Upwhere we belong(飛び火しませんように)

 沖縄県での演習も無事に終了。

  

 まあ、無事ということで手を打つことにします。

 そのあとは報告をかねて習志野駐屯地へと移動、魔導編隊隊長である私が報告書を作成し、近藤陸将の元へと直接提出です。


「……以上、沖縄県にて行われた三か国合同演習の報告を終わります。なお、イギリス特殊部隊の間につきましては、そちらに記されている通りの事ですので、今後の対応については防衛省及び日本国政府に一任します。ぶっちゃけます、面倒くさいので関与したくありません」


 淡々と報告を行なっている最中。

 例のイギリス魔導編隊についての報告及び私見を説明したあたりから、近藤陸将が頭を抱え始めましたが……兎にも角にも報告は終了。

 すると、ようやく自身の心に折り合いをつけたのか、近藤陸将が複雑な表情で私を見ています。


「この報告書に添付されている『人造魔導師』についてだが。これは可能なのか?」


 人造魔導師計画。

 これは魔法適性を持たない人や魔法使いとして伸び悩んでしまった人を救済する……という名目で行われた人体実験。魔族の中でも、特にいかれている錬金術師ヤンという男が行った計画であり、魔王信奉者が集まった秘密結社が行っていた非人道的な計画です。

 魔石の中でも特に純度が高い魔導結晶体というのを術的処理した疑似魔導器官を心臓の横に埋め込み、さらに体組織、この場合は皮下にミスリル鋼により人工魔力回路を埋め込み、潜在魔力を強制的に上昇させるという禁断の計画です。

 私たち召喚勇者は幾度となく、錬金術師ヤンと戦ってきましたけれど、この計画ほど気分の悪い計画はありませんでした。

 

 その中でも特に記憶に残っているのが、カンターレ領という辺境の領地一つが、錬金術師ヤンの実験場とされていたという事件。

 領主は殺され、不死王によって傀儡とされてしまい……その領主の命じるままに、騎士団は領内の人々をとらえてはヤンの実験体として改造されていたという事件です。

 それほど大きな領地ではないものの、領都人口9800人の八割が人造魔導師とされていたり、魔物と整体融合されていたり……。

 わかりますか!

 意識を持っているまま、それでいて魔物の本能に抗えずひたすらに殺戮を繰り返していた人々の気持ちが。ある日突然覚醒し、目の前で震えている子供の首筋に牙を立てて、泣きながら血を啜る親の気持ちが。

 そんな人たちが徘徊する死の町。

 すでに元の人間に戻すことができなかった彼らが、涙を流しながら叫んでいたのですよ!


 殺してくれ……と。


 そんな光景を遠くからほくそ笑んでいたあの基地外錬金術師を、私は絶対に許すわけにはいきません。そして、この報告書にも記してありますが、イギリス魔導兵団は人造魔導師計画に手を染めた可能性が高いのです。

 ゴーヴァン・ドローヴァ少尉から感じた魔力が、件の錬金術師ヤンと同じであったことも、今回の報告書を記すための決定的な証拠でしたから。


「はい。可能です。私の知っている異世界の錬金術師ヤン・あいつなら、可能でしょう。事実、奴の魔力とほぼ同タイプの魔力波長を検知しています……」

「そうか。如月三曹に問いたい。その技法を用いて、日本でも人造魔導師を作ることは可能か?」

「可能です……奴の知識ならば、不可能ではないでしょう。ただし、適性者でない限りは、大抵は自我の崩壊、肉体の損傷……狂化現象などが発生するかもしれません。有機物と無機物を融合するのです、それも分子レベルで。大抵は拒絶反応により死亡、運よく耐えられたとしても神経障害や記憶・感覚の麻痺、道徳観の欠如といった現象も起きると具申しておきます」


 その私の言葉に頷く近藤陸将。


「報告は義務なので行うとして。今現在、世界で唯一魔導師が存在している日本が、他国の魔法という点で後れを取ってしまった。これについては、恐らくは異邦人対策委員会も黙っていないだろう。そのうえで、日本政府としては、どのように対処するのが適切だとおもうかね?」


 これは、魔導師である私への問いかけ。

 もしもイギリスが魔族と手を組み、人造魔導師を量産したとするなら。

 それはすなわち、イギリスという国を魔族が橋頭保として利用しようと画策しているという事。

 あっちの世界では、魔族は自分たちの帝国を保有し、周辺諸国に対して侵略戦争を繰り返していた。    

 だが、この世界では基盤となる国家も領土も持っていない。

 そんな奴らが望むのは、まずは基盤となる国家を得る事。

 

 おそらくだけれど、日本の新宿に地下迷宮を構築したのも、日本を魔族の住む国家とする基盤とするため。

 だって、新宿十字路に迷宮が出来て、そこがスタンピードを起こした瞬間、東京は全滅しますからね。そののち悠々と東京を支配したのち、次は日本国の魔族の国家とし、迷宮から大量の魔物を召喚する……今となっては、その計画が水泡に帰して仕舞ったので、イギリスに手を出したのでしょう。

 島国て、小さい領土でありつつも影響力がある国、そう考えると、今回のイギリス魔導編隊を作戦に組み込んだ意味が解りません。

 そんなのこっそりと量産してから、周辺に対して侵略を始めればいいはずなのに。


「日本政府がどこまで信用してくれるかどうかはわかりませんが、イギリスが魔族に支配される可能性も否定できません。ゆえに再利用なのは、国連を通じてイギリスの魔導編隊に魔法を教えたものについての情報開示……でも、そんなのは無理でしょうから、静観するしかありませんね」

「それ以外はないのか」

「はい。内政干渉ということで突っぱねられるのが落ちでしょう。そして、ある程度の駒が揃ってから、イギリスはこう言いだすかもしれませんね。『我が国は、魔法使いを大量に生み出すことが出来ます』と。そうなったら、そのノウハウを欲する諸外国がコンタクトを取って来るでしょう」


 そして魔法を教えると同時に洗脳処理を行い、諸外国も内部から食い散らす。

 魔族がよく使う手ですよ。

 そんな悪手に日本が乗るはずが……乗りそうですね。

 

「そして日本も、いつまでも国産魔導師が育たないことに腹を立てて、打診行う……か」

「はい。異世界の恩恵だの、国産魔導師だのと夢ばっかり見ている日本国政府はそこまで考えるのではないかと思います。事実、ナイジェリアの自然公園迷宮についても、そこから算出される資源についての打診は行ったはずですよね?」

「それについては、外務省からも連絡は受けている。もっとも、現在は自国流通が主であり、他国に輸出する気はないと」

 

 迷宮の国家管理もナイジェリアが成功し。

 国産魔導師の育成についてもイギリスに後れを取ってしまった日本。


 そりゃあ、政府も焦りますよねぇ。


「まあ、こればかりは、私ではどうにもできません。ただし、この件は私から各国の異邦人に報告は行いますが、多分動ける者はいないかと思います、皆、国家という枷によって行動に制限が付いていますので」


 これが異世界だったら、『国家の壁、知らない知らない魔王は敵で殲滅対象、助太刀しますけどいいですね? 答えは聞いていませんいざ吶喊とっかん!!』っていけるのですけれどねぇ。

 それが出来ないからこそ、私も指をくわえて見ている事しかできません。

 あとはまあ、これら一連の報告書を見て日本政府がどう判断するかというところですか。


 動きそうもないような気がしますけれどねぇ。

 まあ、今後のことについては、北の大地でノンビリと報告を待っていることにしましょう。

 はぁ。

 異世界よりも面倒くさいですね、現代世界っていうのは。


 

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