Tonight’s The Night(嘘と言ってくださいよ)

 イングランドのエセックス州、コルチェスターで発生したバイオテロ。

 

 その報告を聞いてから、私は北部方面隊に帰還し待機任務に就こうと思っていたのですけれど。

 そもそも今回のケースは外国の、それもイギリスで発生した事件であり、日本の自衛隊がしゃしゃり出てよいものではありませんよね。

 ということで、同じような事件が発生した国内で発生したときのことを考えて、第一空挺団はいつでも行動可能なように習志野駐屯地で待機だそうで、北部方面隊に戻れなくなってしまいましたよ。


 そして、それならばというか、このタイミングでナイジェリアに派遣されていた魔導編隊は近藤陸将補の元に召集され、賞詞を受けることになったそうで。

 ん~、賞詞ですか。

 私は以前、新宿大空洞戦において第3級賞詞を授与し、4号防衛記念章を授かりました。

 制服の左胸についている黄色、赤、黒の三色の記念章がそうです。

 ここに新たに、第4級賞詞を授与し、第44号防衛記念章が追加されました。

 ちなみに第44号は【国際貢献】、つまりPKFとしてナイジェリアにおける迷宮活性化及び魔物の討伐任務を行ったことにより授かったという事です。


 なお、防衛省からは、とっとと一尉まで昇級しろと仰せつかっておりますが、流石にそれは無理。

 だって、三曹から二曹になるためには、最低でも四年は必要なはずですよ。

 しかも『陸曹中級課程』を学ぶために陸曹教育隊に入隊しなくてはなりませんが、そもそも、第一空挺団配属の私がどのように二曹、一曹、そして三尉へと昇任していくのか、その方法を私は理解していないのですから。

 まあ、昇任については今のところ興味が無いのですけれど、実は、私が魔導編隊の隊長を正式に勤めるためには、一佐まで昇任する必要があるのではという、『異邦人フォーリナー対策委員会』の横やりが入ったそうで。

 これに防衛省のお偉い幹部が同調し、今一度、魔導編隊のあり方について議論がなんちゃららという状態だそうで、近藤陸将補も畠山陸将もご立腹です。


『現場を知らない奴らほど、声が大きい』


 ってね。

 まあ、そんなこんなで無事に第44号防衛記念章も貰い、再び待機任務というか、いつもと同じ第一空挺団としての通常任務に戻ることになりまして。ええ、まさかイギリスまで行くなんてことはありませんよね、イギリスさんにも面子がありますから。


「でも、如月3曹、流石にゾンビ相手では、空挺ハニーの出番かもしれないぞ」

「はっはっはっ。本田一曹、勘弁してください」

「いやいや、俺の悪い予感の的中率は7割だからな、多少は覚悟をしていたほうがいいぞ」


 なんてこと言うのですか、この人は。

 いくら上官とはいえ、言っていいことと悪いことが……って、なんだか寒気がしてきましたよ。

 勘弁してくださいよ、いくらなんでもイギリスの大空の元、空挺降下作戦なんてありえませんかららね。


 〇 〇 〇 〇 〇


――ブライズ・ノートン空軍基地

「私は、どうしてここにいるのですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 広い滑走路の中央で、私は思わず絶叫してしまいました。

 ええ、国際異邦人機関に対して、イギリスが救援要請を出したのですよ。

 しかも、本来は国家間紛争などの解決のために派遣されるはずなのに、異邦人機関を挟むことで『平和と安全を第一目的とする、非人道的紛争および犯罪行為に対しての制圧』のためという条項が追加されるそうで。

 いつも通り、日本の異邦人対策委員会が魔導編隊のPKF派遣について反対意見を表明するものの、あっさりと無視されて決議。

 あれよあれよという間に、私たち第一空挺団魔導編隊は、イギリスまでやってきました。


「如月3曹、そんなところで叫んでも何も始まらないぞ。間もなくミ―ティングだからな」

「了解です!!」


 今回の作戦に於いて、魔導編隊の責任者は津田1佐が担当。

 部隊長は有働3佐が務めることになりました。

 そして闘気修練経験者によって構成された魔導編隊、総勢20名は任務を開始。

 三日前の15時に連絡が途絶えてしまった、イングランドのエセックス州コルチェスターにある第16空襲旅団本部を襲撃し、敷地内および施設内に存在するであろう『仮称・リビングデッド』の殲滅および施設関係者の救助に向かう事になりました。


