第4話・Wonderwall(目の前の壁)

 私が習志野駐屯地から札幌に戻ってきても、特に大きな変化はありませんでした。


 三等陸曹以下の自衛隊員は、寮生活を余儀なくされます。

 ちなみにわたしは空挺団所属ということもあり、常に非常事態に備えるという理由で札幌駐屯地外にある寮に入ることになりました。

 正確には敷地内なのですけれど、女性隊員の宿舎は駐屯地の中を走る市道を挟んでいるため、駐屯地外と区分されているとか。

 まあ外出外泊その他は、全て許可を取らないとならないそうで。

 色々と大変ですよ。


 そして配属から一週間。

 私の日々の仕事はというと……。


「はい、これもだめ……この人もだめ……って、あの、小笠原一尉、この書類審査って意味があるのでしょうか?」


 平時の私の仕事。

 午前中は空挺団所属として基礎訓練などを行い、午後からは魔導編隊員としての事務仕事があります。

 といっても、今の仕事は『魔導編隊』を設立するにあたっての、魔力適性のある人材を発掘すること。

 そのためにも心身ともに健康であり、積極的に魔導を学ぶ意思があるものということになっています。

 現行法では、民間人の魔法修得についてはなんら制限はないのですが、それらを取り締まるための法律が間に合っていないため、一般市民の魔術修得については禁止はされていないものの、それを行使することは禁止されているそうです。

 そして私は、魔導編隊に属したい魔術師適性者を見つけるのが仕事なのですが。


「あるわよ? 例えば、ほら、この人は自由国民党の○議員の息子さんでね、今後のこともあるので是非とも息子を魔導編隊に所属させてほしいっていう手紙が添付されていたのよ」

「はあ、つまるところは縁故採用ですか?」

「そういうこと。それでね、如月三曹には魔導適性を測るための何か作れないかっていう問い合わせがあるのよ。いくら議員の頼みとはいえ、使えない人材を雇ってただ飯を食べさせてあげる必要なんてないわよね? だから魔導適性でふるいに掛けたいのだけれど……」


 なるほど、そういうことならやぶさかではありませんね。

 ここは一発、私があっちの世界で作り上げた魔導適性メーターを使うことにしましょう。


──パララパッパラ~

 アイテムボックスから取り出した、大きな柱時計。

 これは私が作った、魔導適性を測る計測器です。

 文字盤が計測値を表し、魔導適性があるものが鏡面に作られた測定版に触れることで針が数値を指すように作られています。

 そしてなんと、魔導適性が高いものが振れると、鳩が出てきてクルッポーと鳴いてくれるのです。


「……という測定器ですけれど。ちなみにこれ、一つしか存在しません。それに新しく作るとなると、かなり難しいかもしれませんので。小笠原一尉、私はこれを担いで全国行脚の旅に出たいのですが」

「つまり、それを使って各地で魔導適性のある人を選抜するということですか。でも、それはあなた自身が行う必要はないのでは?」

「この魔導具の起動には、私の魔力を注ぎ込む必要がありますし。なによりも他人任せにして、適性がないものがこっそりと選ばれるようなことはあってはならないと思っていますので。ほら、さっきのナントカ議員の息子さんなんて、後ろから圧をかけて何かしてきそうですから」


 そうですよ。

 私の部下になる人材を見つけるのですから、私自身が審査を行わないでどうするというのですか。

 そのためにも、全国行脚の旅を許可してください。

 もう、事務仕事でここに閉じこもっていると、空も満足に飛べないのですから。

 休暇申請は受理されるので、毎週日曜日にはツーリングと称して空の旅を楽しんではいますけれど、魔法の箒で全国を飛び回ってみたいじゃないですか。


「うーん。とりあえず、北部方面隊総監部に申請をする必要があるわね」


 そう呟いてから、小笠原一尉がなにやら書類の準備を開始。

 10分ほどで一通の書簡を用意すると、私にそれを手渡しました。


「では、これをもって総監部へいってきて。あとは向こうで処理してくれると思うから」

「はい……って、あの、総監部ってどこにあるのですか?」

「道路を挟んで向かい。あの旗がなびいている建物が総監部だからね……って、敷地内施設の説明をした時に話してあったはずだけれど」


 はい、きっぱりと忘れていましたよ。

 そもそも、そこは私のような下っ端がいっていい場所ではありませんよね?

