Fourth Mission~死都戦線

Touch My Body(高くつきますよ)

 イギリス、王立協会。

 

 古くは【自然についての知識を改善するためのロンドン王立学会】と呼ばれており、過去から現在に至るまで、イギリスのすべての叡智が集まっている研究機関である。

 その本部であるロンドンのカールトン・ハウス・テラスの研究室では、今、まさに奇跡の瞬間が訪れようとしていた。


「……こ、これが魔素……」

「ええ、シェリー教授、間違いありません。SASが新宿地下迷宮より回収した魔物の体毛、それを王立協会の科学者たちにより解析と増殖を行い抽出した結晶体。それが、この魔素結晶マナ・クリスタルです」


 シャーレの中に納めている茶褐色に濁った結晶体。

 大きさは一センチ程度のドロップ型、それが白い布の上に置かれている。

 一体、どうやってこれを作り出したのか、それらについての報告書はまだ届いていない。

 それゆえ、これが本当に魔素の塊であるかどうか、それすら怪しい。


「……抽出方法と、これが魔素であるということを証明できる計測システムはどうやって用意したのだ?」

「それらについては、最近になって王立協会に出入りするようになった研究員が持ち込んでいたようです。名前は……ああ、中国の研究員でヤン・フェイ・フォン、機械学的自然学と錬金術を専攻しています」

「錬金術とは……それで、フォン研究員は、今はどこで何をしている? このような歴史的発見が行われたのに、その張本人がいないのはどういうことだね?」


 機械学的自然学は、古くから王立協会で学ばれている古い学問。

 だが、もう一つの錬金術についてはオカルト学に分類され、現実的にはあり得ない空想学術であると言われている。そのため、それを専攻して学ぶものなど皆無であり、暇な研究員が手慰み程度に実験を行っている程度。

 それが、まさか先行しているものが存在し、魔素の抽出に成功したなど、誰が信じるのだろうか。

 

「今日は疲れたので、自宅に戻ると。明日にでも教授の元に向かうように手配しておきます」

「よろしく頼む。これが本物の魔素であるのなら、我がイギリスは世界の頂点に立つことも夢ではない。我が国に異邦人フォーリナーは存在しないが、この発見はそれを補うことも難しくはないだろう……」


 興奮のあまり滑舌になるシェリー教授。

 その教授の姿を、研究室の隅で姿を透明化したヤン・フェイ・フォンが黙って見ていた。


………

……


  彼の正体は、ドワーフラビットの姿をした魔族四天王が一人、『錬金術師アルケミストのヤン』。

 如月弥生ら異邦人フォーリナーの対策を考え、まずは手駒となる部下を生み出そうと考えていたものの、一からホムンクルスを作るとなると研究施設が必要。

 そのため、正体を隠し身分を偽造したのち、人類の英知の終結するこの『王立協会』にやって来て、一研究者の振りをしてホムンクルスの研究を行おうとしていたのである。

 そんな矢先、新宿地下迷宮から回収された『彼の体毛』が偶然王立協会に届けられたため、ヤンは策を講じることにした。


 彼自身の体毛を触媒とし、人造魔石を製作。

 それを人間の体内に埋め込むことで、操り人形のように動かせる『生体マリオネット』を作成しようと考えたのである。

 その第一段階として、自身の体毛から抽出した魔素を培養、それを結晶化して見せたのである。

 もっとも、これが魔素の結晶体であるという証明を行うのは難しいため、錬金術で『魔力測定盤』を作り出すと、それとワンセットでシェリー教授に提出しようと考えていた。


 だが、ここにきて大きな誤算が発生。

 大気中の魔素が薄い地球では、錬金術を行う際には自身の体内に存在する魔素を使用しなくてはならず、そもそも含有魔力の乏しいヤンにとっては、魔素結晶体を作り出すだけで体内魔力が枯渇。

