Killer Queen(殺したくはないのです)

 空挺隊員は、強靭な意志と追随を許さない創意と挺身不難の気概とを堅持し、剛胆にして沈着、機に応じ自主積極的に行動し、たとえ最後の一員となっても任務の達成に邁進しなければならない。


 これが、私たち第一空挺団の空挺精神であり、心に刻まれた指標。


 それを今一度、心の中に刻んだのち、私たちは96式装輪装甲車に搭乗。

 今回の作戦は、第16空中強襲旅団戦闘団の拠点であるグリフォンハウスという政府拠点の一つに対して奇襲を行います。そこがリビングデッドの最も集まっている場所であり、施設内部の関係者が捕まり閉じ込められている場所だそうで。

 なお、今回は第一空挺団は降下作戦ではなく、装輪装甲車により施設敷地内に突入、のち中央のグリフォンハウスに向かい要救助者を救護するのが任務です。

 また、同タイミングでSASも突入し、リビングデッドを制圧、周辺施設に取り残されている要救助者を助け出すという算段になっています。

 

 本来なら空挺降下作戦を行いたいところなのですが、基地施設内に厄介なものがあるそうで。


「……なんでまた、コルチェスター基地にストーマー HVMなんて配備されているんだよ……」

  

 ストーマーHVM、すなわち自走地対空装甲車。

 しかも、近距離防空ミサイルまで搭載していまして、なんというか、空挺降下作戦を迎撃するために待機しているようなものですよ。

 これが無ければ、とっととC-130で上空から接近し、空挺降下による夜間奇襲作戦が行えたのです。

 

「なんというか、まるでうちの空挺ハニー嬢を牽制するために配備されているみたいです」

「ははっ、まったくです、有働三佐のおっしゃる通り、如月3曹はどれだけ警戒されていることやら……」


 はぁ。

 有働三佐の呟きに、大越3曹があいも変わらずツッコミを入れています。

 あの、階級を忘れないでくださいよ、まったく。

 それよりも、今回は私自身も装輪装甲車で移動し、リビングデッドを背後から操っている仮想・敵性存在を探し出さなくてはなりません。

 いつものように魔法の箒で基地内を飛び交っていますと、索敵系の魔法に集中できないのですよ。

 それよりも、今回の作戦についてはどうしても、私は乗り気になれていません。


「……如月3曹、リビングデッドの対策についてだが、ミーティングで説明された肋骨下心臓横にある魔導器官に対して、闘気を叩き込めばいいっていうのは理解できたが。一つ教えてほしい……彼らは、人間に戻れるのか?」


 有働三佐が、真剣な顔で問いかけます。

 ですから、私も覚悟を決めて説明しなくてはなりません。


「まず、SASとの合同ミーティングで説明した通り、疑似魔導器官にたいして闘気を強制的に流し込むことで、リビングデッドの肉体は拒絶反応を示し、身動きができなくなります。これはあっちの世界で私たちも実践してデータを取ってありますので、ほぼ間違いはないかと推論します」


 そこまで説明して、一旦、呼吸を整えます。


「一度でも疑似魔導器官を体内に組み込まれた場合……元の人間に戻ることは不可能です。魔導器官によって作られた魔力波全身の隅々まで浸潤し、肉体そのものを作り替えます。次に、その副作用として脳が侵され、正常な思考を行えなくなってくる他、記憶も感情もどんどん減り続けていきます……」

「では、疑似魔導器官というのを体内から摘出した場合は?」

「一度でも暴走した魔力によって脳が侵された場合、元に戻ることはできません。そして最悪なのは、疑似魔導器官に術的処置が施され、一定の命令が組み込まれていた場合。それは脳をはじめ全身に浸透したのち、魂のレベルで暴走する可能性が極めて高いという事です……」


 つまり、本当のリビングデッドとなってしまう。

 人間以上の身体能力を有し、且つ、生前の知識を持ったまま狂人のように、生きているものを襲い続ける。

 疑似魔導器官は定期的に外部より魔力を供給されなくては稼働せず、そのために狂人化したリビングデッドは、人間の血液、体細胞に浸潤している魔力を喰らうために、襲い掛かって来る。

