Anti-Hero(前略、フランスにて)

 魔導編隊第一分隊、隊長は有働3佐。


 私たちは日本政府からの要請により、またしてもPKF(国連平和維持軍)としてフランスへとやってきました。

 作戦内容は『フランスに蔓延しつつある謎の疫病の原因究明および治療活動』であり、聖女・ヨハンナも医療班として同行しています。

 ということで、フランスのクレイユ空軍基地に着陸したのち、デパルトモンターニュ200道路を通って、一路、フランス迷宮の出現したコンピエーニュの森の近くにあるコンピエーニュという都市へとやってきました。

 ここの郊外にある小さな射撃場、ここが私たちのベースキャンプとして貸与された場所であり、幸いにもフランス迷宮の警備をしていた軍人たちが隔離されている病院も近く、作戦行動にはうってつけの場所ともいえます。


「さて、それじゃあ早速、作るとしますかね」

「そうね。作るアミュレットは、前に作った奴でいいのかしら?」


 荷物の搬入を終えてから、私とヨハンナの二人はさっそく、魔導具の作製を開始。

 今回は、私たち魔導編隊の隊員が疫病に伝染しないために、防疫のための魔導具を作ります。

 すでに有働3佐にもこの件での許可は得ているため、私たちの近くには作業を終えた10名の隊員が集まり、様子を伺っている最中。


「それじゃあ……付与対象は私の所持している認識票ドッグタグでいきましょうか。これだと正式な備品なので所持していても問題は無し。まあ、無許可で複製できないので、ニセモノが出回ることもないですから……と、まずは私の所持している認識票に術式付与を行います。そののち、みなさんの認識票にも付与しますので、今しばらくお持ちください」

「ああ、ここは日本ではないから、思う存分にやってよし!!」


 腕を組んで有働3佐が言い切ってくれたので、私としても手加減無用でやらせてもらいます。


――シュンツ

 魔導装備に換装したのち、エルダースタッフで地面に錬金術用の儀式魔法陣を形成。

 その中心に私の認識票を設置したのち、触媒となる魔石とミスリル金属板を指定の場所に設置。

 その魔石の前では、ヨハンナが神聖魔法を唱え始めました。


「……我が前にウィル・ゼファル、我が後ろにティア・グランニ、我が右手にクティラ・エルシド、我が左手にツィム・ヴィクテル。大地の精と大気の精、二つを合わせて絆とし、かのものに魔術を付与したまえ……そのために、私は魔力12500を授けます……」

「偉大なる大神ゲネシスよ、祈りと説くならば、かのものに悪しき病を退ける加護を授けたまえ……。そのために、私は聖魂45000を授けます」


 私の詠唱とヨハンナの祝詞。

 二つが一つに重なり合い、一つの詠唱を奏でる。

 そしてそれが奏で終わると、魔石とミスリル金属板は解けて混ざり合い、中心に置かれていた認識票へと浸透していく。

 これは物質的浸透ではなく、霊的浸透。

 エーテル体へと変異した術式媒体が、認識票の『精神世界アストラルプレーン』へと溶け込み同化したのである。

 

「ふぅ。これで作業は完了です。では、実験を」


 いそいそと認識票を装備して、ヨハンナに『腐食の病』を施してもらう。

 だが、それは私の体表面に近づいた瞬間に、霧のように浄化されていった。


「う~ん、ちょっと強力すぎるわよね? もう少しだけ強度をさげてみる?」

「いやいや、私はほら、この魔導装備自体が抵抗力上昇の護符を縫い込んであるからさ……と、ほら、もう一度お願い」


 自衛隊の迷彩服に換装しなおして、再度、ヨハンナに魔術の詠唱を頼んでみる。

 今度は体表面近くで無効化したので、問題はない。

 さっきのように浄化してしまうと、私たちに対して有益なものまで全て消滅させてしまうから。


「うん、これなら大丈夫ね」

「ということで、皆さんの認識票を、この魔法陣の中心に設置してください。全員分の認識票に纏めて付与します。それさえ装着しておけば、迷宮内に突入しても疫病にかかることはありませんので」

「それは凄いなぁ。ちなみにだけど、ウィルス性疾患などにも抵抗可能か?」

「それが伝染病なら。という制約は付きますが、問題はありません」


 そう説明すると、有働3佐が眉間に指をあてて渋い顔をしている。

 わかります、魔法って、病気でもなんでも癒すことが可能です。

 それこそ、治療不可能といわれている難病から、癌に至るまで。

 ただ、現行の医療法では、ヨハンナはそれらの病気に対しての治療行為を行うことはできません。

 医療行為を行うためには、医師の資格が必要だから。

 そして医師の既得権益を守るためにも、魔法による医療行為を認める訳にはいかないそうです、日本は。

 