 

「はい、行ってきます」


 あとはもう、流れに身を任せて総監部へ。

 受付の事務員に書簡を手渡して、そのまま応接間へ移動。

 北部方面隊総監である畠山陸将の待つ部屋へと連れていかれましたが。


「よく来たね。君がこの北部方面隊に配属されて以来かな……」

「はい」


 余計なことは言わない。

 それが人付き合いをうまくスムーズに進めるコツ。

 異世界で学んだ処世術です。


「さて、この書簡は拝見させてもらったよ。君の部下を選抜することについての私見だが、君の思うようにやりなさい。縁故とかしがらみとか、そういうものは一切考える必要もない。君にとって必要な人材をそろえればいいから……」

「はい、ありがとうございます」

「とはいえ、全国各地を旅するというのもいささか問題がある。それでは時間がかかりすぎるので、各部方面隊総監部のある地域に限定して行うように。こちらから詳しいスケジュールを調整し、そののち小笠原一尉に連絡するので……以上だ」


──ビシッ

 敬礼。

 そして踵を返して部屋から外に出ようとしたのですけれど。

 

「ゴホン……ちなみにその測定器を使えば、私の魔導適性もわかるのかな?」


 少し照れながら問いかけて来る畠山陸将。

 うん、どうやら近藤陸将補と同じですね。

 やっぱり異世界の恩恵、魔術については興味があったようで。

 すみやかにその場に魔導計測器を取り出して設置し、わくわくしている畠山陸将の魔導適性を測ってあげました。

 結果は推して知るべきということで、それでも近藤陸将補よりは高かったので満足そうでしたよ。


 〇 〇 〇 〇 〇


──千葉県船橋市

 私が申請した魔導適性者選抜試験、そのための準備として、一時的に第一空挺団へ出向という形でやってきました。

 

「うん、三か月ぶりかな……随分と元気そうだね」

「はい、近藤陸将補もお元気そうでなによりです。それで、今回の私のお願いを聞き入れて頂いて、ありがとうございます」


 習志野駐屯地を訪れた私は、すぐさま陸将に面会を求めました。

 そして一通りの挨拶や説明事項を行った後、明日から始まる選抜試験の注意点などを全て説明。

 

「つまり、この巨大な柱時計に手を当てるだけで、魔導適性を測ることが出来るのか……」

「ええ、試しに触れてみますか?」


 そう問いかけると、近藤陸将補も恐る恐る鏡面部分に手を触れます。

 すると針がゆっくりと動き、文字盤の126という部分で停止しました。


「おお、これはすごく上がっているのか?」

「いえ、126はつまり、適性値0.126。おめでとうございます、0.001ほど上がりましたよ」

「……それは、喜んでいいのか?」


 うーん。

 どうして上がったのか、その理由ははっきりとわかりませんが。

 その日の体調や環境補正で0.001から0.01の範囲での誤差は生じることがあります。

 

「まあ、誤差ですね。ですが基礎訓練を行えば、もう少しは上がるとは思いますけれど……それでも必要数値である1.0までは程遠いかとおもいます」

「あ~、分かったわかった。では、明日からの審査、よろしく頼むよ」

「はい、それでは失礼します」


 ビシッと敬礼して指令室から立ち去る私。

 このあとは夕方まで自由時間なので、検査会場のチェックとダミーで用意した検査用紙の確認を行います。そのために事前に運び込まれた公民館へと向かいますと、すでに派遣されていた二等陸士や三等陸士が、事務官のみなさんと念入りに確認を行っていました。