 貧血のような状況に陥ったため、王立協会の宿舎へと帰り体を休める必要が出てしまった。


 彼が意識を取り戻すまで、最低でも3日間の睡眠が必要。

 この3日間の間に、ヤンですら予測していなかった大事故が発生するなど、どこの誰が予想できたであろうか。



 〇 〇 〇 〇 〇



――日本国・北海道・北部方面隊札幌駐屯地

 一週間の休暇も終わり、私は再び札幌駐屯地にて大量の書類との闘いの日々がやってきました。

 以前よりも倍増した、魔導編隊への配属志願者。 

 そして定期的に行われている【出張魔力測定】の結果……今期の合格者はゼロ。

 はい、またしても異邦人フォーリナー対策委員会からクレームが来る案件ですけれど、そんなの私が知ったことではありません。

 私は目の前の結果を忠実に報告し、それを防衛省事務次官が委員会に提出するだけです。

 できないことは、できない、それだけ。

 

「よっし、これで完了です。小笠原一尉、今期の魔導適性検査及び書類選考が完了しました。これより総務部に向かい、発送の手続きを行ってきます」

「はい、ご苦労様です。今期もゼロ人なのですね?」

「毎月毎月、あきもしないでよく送ってきますよ。この人なんて、毎月申請しては不合格の書を類を受け取っているはずなのにその結果が不服だということで再申請を行ってきていましたから。まったく、諦めが悪いとしかいえませんよね」


 ため息交じりでそう説明すると、小笠原一尉がクスクスと笑っています。


「本当に、魔力適性がなくては魔導編隊に参加できないのにねぇ。でも、裏技ってあるのでしょう?」「闘気修練のような大技を使えば。ただ、失敗確率が高いのと、その時の生存確率を考慮すると……なかば人体実験のようなことになりそうですから」

「例えば、ほら、映画のやつ……【ヘンリー・オーウェンと魔法の杖】のように、魔法もなにも知らない現代人が、偶然魔法の杖を手に入れて魔法使いになる……ってありますよね。あんな感じで、魔法使いの杖を使ったら魔術師になれるとか、そういうことはないのですか?」


 ああ、あの映画は面白かったですねぇ。

 確か舞台はイギリスのロンドンで、大学に通っていた学生が落雷にあって意識不明。その時、夢の中に出てきた神様が、間違って彼に落雷を落として殺してしまったというところから物語が始まるのですよ。

 日本の小説に影響を受けたプライス・ローアドアー監督の渾身の映画で、俗にいう『異世界落ち失敗ローファンタジー』というのをイギリス人がアレンジしたものです。

 まあ、そんな話はどうでもいいですよね。

 そういえば、魔術師の杖……ありますよ。


「あ、ありますね。冒険者訓練所で魔法を学ぶときに使っていたやつ。あれで訓練すれば、魔法使いになれるかもしれません……えぇっと、これですよ、これ」


 アイテムボックスから小さな杖を取り出します。

 杖というか……まあ、杖かな。

 長さは1フィートほどの、ねじ曲がった細長い杖。

 それを小笠原一尉に手渡します。


「これは?」

「私が異世界で最初に使った、訓練用の杖ですね。魔力増幅術式と『詠唱補助キャストサポート』の刻印が刻まれています。そうですね、では、それを構えて、適当に振りながら、こう詠唱してください」

「振りながら詠唱ですね」

「はい、【一織の魔法使いが誓願します。杖の先に光あれ】。どうぞ、リピート・アフターです」


――ゴクッ

 小笠原一尉が息を飲みつつ、杖を軽く振って詠唱を始めました。


「一織の魔法使いが誓願します。杖の先に光りあれ」


 すると。

――ポウッ

 杖の先に、小さな光が宿りました。

 うん……魔力増幅効果もありますし、なによりも私と同じ部屋で仕事をしているのです、普段から私の発する魔素を全身で受け止めているので、そりゃあ活性化もしますよ。

 