 そしてイギリス陸軍特殊部隊も合流し、ミーティングが開始。

 私たちが到着する前日の時点で、イギリス陸軍の特殊部隊が奇襲をかけたらしいのですが、残念なことに作戦は失敗。

 厄介なことに、リビングデッドは強襲を仕掛けたイギリス特殊部隊に対して反攻作戦を開始したらしく、想定していた動きよりも機敏かつ精密な行動を行っていたそうです。

 この作戦により、作戦に参加した40名の部隊員中、生還者は15名。

 残りの兵士たちは、施設内部に連れ去られていったそうです。


「……ここまでの説明で、質問は?」


 淡々と作戦司令部の責任者であるレオナルド・ホークス大佐が話を進めていますが、モニター上に映し出されている映像や戦闘画を見るに、事態は最悪です。

 第16空中強襲旅団戦闘団、その本部がリビングデッドに襲撃されたのではなく、その施設の団員がリビングデット化したということですから。


「質問です。今回のターゲットである第16空中強襲旅団戦闘団がリビングデッド化した原因は掴んでいるのでしょうか?」

「不明です」

「リビングデッドとなった団員は生きているのですか?」

「不明です」

「リビングデッドに襲われた場合、我々もリビングデッドとなってしまうのでしょうか?」

「不明です」


 イギリス、日本二つの部隊の質問に対して、ホークス大佐は『不明です』の一点張り。

 これでは実弾による攻撃を行ってよいものかどうか、不安な部分があるのですけれど。


「リビングデッドに対して、我々の持つ攻撃手段は通用するのでしょうか?」

「全く通用しないわけではありません。もっとも、やつらは自己修復機能とも呼べる能力を有し、常時の倍以上の身体能力で、施設内部に足を踏み入れたものを強襲、そのまま捉えて施設内へと連れ去ってしまいます。また、彼らは我々が使用する兵装全てに対して熟知し、それらを手足のように自在に操ることが出来ます」


 ふむ。

 その説明で、なんとなく状況が理解できましたね。

 人造魔導師計画の被害者に現れた症状と酷似している部分があります。

 つまり、おかしな身体能力も再生能力も、全て体内に埋め込まれたと思われる『疑似魔導器官』によるもの。

 そこから心臓に向かって魔素が流れ込み、頭部に浸透して洗脳に近い状況に陥ってしまったというところでしょう。

 厄介なのは、体内に魔力が浸透してしまっているため、体表面に魔力膜のようなものを形成している可能性が高いということ、つまり魔法もしくは闘気による攻撃以外は半減、もしくは無力化されてしまいます。


「うん、新宿大空洞でのゴブリン戦、あれを想定すればいいのですか」


 ぼそっと呟いてしまいましたけれど、両隣に座っている大越3曹と一ノ瀬2曹には聞こえていたらしく、いや~な顔をしていますよ。


「ん、如月3曹、何かあるかね?」


 ほら、私の呟きが前に立っている津田1佐の耳にも届いたようです。


「はい、今回の作戦において、新宿大空洞戦に参加していた魔法編隊所属隊員として意見具申します。相手は魂を持ち生きている人間、それが人造魔導師計画の犠牲となり、体内に埋め込まれている疑似魔導器官の暴走により化け物となってしまったと思われます。対策としては、邪妖精ゴブリン種との戦闘データを参照するとよいかと思われます、以上てす」


 それだけを告げて、私は席に座ります。

 ほら、日本の魔導編隊隊員はいやーな顔をしていますよ。

 あの恐怖を知っているのですし、なによりも今回は人間が狂化したものと思って構わないでしょう。

 つまり、入念に対策を行わないと、反撃されて命を落とす可能性もあるという事です。


 はぁ。

 相手が人間なら、魔石なんて持っているはずがないのでやる気が半減。

 でも、疑似魔導器官については興味があるので、それを回収したいところです。 

 もっとも、生きたまま疑似魔導器官を体内から引っこ抜くなんて言う芸当は、私でも無理です。

 さて、いずれにしても、それを取り出すか機能を止めない限りは、リビングデット状態を解除することはできません。

 

 はぁ。

 闘気修練者で、どこまで行けるか不安ですよねぇ。

 困ったものです。

 このパターンの結果を知っているだけに、気分が滅入ってきますよ……帰りたいです。

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