Tomorrow Never Dies(魔法使いがいるとは聞いていませんが)

 呆然自失とは、今、まさにこの瞬間の事かもしれません。


 対イギリス特殊部隊戦で、私は拠点基地エリアで魔法による索敵の真っ最中。

 そこで発見したイギリス特殊部隊の一人が、私の放ったマジックアイを魔法で破壊しましたよ、ええ。

 しっかりと詠唱文も確認しましたし、あの指の動かし方はまさしくあの世界の魔法体系で間違いはありません。


「う~ん、これは予想外ですけれど。まさかイギリスが日本よりも早く、魔法使いを育成していたとは予想外ですねぇ……あの魔法体系は元素魔術・炎系ですか。戒めの炎……ねぇ。確か三織の魔法使い程度では制御が難しい魔法ですから、少なくともさっきの彼はそれ以上の魔法適性を持っていることになりますか……しかし」


 問題は、『誰』が『彼』に『それ』を教えたのか。

 元素魔法でもなんでも、とにかくそれを学ぶためには教本、スクロール、魔導書のいずれかが必要。

 

「さっきの彼は発動媒体を手にしていない。つまり完全な無詠唱。それで三織の魔法を行使する……消費魔力強度は1200。無詠唱だから倍消費していると考えると、彼の放つ戒めの炎の魔力強度は600……うん、阿呆ですね」


 本来の三織の魔法使いが使える魔力帯は、強度3000まで。

 そして元素魔法はどのような魔法にせよ。最低でも100は必要。

 そして戒めの炎に必要な強度は2400、つまり彼はあり得ない魔法を、ありえない魔力で発動していたことになります。

 

「うーん。映像化したいけれど、今は作戦中だからなぁ。まあ、最低でも魔法対策だけはしておきますか」


――シュンツ

 アイテムボックスから魔導書を取り出すと、それを目の前に浮かべます。


「七織の魔導師が誓願します。我が手の前に六織の闇を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力12000を献上します……魔力吸収体マナアブソリュート


――ブゥン

 私の頭上に、漆黒の球体が浮かび上がります。

 これは、私に向けられた魔法を吸収するというとんでもない魔導生命体です。

 正式名称は『クオックス』、あっちの世界の言葉で『暴食』という意味を持っています。

 これを生み出して使役するのが、魔力吸収体マナアブソリュートです。

 ちなみにこれを発動し維持するためにも、私の魔力が削られていきますけれど。

 

「まあ、自然回復量でどうとでもなりますからねぇ……と、さて、お仕事を続けますか」


 そのまま魔導モニターを睨みつけて、現在の状況を確認。

 第一空挺団も英国特殊部隊も一進一退の攻防戦。

 運悪く接敵した隊員たちのなかには、死亡判定を受けて『死体です』と書かれた布を体に巻き付けてその場で待機。

 ええ、この演習が終わるまでは、彼は死体なのです。

 

「現時点で、死体はイギリス4、日本5……ふむふむ。うちの部隊については、接敵からの近接格闘でアウトですか。イギリスはスナイプで仕留めていると。はて、魔法使いの反応がないというのは、これは凄いですねぇ……と」


――シュンッ

 私が魔導モニターで監視している最中、いきなり燃え盛る炎の矢が飛来してきました。

 ですが、それは私の近くまで飛んでくると、一瞬で蒸発し、クオックスによって吸収されていきます。


「魔法使いは魔法使いで仕留める……うん、今回の作戦では、私は戦闘系魔法の使用を禁じられていましたので、詳しい話については、のちほど報告させていただきますか」


 現在、拠点にて待機している空挺団は6名。

 私以外では5名で全て私と同等か上官。


「古畑二尉に進言です。敵イギリス特殊部隊にて、魔法使いの反応を確認。つい今しがた、私はその魔法によって狙撃されそうになりましたけれど、どうにか迎撃は成功しました。指示をお願いします」

「イギリスに魔法使いだと? そのような報告は受けていないが」

「はい。新たに立ち上げられた特殊部隊ということですので、恐らくはSASの精鋭と魔法使いを組み合わせた、うちのような部隊かと思われます」


 淡々と、ありのままに説明をします。

 まあ、私以外の魔法使いが地球に存在するという事自体、信じたくはないのでしょうけれど。

 私だって、この眼で見るまでは信じたくはありませんでしたよ。

 

「今の如月三曹の報告が全て事実だとしたら、誰かがイギリスで魔法使いとしての訓練を行っているという事か」

「もしくは、私たち4人以外の異邦人フォーリナーの存在か……あ」


 そうそう、大切なことを忘れていました。

 あの魔王軍四天王で、魔法に長けている存在のことを。

 ナイジェリアで邂逅したリビングテイラー、彼が密にイギリス軍に魔法を与えていた可能性がありますね。


「どうした?」

「いえ、私たち以外でこの地球に出現した存在、つまり魔王かその配下が、彼らの魔法を齎した可能性があります」

「ふむ。その場合の、我々の対処方法は?」

「そもそも、今回の模擬演習での魔法の使用については、バックアップのみと規定されています。それはイギリスにしても条件は同じ。さっきの魔法による狙撃については大目に見ますけれど、おそらくはこのあとは、彼らも魔法使いによるバックアップを行うかと推測されますが」