「こ、これって、私は魔導師になれたのですか?」

「魔導師は、【七織の魔術」との契約者のみに与えられる称号です。その次が、【六織】【五織】の魔術契約者に与えられる称号の『魔術師』。そして【四織】【三織】の魔術契約者の『魔法使い』ですね。【二織】は魔法使い見習いで、小笠原一尉は【一織】、魔法訓練生という区分になります」

「それでも、私は魔法が使えるのですか?」


 うん、懐かしいなぁ、この反応。

 私も向こうの世界で、師匠である大賢者ルーラー・ヴァンキッシュさまから杖を授かったとき、同じ反応をしていましたから。

 元気かなぁ、あの放浪癖のある師匠。

 どこか遠くの大賢者で、叡智を求めて世界中を旅をしていたそうですから。


「そうですねぇ。正直に申しますと、発動杖、つまりその杖が無ければ魔法は使えません。魔法訓練生は、それを使って毎日、魔法に関する勉強を行い、発動訓練を行います。それを日夜、努力し続けることで魔法訓練生にはなることができるかとおもいますが。うん、小笠原一尉は、魔法使いになれる素養は持っていると思われますね、おめでとうございます、純国産魔法使いの第一号になれるかもしれませんよ」


 そう説明をすると、小笠原一尉はうれしそうな顔をしていたものの、やがてサーッと顔色が真っ青になる。

 純国産魔法使いに求められるのは、実践。

 つまり、今の私の言葉を受け入れると、地獄の第一空挺団選抜試験を受けなくてはなりません。

 魔導編隊は第一空挺団所属であり、小笠原一尉のように北部方面隊事務官所属では突破する壁は厚いかと……ん、女性で私より階級が上ですから、ひょっとしたらいけるかもしれませんね。

 事務官で一尉なんて、そうそういらっしゃいませんから。


「ち、ちょっと考えさせて……それより、この杖を使って訓練すれば、誰でも魔法使いになれるのでは?」

「それがですね……その杖、相性があるのですよ。あと、私は杖を作れますけれど、素材が無いので無理です。また、訓練用はそれを用いる人に制限がありまして……私は卒業したので自由に使えますが、次に使った人が卒業、つまり【三織の魔法使い】にならないと、次の方に貸与できないのですよ」

 

 ああっ、ここまで説明していると笑いが止まらなくなります。

 多分、今の私はニマニマと笑っているでしょう。

 そして、私の言葉の意味を、小笠原一尉はようやく理解しました。


「き、如月三曹っ、私を嵌めましたね!!」

「そんな滅相もない。私は小笠原一尉の希望で、魔法の杖を貸与しただけです。と、別に、小笠原一尉が他の方に貸与することはできますよ、その場合は、『その杖で』魔法が使えなくなるだけですから……」

「うう、それは……」


 ブンブンと杖を振り、そして魔法の光を灯す小笠原一尉。

 つまり、別の人に権利を譲渡すると、その杖が使えなくなるだけ。

 別の杖で訓練すればいいだけですし、基本的には師匠が弟子に杖を作って渡すことで、魔導師は徒弟関係が成立するのです。

 だから、先ほどのように貸与するだけなら、訓練所と一緒です。


「……小笠原一尉、君は、いつのまに魔法が使えるようになったのかな?」


 そして、私たちのこの光景を見ていた方が一人。

 畠山陸将、いつの間に魔導編隊の詰所に来たのですか!!

 あなたは北部本面体の総監なのですから、わざわざこんな辺鄙な部署まで顔を出さないでください。


――ビシッ!

 私と小笠原一尉が、同時に敬礼。

 だが、すでに時遅し。


「如月三曹、今、小笠原一尉が魔法を使ったことについての説明を求めるが……ここではなんだから、二人とも総監室へ」

「「はっ!!」」


 さあ、楽しくて面倒くさくなってきましたよ。

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