Hit me baby one more time(もう一度殴ってよベイビー)
私が地球に帰還して、早一ヶ月。
その間、様々な出来事がありました。
まず、国連総会で私の事が報告され、世界初の魔導師の存在が明るみに出ました。
そのあとは諸外国から私に協力を求める声が集まっていると、異邦人機関日本事務局から連絡が届きました。
それと、国際異邦人機関日本事務局は私の飛行許可をどうにか取るために必死だったようですが、魔法の箒などというふざけたもので空を飛ぶなどあり得ないという反対派により、私の飛行許可は取り消し。
それだけでなく、私の持っている魔法について全て情報開示しろかと言い始めましたので、異邦人機関に『アメリカに引っ越します、さようなら』って手紙を書きました。
それで沢渡事務局長が北海道に飛んできて、今、私のうちの応接間で土下座しています。
「この度は、誠に失礼いたしました……」
「あの、いきなりやってきて、いきなり土下座をされても困るのですが。何があったのでしょうか?」
全くと言っていいほど事情がわからないので、まずは沢渡さんには普通に座ってもらいます。
「いえ、如月さんが
「はい、お断りします。それでは短い付き合いでしたがありがとうございました」
話し合いはこれで終わり。
さーて、スティーブに連絡を取ってもらってアメリカに引っ越す準備をしましょう。
家族を放って一人でアメリカに行くのかって突っ込まれそうになりますけれど、別に、【次元の扉】を構築すれば晩御飯を食べるのに帰ってくることも簡単ですからね。
「お待ちください!! それでですね、私のツテを頼って裏技的にではありますが、国内での飛行許可を取れるように相談をしてきたのですよ。これがその書類です」
──ガサガサッ
大慌てで鞄の中から書類を取り出すと、テーブルの上に並べていますが。
「これは?」
「はい。法を曲げてまで飛行許可を取る必要はなく、正式に法の範囲内で飛行できるようにしたのです」
「ふぅん……」
一番上の書類を手に取って確認します。
『陸上自衛隊・第一空挺団・入隊マニュアル』
そう書かれた書類が目の前に。
つまり! この私に陸自に入って第一空挺団に所属しろということですね。
「あの? 私は空を飛びたいのに、何故に陸上自衛隊なのですか? 空なら航空自衛隊では?」
「ええ、その通りです。ですのでこちらの書類が、航空自衛隊飛行群飛行隊についての説明書になっています。この二つの組織のどちらかに所属してもらい、新たに編成される『魔導群魔導部隊』を率いてもらえるならば、任務ということで飛行許可は……」
「はい、ちょっとアメリカに引っ越す手続きがありますので、本日はこれにて失礼します」
「お待ちください!!」
無茶を言っているのは理解できますが、だからと言って最初の約束を反故にした挙句、空を飛びたければ自衛隊に入れなどと言ってくる日本政府に従う義理なんてありません。
「もしもこれ以上我儘を言うのであれば、貴方の異邦人登録は停止されます。そうなると収入その他も厳しくなるのでは?」
「はい、スティーブに連絡を取ってもらい、向こうの中央情報局にでも雇ってもらいますよ。ついでにアメリカ国籍も修得しますし、そうすれば国際異邦人機関アメリカ事務局に所属するだけですから。まあ、飛行許可が出るのならばということにもなりますけれど」
「一つ教えてください。どうして、そこまで空を飛ぶことに執着するのですか?」
え?
だって、空を飛ぶって気持ちいいのですよ?
それも魔法の箒一つで自由に飛ぶなんて、普通の人では経験できませんからね。
「空を飛ぶのが好きだから……かなぁ? あとは、魔法もなにもないこの地球の空を、独り占めできるから……というかんじですね」
そもそも、私が異世界で最初に解析できた古代魔法が【飛翔術】です。
それ以外の基礎的なものは一通り学んですぐに身についたのですけれど、この飛翔術は私がずっと古代の魔導書を解析し、今の時代に蘇らせることができた秘術なのです。
そこから始まった、空を制するための様々な魔術の再生。
この私が向こうの世界で【空帝ハニー・ビー】と呼ばれていた理由もそこから来ました。
戦闘地域に高速で飛来し、蜂の一撃のごとく敵を瞬殺する。
巨大なドラゴンすら一撃で屠るという伝説の魔蟲、『ストライク・ビー』。それにちなんで『空帝ビー』というあだ名がついたのですけれど、女性だから蜜蜂、ハニービーの方が可愛いということで【空帝ハニー・ビー】という称号が授けられました。
それをスティーブが、昔懐かしいアニメみたいだって言い始めて【空帝ハニー】って省略して笑っていたのですよ。その方が呼びやすいしわかりやすいって言うことで、王宮魔導師団でもその呼び名で統一されましたから。
まあ、本当の理由はもう一つあるのですけれどね。
「そ、そんな……それでは私はどうすればいいのか」
「まあ、どうしてもと言うのでしたら、空挺団でも飛行群でも構いません、私が任務以外に自由に空を飛ぶ許可もしくは航空法に追加で補足を加えてください。それならば、海外移住は考え直します。それが出来ないのならアメリカに引っ越します」
「ありがとうございます!!」
最初の約束を反故にされた挙句、逆に組織に取り入ろうなどど勝手なことを考えている日本国に対しての当てこすりとも言えますが。
ここは引きません。
沢渡さんは、さっそく防衛庁へ向かい、今の案件を提示してみると言うことになったようですが。
そもそも、国際異邦人機関日本事務局って、【天下り専用事務局】って言われているそうですからね。
兄貴がその辺りを詳しく調べてくれましたよ、私が所属を断ると規模縮小だけでなく、そこに所属している役員にも厳罰が下されるって話してくれましたよ?