 さあ、古畑二尉、御判断を。


「なるほど。英国の魔法使いについてはこの演習後に報告書を提出。現状はバックアップのみを行う事、以上だ」

「了解です」


 さあ、楽しくなってきましたよ。


………

……


――翌日、16時

 最初の狙撃からすでに一日が経過。

 私は不眠のまま、戦闘聖域を維持しつつ隊員たちに指示を飛ばしていました。 

 幸いなことに、今朝方になって敵特殊部隊の隊列にほころびのようなものが発生し、その隙を突いて第一空挺団が敵拠点を包囲。

 そのさなか、敵魔法使いが戒めの矢を発動して空挺団の隊員二人が負傷扱いとなり後方へ撤退。 

 ですが、戦闘魔法を使用したことにより、イギリス軍はペナルティが発生。

 まさかの攻撃魔法を受けて戦意を失いかかった第一空挺団ですが、このペナルティによりイギリス軍は4名の兵士が死亡扱いで戦線離脱。

 

 状況はこの時点で確定しました。

 ペナルティにより敵魔法使いも退場となった時点で、イギリス軍の勝利はほぼ消滅。

 ゆっくりと、そして着実に包囲を狭めていった第一空挺団により、拠点は制圧されました。


『演習終了……陸上自衛隊の勝利っっっっっ』


 近藤陸将の叫びが各所に設置されているスピーカーより響きます。

 そして私たちはようやく、この長く厳しい演習から解放されることとなりました。

 そうなると、あとは分かりますね、 3か国合同演習後の交流会、妻の飲み会ですよ、お酒は出ませんけれど。

 ということで、キャンプ・ゴンサルベスにあるジャングル戦闘訓練センター外でのバーベキューパーティーですよ。

 堅苦しい上官の挨拶のあとは、各部隊ごとにバーベキュータイムです。

 

「それにしても、あの魔法使いは一体なにものなのやら」

「はっはっはっ。如月三曹の見間違いでないことは確かだな、俺は頭部に一撃貰って死体だったからさ」

「あの、久我島三曹はかなり早く死んでいませんでしたか?」

「そういうこともある……と、ほら、イギリス軍のお出ましだぞ」


 そう久我島三曹が告げながら指さした先。そこには、こちらに向かって歩いてくるイギリス軍の3名の士官の姿がありました。


『初めまして、ルテナン・キサラギ。私はイギリス魔導編隊所属の、ヘンリー・オブライエン少佐だ。本日の演習、お疲れ様』

「こちらこそ、お疲れ様でした。ちなみにですが、やはりイギリスにも魔法編隊が開設されたのですか」

『つい最近だがね。本日は、彼らのお披露目も兼ねて、この合同演習に参加させてもらった。彼が我が国の魔導編隊のエース、ゴーヴァン・ドローヴァだ』


 その紹介ののち、ヘンリー少佐の後ろで控えていた若い兵士が前に出てきました。

 うん、この体躯で口元の形状から察するに、私のマジックアイを破壊した魔導師に間違いはありませんね。


『初めまして、ルテナン・キサラギ。ゴーヴァン・ドローヴァです。階級は魔導少尉、英国所属の三織の魔法使いです』

「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。如月弥生三曹です。七織の魔導師です」

『同じ魔法使いとして、今後もよろしくお願いします』

「こちらこそ。ちなみにつかぬ事をお尋ねしますが、三織の魔法使という事は、どなたか師事した方がいらっしゃるという事ですよね? その方も、私たちがいた異世界からこちらに来たのですか?」


 これはちょっとした誘導。

 三織の魔法使いを名乗るという事は、彼に魔法を師事した存在がいるという事。

 そうでなくては、『三織』という称号を冠に使うことは許されていない。

 だけど。


『いえ、私はある意味、独学なのですよ。偶然ですが、ルテナン・キサラギの世界の魔法体系についてしるされた碑文を手に入れることが出来ましたので、そこから魔法を解析し、身に付けることが出来たのです』

「なるほど、そうでしたか……」


 そうにっこりと愛想笑いをしつつ、無詠唱で魔法を唱えます。

 発動するものは『魔力感知』と『対人鑑識』の二つ。

 これにより、ゴーヴァン少尉の魔法適性を知り、彼の持つ魔法について調べることが出来ます。


『では、私たちはこれで失礼する……次に会うときまでには、もっと強い魔法を使えるように研鑽しますので』

「はい、頑張ってください……」


 さて、と。

 ちょっと厄介な状況になってきましたか。

 彼の纏っている魔力の質は、『人間型』ではなく『魔族型』。

 そして彼についての対人鑑識の結果は、『種族・人造魔族』。

 彼の心臓あたりからは、高濃度の魔素結晶反応が出ていました。


「ふぅ……イギリスがとんでもないものに手を出しているぞ……と。詳しい報告については畠山陸将か近藤陸将に丸投げにして、今日はのんびりとさせてもらいましょっと。あ~、焼き肉が美味しいけれど、タレが甘すぎる。やっばり焼き肉のタレはベルかソラチですよねぇ……」


 そんなことを呟きつつバーベキューを堪能……できる訳ないでしょうが!

 最悪のケースは、イギリスが魔族と手を組んだことになるのですからね。

 はぁ胃が痛い案件ですよ、まったく。

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