 本当の意味で、ゾンビのように人を襲い、喰らい付いてきます。

 しかも、その動きは常人以上。

 私たちの世界のゾンビ映画ではありませんよ、時代劇の忍者の速度で駆けつけてきて、一撃で肉体に喰らい付き、引きちぎってきます。

 そんな光景を、私たち異邦人フォーリナーは目の当たりにしてきたのですから。


「SASからの指示では、身動きが取れなくなったリビングデッドは向こうで回収するという事だが。ひょっとして、なにか対策が講じられているとか?」

「聖女の奇跡でさえ、一度でも狂人化した人を癒すことはできませんでした……はい、もう隠していても仕方がないのでご説明します、狂人化した人間は魔族に堕ちます。そうなると、倫理観も何もかもが、人間と異なる存在になります……」


 それが、錬金術師ヤンの本当の計画。

 人為的に魔族を生み出し、人の住む世界を魔都へと作り替えていく。

 ですが、この計画は失敗しているのです。

 人間が疑似魔導器官を埋め込まれ、魔族となる確率は1%もありません。

 それなのに、彼らは実験を繰り返します。

 だって、効率よく人間を減らすことができ、運が良ければ同志が生まれるから。

 そして、最悪でも、疑似魔導器官さえ備わっていれば術式により遠隔操作が可能であるから。


「だから、私は……リビングデッドを一人残らず、殺すつもりです」

「待て、流石にそれは容認できない……作戦の主導権はイギリス陸軍であり、我々は彼らのサポートとしてここにいるだけだ。この青いベレー帽の意味は、如月3曹も理解しているだろう? 我々は、平和維持活動のために、ここに派遣されてきている。それを忘れないことだ」


 そ、そんなことは分かっています。

 ただ、このままリビングデッドを停止させただけでは、何も解決しないんですよ。

 彼らを裏から操っている何か、恐らくは錬金術師のヤンがいることは間違いない。

 イギリスは、このことを知らずに彼を受け入れたのでしょうか。

 わからない、でも、奴ならそれぐらいのことはする。

 人心掌握術については、四天王でもトップクラスですから。

 

「りょ……」

「よろしい。では、さっそく作戦行動を開始する……」


――スッ

 有働三佐の言葉に続き、私は両手を左右に広げます。

 

「七織の魔導師が誓願します。我が体に五織の超感覚を与えたまえ……我はその代償に、魔力12500を献上します」


 これは以前、海魔を探した時に使用した術式。

 これにより私を中心に魔力波の膜が広がっていき、それに引っかかった対象を捉えることが出来ます。


「……SASの指定したポイント、グリフォンハウスの中心から40のリビングデッド反応。その建物の内部からは、通常の生命反応が28。北方、ゲート付近にてSASらしき反応とリビングデッドの反応が交差、交戦状態と思われます」

「了解。田辺2曹、このまま突っ込め。各隊員は近接装備の準備を」


 その言葉と同時に、隊員たちが腰のハンティングナイフを確認。

 これは私が用意したもので、闘気循環が高い魔法金属によって構成されています。

 ナックルガードもついていますし、格闘徽章持ちの隊員にとっては取り扱いのしやすい形状に仕上げてあります。

 銃器も殺傷能力のある89式小銃のまま。

 手加減したら殺される、この場の誰もが知っている事実。


「準備完了……」

「一号車、指定位置に到着。速やかに展開し、制圧を開始。続いて二号車、指定位置に到達!!」


 私たちの乗っている二号車が指定位置にたどり着きました。 

 それと同時に、外からは無数の銃撃音が響いてきます。

 そして。


――ガチャッ!!

 後部ハッチが開き、隊員たちが一斉に外に飛び出しました。

 全て計算通り、隊員は皆、指定の建物の陰に向かって移動すると、素早くリビングデッドたちの鎮圧を開始。

 そして私は……。


――シュンッ

 装輪装甲車の上に飛び乗ると、杖を構えて詠唱を開始。

 この建物すべてを強力な結界により閉じ込めてしまい、外部からの援軍が到達しないようにします。

 さあ、ここからが正念場です……。

 いかにしてリビングデッドを停止させるか。

 そして、どうやってこっそりと、疑似魔導器官を回収するか……。

 

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