The Long And Winding Road(鎮魂歌)
――バッキンガム宮殿内、ピクチャーギャラリー
英国最強の騎兵連隊・ブル―ロイヤル連隊。
私はその騎兵相手に一進一退の攻防を繰り返しつつ、晩餐会の会場である舞踏会室から離れています。ええ、室内をちらっと見たところ、外でこれだけのどんぱちを繰り広げているにも関わらず、中では晩餐会がそのまま続けられているようです。
ヨハンナが機転を利かせて、異邦人として異世界で体験した出来事を話し始めているようなのですよ。
幸いなことに、外のこの戦闘音も室内には届いていないようですので、あとはこのままこの場所から離れつつ、スティーブがどうにかしてくれることを祈るだけ。
舞踏会室内部にはリビングデッドたちは侵入することができないものの、万が一を考えて有働3佐が部屋の出入り口付近にて待機。緊急時には無線で私の元に連絡が届きます。
あとは、私が残り3人の騎兵たちを戦闘不能にするだけ……なのですけれど。
迂闊にも、私は宮殿内のピクチャーギャラリーという部屋に誘導させられてしまいましたよ。
「……ふう。これで化け物相手の戦闘状況でなければ、ゆっくりと芸術を堪能したかったところですけれどね」
ピクチャーギャラリーは、壁の左右に様々な美術品が展示されている回廊。
確か、ジョージ6世が収集した美術品を展示するために作られたこの部屋だったはずでして、恐ろしいことにレンブラントの真筆やルーベンスの自画像を始めとした名画が数多く並んでいる、まさに『傷をつけるなんてことは許されない部屋』なのです。
そして私の動きが鈍ったのをいいことに、騎兵たちもサーベルで切りかかってきました。
「壁や天井を蹴とばして駆け抜ける……なんてことができないのですよねぇ。でも、それは貴方たちも同じではないですか?」
アンソニー・ヴァン・ダイクの【聖母子】という作品を背にして、私は3人を前にトントンと軽くジャンプします。ええ、ここから先はフットワーク重視、カウンター攻撃で相手を止めるしかありません。
そして私の立ち位置が気まずいと騎兵たちも本能で理解したのか、サーベルを構えたまま動きが鈍くなっています。
体内に侵入した魔導具による隷属的効果でも、彼らの英国に対する忠誠心を蝕むことはできなかったようで。ええ、これが人間の持つ魂の力ですよ!!
「……あの錬金術師ヤンがこの光景を見たら、頭を抱えて絶叫しているでしょうね。魂すら隷属する魔導具を用いても、彼らの忠誠心を支配することはできない。その理屈が、きっとわからないでしょうから……」
そうと決まったら、私は振り向いて【聖母子】に向かって拳を構えます。
体内の魔力が闘気変換されて、全身を駆け抜ける。
それを拳に凝縮すると、『
――ダッ!!
その瞬間、騎兵たちが一斉にサーベルを捨てて、私を取り押さえようととびかかってきましたので。
素早く歩法を切り替え、彼らの脇をすり抜けるように背後にバックステップ。
彼らと私の立ち位置が入れ替わったのを確認してから、騎兵たちに向かって腹部に向かってガトリングパンチを叩き込みますっ。
――ドゴゴゴコゴゴゴゴゴッ
一瞬で腹部に強烈な一撃を受けて、三人ともその場に蹲ります。
そして口から三体の魔導具がウネウネと這い出してきたので、そこに向かって隠し持っていたナイフを投げ、床に縫い付けました。
「ふう。これでこっちのミッションは完了ですかねぇ……」
――スッ
そう呟いた瞬間、体内の魔力回路がフル稼働。
同時に勇者の加護も再起動した模様です。
「お? これはひょっとして……スティーブ、外は終わったの?」
念話でスティーブに話しかけます。
おそらくは彼が、ヤンを倒してこの結界を解除したのでしょう。
さすが勇者です。
『お、念話が繋がったか。残念なことにヤンは取り逃がした。というかあの糞ウサギ、
「どうにかって……うん、また、どうにかできるよ。うん、ありがとう」
今回は、スティーブが来てくれなかったら完全に詰んでいた案件です。
結界の外に錬金術師ヤンがいたこと、スティーブが私のフレンドリー召喚に応じてくれたこと、そして偽者でも、結界を張り巡らせたヤンを始末できたこと。
これらの条件が揃ったから、私はこうして無事でいられるのよね。
『まあ、あとはそっちでどうにかしてくれればいい。俺は外で待機している第1空挺団の連中と一緒に、お茶でも飲んでいるからさ』
「了解。こっちの作業が終わったら合流するから、そのときにでもアメリカに送ってあげるね」