「はぁ。もっと日本政府は、魔術に対して真摯に取り組んだ方がいいと思ったよ。さて、それじゃあ始めてくれ」

「了解です」


 さて、それじゃあとっとと始めることにしましょうか。

 私たち魔導編隊の活動について、フランス陸軍より派遣されて来たジョセフ・ロビンソン監察官が泡を吹いて気絶する前に。


………

……


 フランス大統領、フェリックス・ボナパルトは執務室で頭を抱えたくなっていた。

 コンピエーニュの森に突如出現した大空洞。

 鍾乳洞のような内部を調査した結果、それが新宿大空洞やナイジェリアの自然堂迷宮と酷似していること、正体不明の生態系が存在していることなどから、祖国フランスにも迷宮が出現したという結論に達した。

 その後は迷宮調査機関の設置、陸軍による迷宮周辺に住む人々の隔離、日本とナイジェリアの迷宮関係の資料の精査、調査部隊を迷宮内へ派遣しての安全性の確認など、先達者の行ってきたことを全て実践した。

 その結果、迷宮自体の危険度についてはそれほど高くはないこと、生息している生命体についても近代兵器で対処可能なことから、フランス政府監視下での本格的な迷宮攻略が始まった。

 それから一か月、ボナパルト大統領の元に届けられた報告書は目を見張るものばかり。

 

 世界第4位の経済大国、EU最大の農業国、ワイン・チーズを始めとした食品産業や工業産業でもヨーロッパでは追従を許さないレベルで大成している。

 そのフランスでも、異邦人による恩恵だけは手に入れることが出来なかった。

 異世界資源である迷宮、それさえ手に入れば、フランスはアメリカを凌ぐ世界一位の大国となることができる。

 そして、コンピエーニュの森に出現した迷宮により、ついにアメリカにまでチェックメイトを仕掛ける手前までたどり着いたのである。


 だが、各国の諜報機関がいち早くフランス迷宮の存在を確認。

 国際異邦人機関への報告が届けられると、国連はフランスに対して異邦人機関への報告書を提出するように呼び掛けた。

 さすがのボナバルト大統領も、この要請を断ることは不可能と判断。国際異邦人機関に対して世界で三つ目の迷宮の発見についての報告を行ったものの、その調査主導権はフランスにあること、他国からの調査機関の要請は受け付けないことなどを報告。

 そしてフランスは他国からの助力を得ることなく、独自に調査を開始。


 だが一週間前。

 迷宮付近にて謎の疾病が確認されると、その影響は瞬く間に最前線である調査部隊に蔓延。

 一夜にして死者225名が確認されると、迷宮調査隊および迷宮付近にて活動していた軍人全てがコンピエーニュ郊外の医療施設に隔離された。


 そして緊急対処が必要であると議会からの報告を受け取ると、ボナパルト大統領は国際異邦人機関に対して救援要請を開始。

 つい先日、日本から七織の魔導師・如月弥生と聖女・ヨハンナ、魔導編隊第一分隊の受け入れを行ったばかりである。


「それで、どうしてたった一日で、あの謎の疾病に対する完全耐性を身に着けることができるのだ……この報告書にある、『防疫の魔導具』とは何だ? これがあれば、調査は再開できるのではないか?」


 ボナパルト大統領は、報告書を携えてきた秘書官に対して呟く。

 

「そうですね。この防疫の魔導具を部隊に配備すれば、作戦は再開できます。あとは、現在隔離されている軍人たちの治療、この方法もしくは使用されるであろう医薬品のサンプルも入手できれば、フランスの科学力を以て量産は可能かと思われます」


 秘書のオーギュスト・デオンはグイッと眼鏡の位置を治しつつ、淡々と説明を続ける。

 その報告を聞き、ボナパルト大統領はハァ、とため息をつくだけ。


「明日からは、迷宮周辺の調査も開始するそうではないか」

「はい。すでに周辺調査についての許可はでています。ですが、内部調査についてはまた許可を出していません」

「だが、原因究明のためには必要だという連絡は受けているのだろう?」


 そう問いかえるボナパルト大統領だが、オーギュスト秘書官は軽く笑みを浮かべる。


「はい。ゆえに、第一層までの許可を出してよいかと思います。最悪、彼らが迷宮内部で何らかの事故に遭い全滅した場合。彼らの所持している装備は極秘裏に回収し、解析に回すとよいかと。それと、明日からは聖女ヨハンナによる隔離施設での魔術治療も始まります。それらの術式を全て記録に納め、しかるべき機関へと解析を頼めばよいのです」


 そのオーギュスト秘書官の言葉を聞き、ボナパルト大統領は目がやや虚ろになっていく。

 

「そうだな……では、その通りに」

「畏まりました。それでは失礼します」


 そう告げて、オーギュスト秘書官は執務室を後にする。

 そしてゆっくりと廊下を進んだのち、彼女の身体から黒い霧がゆっくりと溢れ出すと、その足元に広がる影の中へと吸い込まれていった。


「……あら? 私は確か報告に来たはず……でも」


 すでに報告書は手元にない。

 そして自分が報告を終らせたという記憶だけ・・がゆっくりと戻って来ると、彼女自身も納得して秘書室へと戻っていった。


 足元に広がっていた、彼女の影だけを残して。

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