「ふぅ。こういう時こそ、空を飛んで気晴らしをしたいところだよなぁ……」
そう思ったら即、実行。
魔導師の服装に換装して姿を消すと、壁を透過して外へ。
あとは魔法の箒に乗って、一気に高度を上げる。
雲を突き抜け、更に上へ。
飛行術式により発生する結界により、高高度でも呼吸が苦しくなることはないです。
なによりも空気は魔法で生み出せるので、呼吸困難にもならないのですよ。
そしていつしか、高度25000メートルの成層圏へと到達。
「うわぁ……」
地平線? そんな感じの場所がはっきりと見えます。
地球と宇宙の繋ぎ目が青白く輝いていて、そこから下が地球、上が宇宙だって改めて実感できました。
「あっちの世界じゃ、こんな風景は見えなかったからなぁ」
異世界では、この高さまで飛ぶことができなかった。
雲の上には天界と呼ばれる神々の頂があって、そこから上には人は向かうことが許可されていない。
そもそも、天界に飛んで行くことができたのも私が初めてだったらしく、神様が驚いていましたからね。掴まって説教され、雲より高く飛ぶなといわれて追い返されたのも良い思い出です。
「うん、どうしょうかなぁ……」
このままスティーブたちに相談して、外国に引っ越すのは簡単。
でも、そうなったら今度は、家族にも迷惑が掛かるかもしれない。
だからといって、私のこの能力を他人に好き勝手されるのも嫌。
そういうのはあっちの世界の悪役貴族を相手にして、うんざりさせられたので。
「ふぅ、それじゃあ、佐渡さんの報告を待つとしますか……」
そうだね。
彼だって、私と日本政府の間に板挟み状態だからね。
いつまでも子供の我儘に付き合わせる必要もありませんよね。
「ん……ラッキーピエロにいってきて、ハンバーガーを買って帰ろうかな」
そうと決まれば高度を下げて。
飛行中の航空機がいないことを確認しつつ高度は150メートルまで下降。
無人飛行機、つまりドローンの飛行高度限界がこの高さだって兄貴が教えてくれたので、それに合わせて飛んでいく。
まあ、ラッキーピエロが見えてきたら着地して、そのまま買い物をしてまた飛んで帰るだけだからね。
有人魔法の箒での飛行による法律違反なんて存在しないからさ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──そして七日後
朝。
私の家の応接間で、沢渡さんが土下座しています。
「はぁ……今日は一体、何があったのですか? 沢渡さんの土下座はもう見飽きたのですが」
「先日の件ですが。あれから何度も内閣府異邦人対策委員会で検討に検討を重ねてきた結果として、如月弥生さんには防衛省陸上自衛隊第一空挺団所属が適切であるという結果になりましてですね……その、飛行許可その他につきましては、こちらの資料を基にご確認いただけると幸いなのですが……」
提出された書類。
そこには、まず地上から高度4.3メートルまでの飛行制限、且つ一般公道での飛行許可が記されています。
そして公道以外での飛行許可については、航空法第132条に付加条項として『魔導による有人飛行の制限』というものが追加。ぶっちゃけるとドローンと同等の飛行制限に加えて、通信機器などを搭載した場合は一般航空機と同等の条件として許可するといったことが記されています。加えて、『異邦人登録者』はカテゴリーⅢまでの飛行許可を『申請の必要なく』行うことが出来るという……。
うん、カテゴリーとかそういうのについてはちんぷんかんぷんなのですけれど。
「つまりは、簡単に説明していただけますか?」
「如月さんは、陸上自衛隊第一空挺団にあらたに併設される魔導群に所属、そこで独自の部隊を編成して任務にあたってもらう……という名目でならば、飛行許可を出すということになっています。また、そのためにはいくつかの免許を修得してもらう必要があるので、約半年間の訓練に参加してもらうことになりますが」
「ほほう……それってつまり、私に陸上自衛隊に入れということですか」
先日受け取ったマニュアルで、空挺団についての基礎知識は頭の中に網羅しています。
そのうえで、私に適性がないことも理解しています。
「ですが……その……」
