち撤退を頼んだことしかありません」


 事実のみを淡々と説明しますと、畠山陸将は少し考えたのち。


「では、陽光丸および海上自衛隊所属の救難飛行艇を破壊、鹵獲した化け物についての対処は可能かね?」

「現状では、未知の生命体ゆえに迅速かつ速やかな排除は不可能と具申します。私はこの地球に、あのような未知の生命体が存在するなど初めて知りましたので、出来るならば海洋生物の権威である方々の助言を仰ぎつつ、海上自衛隊の管轄下において排除するのが良いかとも具申します」

「ふぅむ……」


 顎に手を当てて、畠山陸将が考える。

 先ほどのニュース、そしてそれから今まで僅か30分。

 そんな短時間で、海上自衛隊からの救難要請が私に届くということはない筈。ということは、畠山陸将が独自に判断し、私に意見を求めているといっても過言ではない。

 それにしても、新宿地下迷宮といい、海の魔物といい。

 どうして地球は、こんなに危ない星になってしまったのでしょうかね……。

 やっぱり、『スティーブと奇跡の宝珠』の影響なんだろうな。

 はぁ、叙々苑を一度奢らせた程度じゃ足りませんよ。


「では、魔法により、あの魔物を解析することは可能かね?」

「はい。私の持つ魔法には、『鑑定眼』という対象を事細かに調べる魔法があります。それを用いることで、私は対象物の詳細データを事細かく知ることが出来ますが。これには欠点があり、対象物と私の距離およびその鑑定難易度により消耗する魔力が大きく変化していきます」

「つまり、あの魔物に接触する必要があると?」

「はい。接触することが出来れば、あとは魔物の持つ抵抗力との勝負です。ちなみに私は、神およびその眷属以外でしたら、触れることでそのものの能力や固有スキルだけでなく、過去の経歴や犯罪歴に至るまで、事細かく知ることが出来ます……」


 ちなみにですが、触れることで対象の詳細データを読み取ることは可能ですけれど、残念なことに読み取り情報が多いほど時間が必要になってきます。それゆえ、寝ている対象などに寄り添い、読み取るという方法が最も早いです。


「そうか……いや、先ほどだが、内閣府異邦人フォーリナー対策委員会から、あの魔物を鹵獲可能かどうか、如月三曹に問い合わせて欲しいという連絡が届いてな。新宿地下迷宮での魔物の素材についての配分が少なく、研究に必要な量が足りないという連絡があったらしい。それで、あの魔物を鹵獲し、研究素材として提供可能かということだが」

「海の魔物って、実は意外と素材部位が少ないのです。むしろ可食部が多く、それ以外だと薬の素材とか鎧の部品程度にしか使えません。あとは……あの魔物の大きさですと、恐らくは保有魔石はかなり大きく、希少価値が高いともいえます。私が欲しいです、討伐任務の際は、魔石は私にください」


 おっとっと、思わず本音が出てしまいました。

 すると畠山陸将が苦笑しています。


「その魔石を、対策委員会は欲しているらしい。どうやらアメリカ合衆国が国際異邦人機関に提出した書類によると、魔石とダンジョンコアというのは、いかなる素材も生み出す奇跡の触媒という話ではないか。それが、新宿地下迷宮攻略の際には、サンプルが一つも得られていない……それで対策委員会も怒り心頭状態であるらしい」

「はい。それについては語弊があります。というか、恐らくアメリカからの提出ということは、あの阿呆スティーブの話をまとめたものと思われます……そうですね。この場で魔法を使う許可を頂けますか?」


 はぁ。

 スティーブの話をまとめたということは、あいつは『弥生なら、魔石からどんな素材も生み出せるぞ』とでも話したのでしょうね。それが尾びれをつけたりして大きくなったのでしょう。

 次に共同討伐依頼があったら、彼の配分を減らしましょうそうしましょう。


「かまわん。許可を求めるということは危険性があるという事だね?」

「いえ、回復魔術以外の魔法の行使は、許可をもらった方がよいと小笠原一尉から説明されたものでして。では、まずは魔石を用意します」


 アイテムボックスから、親指大の魔石を取り出します。

 それを陸将の机の上において、私は静かに詠唱を開始します。


「このサイズなら……250ってところですか。七織の魔導師が、七織すべての理をもって誓願します。我が前に存在するマテリアルの、真の姿を取り戻したまえ……我はその代償に、魔力250を献上します……組成変異バリエーション……」


 両手を翳すように魔法を唱えると。

 机の上に置いてあった魔石が振動し、やがて透き通った液状に変化すると、一瞬でその姿も色も変化していきます。

 黒い魔石が、白銀色の金属へ。

 

「ありゃ、続いて七織の魔導師が誓願します。我が目に五織の魔力を与えたまえ……我はその代償に、魔力15を献上します……鑑定眼アナライズっ」


 組成変異させた対象は、まず鑑定すること。

 それは私の異世界での、魔術の師匠から教わった言葉。

 

『ピッ……地球型元素番号78、白金族元素。重量18.2グラム』


「これは、先ほどの魔石を私の魔法により組成変異させることで生まれた物質です。白金族元素78番、重さ18.2グラム。つまり、プラチナです。専門家に問い合わせて頂いても構いません」