『はいはい。それじゃあ、晩餐会を楽しんで来てくれ』
それで念話は途絶えました。
そして入れ違いでヨハンナからも念話が届き、晩餐会の会場内は無事に最後の挨拶まで進んだとのことです。
あとは、途中でティーポットに閉じ込めてあった寄生型魔導具などを全て回収、アイテムボックスに納めてから、舞踏会室前で待機している有働3佐と合流。
室内では壁際で待機していた側衛官の元に近寄り状況を説明すると、静かに自分たちの席へと戻りました。
「如月3曹、お疲れさま」
「ありがとうございます」
小声でそうねぎらってくれた有働3佐に礼を述べてから、あとは静かに晩餐会が終わるのをじっと待つことにしました。
〇 〇 〇 〇 〇
無事に晩餐会も終わり、貴賓客の皆さんがバッキンガム宮殿を後にしたのを確認してから。
私たちも第一空挺団のベースキャンプ地点へ移動、そこで待機していたスティーブとも無事に合流です。
「ほら、これがヤンだったものの土くれだが。一応回収しておいたから、分析なりなんなり、好きに使ってくれ……と、ああ、それとヨハンナ、こっちの土砂に祝福を頼む」
ベースキャンプで待機していたスティーブは、私とヨハンナの姿を見て、開口一番そう話してきましたが。
はい、私が受け取った土くれですが、明らかに異質な魔力の残滓を感じ取れます。
なんというか、こう、あまり触れたくない存在と言いますか。
「土くれ……ねえ。ヨハンナの方は……と、失礼」
私がそう問いかけた時。
ヨハンナは大量の土砂の前で膝を折り、涙を流しつつ神に祈っています。
はい、私でも判りました、その土砂の中に見える骨らしきもの。
それって人骨ですよね、大きさから察するに子供……それも、かなり幼い。
『……ヤヨイ、変な考えは起こすなよ?』
「変な考え? この土くれの魔力を魔導具に登録して、奴らの拠点を確認、そこに広域殲滅術式を叩き込むことですか? それともヤンだけを探して【
うん。
冷静じゃない。
私、泣いている。
ヤンのやり方は、人の命すら実験体としてしか考えていない。
それも、これだけ大勢の犠牲者を出しながら、彼は笑いつつ実験を繰り返し、そして死体はごみのように廃棄するか、こうやって儀式の媒体として使用することしか考えていない。
そして、第1空挺団の隊員たちも私たちの雰囲気を察したのか、集まってヘルメットを外すと、黙とうをささげています。
私もすぐに立ち上がって、仲間たちと同じように黙とう。
やがて、ヨハンナが【赦祈の言葉】を紡ぐと、土砂の中から一つ、また一つと光る小さい球が浮かびあがりました。
ええ、ヤンによって殺された人たちの魂。
それがヨハンナの言葉に導かれて、天へと帰っていきます。
一つ、またひとつ。
ある魂はまるで道を急ぐように、またある魂は、2つ並んで手を繋いでいるかのように。
やがてすべての魂が天に帰っていくと、ヨハンナは立ち上がり私たち自衛隊にも頭を下げました。
『……まさか。この地球でまた、このように儀式を行うことになるとは思っていませんでした』
『まあ、そうだなぁ。とにかく、奴らを止めないと、この悲しみの連鎖はいつまでも続くことになる。ということで、俺は一旦、アメリカに戻る。どうせ奴らの事だ、また何か企んで動き始めるだろうさ』
「本拠地が判らないっていうのか、一番つらいんですよ」
そうヨハンナとスティーブに告げつつ、私は手にした土くれをパラパラと地面に落とします。
すでに解析は終わりましたが、残念なことに、私の魔力捜査範囲内には、彼らの反応はなし。
どうせ位相空間でも構築して、そこに拠点でも作っているのだろうと思いますよ、ええ。
次に姿を現した時は、四天王と魔王の最後と思ってください。
『まあ、ヤヨイは焦るな。お前はあっちの世界でも、こういう状況になったら視野が狭まってしまうからな。何かあったら俺たちに連絡を寄越すこと、いいな』
『そうよ。私ももう少ししたら日本に帰るから、その時にまた対策とかも話し合いましょう?』
「うん。分かった」
そう告げて、私はスティーブをアメリカまで転移魔法陣で送還しました。
そしてヨハンナもまた、修道女さんたちと共にホテルへ。
私たち第1空挺団もこれで今日の任務は完了、明日からは撤収準備にはいります。
なお、私は女王陛下との謁見です。
異邦人として、色々と話が聞きたいとかで。
まあ、当たり障りのないことを話して終わり……というわけにはいかないのでしょうねぇ。
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