「ご苦労様です!!」


 事務官の方の言葉と同時に、作業をしていた陸士の方々が立ち上がって敬礼しますが。

 うん、私もしっかりと敬礼しますよ。


「はい、ご苦労様です。状況はどうですか?」

「すべての作業は完了です。今は、明日の本番のための予行練習を行っているところでした」

「なるほど……では、あまり無理をし過ぎないようにしてください」


 それだけを告げて、あとは会場を巡回。

 

「とほほ……やっばり年上の人に敬礼されるのは慣れないよぉぉぉ」


 階級は私が上であり、且つ、レンジャー持ちということで皆さんの関心の的となっています。

 そもそも空挺団に配属になって色々と実地訓練を受けたのち、異邦人フォーリナー特権で昇進した私には、どうしても羨望のまなざしと嫉妬が集まっているのですから無理もありませんでしたよ。

 そういう輩は空挺団では実力でねじ伏せてきましたけれど、平時の札幌駐屯地や出向先で年上の人に敬礼されるのは慣れませんってば……。

 その上、数年後には幹部候補生にするとか言いやがりましたからね、あの陸将は。

 そんなこんなで会場を巡回していると、見慣れない人たちが廊下をうろうろとしています。

 まあ、和室と歌謡室の貸し出しもしていてますから、そっちの関係者なのでしょうけれど。


「あ、やっべ!!」


 そして私を見て一言呟いて逃げましたが。

 なにがやばいのでしょうかねぇ……魔力をマークしておきますか。


──キィン

「対象者の魔力をマーキング。魔法地図にて追尾をお願いします」


 素早く人差し指を回して術式を展開。彼らの持つ魔力波長を魔法地図という術式とリンクさせて追跡開始。あとは私が地図を展開したら、登録した魔力は光る点として表示されますから。

 それにしても、一体何者なのでしょうかねぇ。


………

……


 翌朝。

 午前8時、私は現地入りしました。

 そして会場入り口に、柱時計型計測器を設置。

 会場に入る前に、手続きが終わった方から順番に鏡面部分に触れさせるようにと担当にも指示を出して、私は魔力を注いで稼働させます。


──ポッポーポッポー

 はいはい、私の魔力に反応していますか。

 

「それでは、ここの担当はよろしくお願いします。手順としては受付で書類を確認後、ここで計測器に触れてから中で必要書類に記入、あとは用紙の右上にある魔力印に指をあてて終わり。その書類を回収後、後日返事を返すということで間違いはありませんね?」

「はい。如月三曹は監督ですので、会場もしくは計測器の近くで待機してください」

「了解です。それではよろしくおねがいします」


 敬礼のち移動。

 まあ、開場は午前9時からなので、今のうちに空腹を紛らわせるために控室に戻っておにぎりを頂きましょう。

 そして時間がくるまでのんびりと待機していますと、やがて開場になったという連絡が届いたので急ぎ持ち場へ。


「……これはまた、予想外ですね……」


 集まっている人たちは、現役自衛官だけではありません。

 すでに退役した自衛官たちも集まっていますし、なによりも『書類選考』を通過した民間協力者や普通の社会人まで集まっていますから。

 ええ、この魔導編隊所属審査は、一般からも広く人材を集めています。


 ここでの検査をクリアした人は、このあとは第一空挺団に所属すべく陸上自衛隊に配属されます。

 すでに『狂っていやがるムキムキマッチョメン』たちが、習志野演習場で拳を鳴らして待っていますよ。魔力だけで編成されるとは思わないでくださいね……っていうことも、手渡す書類に書いてありますから。


 そんなこんなで多少の混雑はあったものの、この検査で受かっても陸上自衛隊所属だからね、魔導編隊に正式採用になるためには空挺団に所属しないとだめだからね、という説明を幾度となく繰り返しているうちに、気が付くと夕方4時。