 ふむふむ。

 今のプラチナの買取単価って、どれぐらいの値段なのでしょうかね。

 まあ、これはサンプルとしてお渡ししておきますか。


「確認させて貰って、かまわないかね?」

「こちらはサンプルとして提出します。スティーブから届けられた報告書では、私がこのように錬金術の素材を好き勝手に作っているのを見ていたからでしょうけれど、実際には、なんでもかんでも作れるというものではありません。まあ、ある程度は私の意思によって都合よく作り替えることはできますけれど……」

「全く、魔法というものはなんでも起こせる万能の御業というところか」

「ええ、実に不便極まりないとしか、いいようがありません」

「不便……なのかね?」

「はい、とっても不便です」


 魔法があればなんでもできるだなんて、とんでもない。

 そんなことができるのなら、私は第一空挺団所属になど所属せず、日本政府上層部全ての意識を塗り替えて勝手気ままに空を飛ぶことができましたよ。

 人心掌握、意識の刷り込みなどなど、できないことの方が多いのですからね。


「それは認識の違いとして理解しておく。しかし、この事実を知ると、異邦人フォーリナー対策委員会が黙っていないだろうな」

「そうですね。魔石の純度、強度、含有魔力量により作れるものの質は変化します。例えば、先ほどの魔石は、新宿地下迷宮に出没していた受肉した邪妖精ゴブリン種の体内から抽出したものです。つまり、ダンジョンがあれば、そして私の用いた魔術が使えるのならば、一攫千金は夢でもありません」


 この際なので、淡々と説明します。

 

「ちなみにですが、ダンジョンコアを制御できれば、誰でも同じことが出来ます。ゆえに国や領地の支配者、冒険者などはダンジョンコアを制するもの、つまりダンジョンマスターになろうとするのです。一国に一つでもダンジョンがあるならば、それを制御できるならば、その国は資源枯渇が起きることなく、豊かな国となります。ゆえに、3つのダンジョンを有していたオードリーウェスト王国は、常に近隣国家からの侵略におびえていましたから」


 これは以前、ダンジョン講習の際にも説明したこと。

 もっとも、あの場にいたのは自衛官と一部の官僚のみでしたので、それほど大きな問題にならなかったのでしょう。

 注意点についても一通り説明していましたから。


「……その事実を対策委員会が知っていたなら、新宿地下迷宮の破壊という結論には届かなかったのだろうな。いや、そもそもそれを制することができる人間がいないということだったな」

「はい、私以外は。私はオードリーウェスト王国では、二つのダンジョンのダンジョンマスターを兼任していましたので」

「そ、そうなのか?」

「はい。これについては委員会にも報告していません。色々と制約が課せられるものですから」


 ぶっちゃけると、正体がばれると命が狙われるのですよ。

 私がダンジョンマスターだったときも、私を殺して『契約の宝珠』を奪おうとした輩はごまんといましたからね。

 

「そうか……話を戻すと、あの海の魔物を討伐した場合の魔石、それを使えばどのようなことができると思うかね?」

「実際につかって見ないと判りませんが。海属性の魔物の魔石コアということは、水産資源、海洋資源、液体資源といったものを生み出す魔導具程度なら作れそうですが……レアアース、メタンハイドレード結晶体といったものを半永久的に作り出せると思いますが」

「なっ……そ、そうか……」


 一瞬、畠山陸将が立ちあがって驚愕しています。

 まあ、今の日本の資源状況を鑑みるに、これほど簡単に天然資源を生み出すものが手に入るとは思っていませんでしょうから。

 

「ということですので、海の魔物については、調査をしてみないと判らない事、その結果として私に討伐要請が来た場合、先日の新宿地下迷宮の時と同じく魔物の素材は私が引き取りますということも、考慮して頂けると幸いです……と、具申します」

「人命のかかっている状況で、そのような意見が通るとでも……と、委員会はいうだろうが。確かに命を賭けるという点では、その代償も必要ということか」

「今回は、スティーブやスマングルといった、異邦人フォーリナーの援助はないと思ってください。あの二人は泳げませんので、海や河川での依頼はすべて、私とヨハンナさんの二人でおこなっていましたから」


 そう。

 あの二人の勇者はカナヅチなのである。

 加えてヨハンナさんはバチカン市国に出向中。どう考えても戻ってこれない。


「わかった、貴重な意見をありがとう。別命があるまで、通常任務に戻るよう」

「はっ、失礼します!!」


 ようやく畠山陸将との話し合いも完了。

 あとは異邦人フォーリナー対策委員会が、どう判断するのかというところでしょう。

 ああ、それにしてもさっきのプラチナ、もったいなかったなぁ。

 たまたま濃度と純度が高かったんだろうなぁ。

 私が試した奴は、すべてアルミニウム単結晶体、つまりアルミのインゴットに変化したからなぁ。

  

 そして、この翌日早朝。

 私は海上自衛隊の派遣要請を受けて、ひうち型多用途支援艦に乗船。

 陽光丸および救難飛行艇の事故現場に向かい、魔物の調査および生存者の捜索活動を命じられました。

 なお、第一任務が人命救助であり、正体不明の海洋型生物については、可能ならば排除するようにということでしたので。

 私は人命救助に専念し、海の魔物は解析後、日本近海付近に近寄らせないように魔法を行使させていただきます。

 私の素材にならないのなら、倒す必要なし。

 どこかの国の軍隊にでもお任せしますよ。

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