 あと30分で最終受付も完了というところで、3人ほどの青年が受付にやってきたようです。


「ご苦労様です。こちらが書類ですので、そちらの計測器に触れてから、会場で書類を確認。必要事項を記入の上係員に提出してください」

「なるほどねぇ……あ、これ、受付に渡すように言われてきたので」


 3人組が書類を受け取ってから、受付に何かを手渡します。

 そして計測器に触れることなく中に入っていったので、あの三人は自動的に失格ですなぁ。


「如月三曹、こちらを」

「へ? 私に手紙なの?」


 受付の女性が困った顔で、先ほどの三人の渡してきた手紙を持ってきます。

 そしてその場で手紙を拝見すると、3人の衆議院議員の連名で、『手紙を持ってきた3人に対して便宜を図るように』と書いてありますが。


「ふぅん。この議員って阿保なのかなぁ……こんな分かりやすい証拠を残すなんてさ」

「まあ、二世議員ですから。そもそも親の七光りで議員になったような人ですし、その息子だってこんな感じてすよ……」

「うわ、辛辣……って、あれ? この名前って?」


 ええ、書いてあった議員のうち、二人は国際異邦人機関にアドバイザーとして登録されている天下り議員と同じ名前ですなぁ。

 いやあ、親子三代で腐敗しているとは、なかなかやりますなぁ。

 そんなことをニヤニヤと笑いつつ考えていると、会場外でカメラを回している報道関係者がいらっしゃいます。

 

「あれは?」

「地元のテレビ局ですね。会場内の撮影は許可していませんでしたけれど、外の撮影は許可してあります。まあ、広報を通していますので問題はありませんけれど」

「あ、そうなのか。それじゃあ挨拶でもしてきますか」


 受け取った手紙を仕舞い忘れて、私はそれをひらひらと持ったまま外に出ます。

 そしてこちらに頭を下げているディレクターに軽く一礼しますと、ご苦労様ですと一言だけ。

 あ、カメラは回っていたのですか。


「あの、如月三曹、一言よろしいでしょうか」

「そうですね。私がインタビューに答えることについては広報を通していないので。ほんの少しだけ……本日はご苦労様です。お陰様で大勢の方がいらっしゃってくれました。この中に、未来の魔導師がいるかもと思いますと、何故かわくわくしてきますね」

「そうですね。ちなみにですが、如月三曹から見て、魔導師に慣れそうな方はいらっしゃいますか?」

「それはまだわかりませんが……そちらに設置してある計測器に触れるだけで、ある程度の魔導適性は図ることが出来ます。そのあとにつきましては、陸上自衛隊に所属してからの話ですから。誰でも簡単に魔法が覚えられるわけではありませんので、その部分だけはしっかりとご理解いただきたいとおもいます」


 あら、偶然ですけれど、手紙の文面が表向きになっていましたか。

 これだとカメラに映ってしまいそうですね、いけないいけない。


「あの……そちらの手紙は重要書類では?」

「おおっと、受付に届けられた手紙を持っていたのを、すっかり忘れていました。これは大変ですね」


 大慌てで手紙をしまうと、ディレクターがなぜか苦笑しています。

 うん、カメラ越しにですけれど、全て見えたのでしょうね。

 これは、今日の夜のYouTubeやTwitterが面白いことになりそうですなぁ。


「それでは本日はこれで失礼します……と、そうそう、撤収作業中も計測器はおいておきますので、気になるようでしたら触れてみても構いませんよ? あの鏡面部分に触れれば魔導適性値を表示されますので、片付けまではご自由にどうぞ」

「はい、ありがとうございます」


 ということで、あとはニコニコ笑顔で会場へ。

 そして定時になって片づけを始めると、無線で近藤陸将補から連絡が届きましたが。


『如月三曹、撤収作業終了後に、習志野駐屯地まで出向するように』


 はい、近藤陸将補は激オコ状態ですね。

 どうやら、あの手紙とか文面が、Twitterとかに上がっているのかもしれません。

 それじゃあ手紙はアイテムボックスに収納して、私は撤収作業を始めるとしますか。

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