「はい、私の身長ですね。規定では161センチとなっていますけれど、私の身長は152センチ、確かに9センチほど足りませんけれど……」
右手でクルリと魔法陣を描く。
これは自身の体の形状を骨格レベルで変化させる術式、これによって私は一時的に身長を自由な大きさに変化することができる。
今は沢渡さんの目の前なので、少しだけ大きくする程度ですけれど。効果時間の延長を行うことで、ほぼ固定することも可能です。
「ま、まさかとは思いますが、それも魔法ですか……」
「はい。これでクリアできますよね。恐らくは私の入隊資格が満たされていないとか難癖付けて時間を引き延ばすとか、そういう搦め手だったのでしょう?」
そう問い返すと、沢渡さんが懐から取り出したハンカチでにじみ出る脂汗を拭い始めます。
どうせ、背が伸びたら入隊可能だから、それまで待って欲しいとか、そういうことだったのでしょうね。
「い、いえいえ、とんでもない」
「まあ、そういうことにしておきますね。では、登録をお願いします」
ということで、私は二つ返事で陸上自衛隊に入隊することにしました。
そこからは一時的に千葉県船橋市に引っ越し、まずは陸上自衛隊の教育課程を経験し、そこから空挺訓練生に編入。そこから幹部特技課程および初級陸曹特技課程というものを受けることにより、ようやく第一空挺団『魔導編隊』という部署に配属が決定しました。
ここに至るまで、紆余曲折の日々がすぎさりましたよ、ええ。
いつのまにか私が戻ってきて最初の冬が訪れ、そして雪解けて春となり、私は正式に空挺団への配属。
この間に必死に取った免許の数々、加えて航空学生と共に学んだ空に関する基礎知識の数々。
所属が陸上自衛隊であるがゆえに、戦闘機の訓練はありませんし飛行教育隊への正式な編入もありません。そのため私は戦闘機の操縦はできませんけれど、魔導飛行許可ということで唯一無二の『深紅のウイングマーク』という航空徽章を得ることができました。
ウイングマークとは、パイロットに与えられる飛行免許のようなもの。
これを所持しているということはすなわち、ようやく自由に空を飛べるのですよ。
そして無事に配属が決定。
私の勤務地は船橋の空挺団ではなく、何故か『北部方面隊・札幌駐屯地』。
本来ならば船橋の空挺団配属の筈ですが、どうにもこうにも政治的理由で私を首都圏およびその近郊に置くには危険であると判断されたらしく。
加えて、私が育った北の大地ならば、同じような環境で新たな魔導師を育成できるのではという話にもなったとか。
「まあ、ぶっちゃけるとですね、防衛省としては
淡々と説明してくれる、第1空挺団長兼習志野駐屯地司令の近藤勇二陸将補が、私の配属の際にそう説明してくれました。
へんに誤魔化されるよりも、この人のようにぶっちゃけてくれると非常に助かります。
それに
これはつまり『変にへそを曲げられて外国に行かれないよう』にするための決まりだとか。
「はい。如月弥生三等陸曹、北の大地にて任務にあたります」
「よろしい。まあ、君の扱いについてはかなり政治的な干渉もあり、同期に陸自に配属になった者たちからもやっかみとかはかなりあったのだけれど。それらをすべて『実力』で排除したのだから、その階級については誇ってくれて構わないよ。空挺団所属ということもあり、かなり強引なスケジュールで訓練を行ったのだが……そもそも、学科および体力検定98点というのは前代未聞に近いからね。空の怖さと楽しさを理解している君ならば、きっとこの先も活躍してくれると思う……まあ、我々が活躍する事がない平和な時代を望んではいるのだけれどね」
うんうん。
戦う技術なんて、平時には必要ありませんからね。
地球ではダンジョン攻略もなければ、モンスタースタンピードも発生しません。
いきり貴族によるクーデターなんていうものも、この平和な日本では存在しませんから。
「はい、肝に銘じておきます」
「よろしい。それでは如月三等陸曹、貴方の今後に期待しています……と、ここまでで本日の任命式は終了なのだが……その、わしは魔導について適性はあるのかな?」
こっそりと私の近くまで歩いてきて耳打ちしてくれます。
正直いいますと、地球人には魔導適性はありません。
世界樹が大地のマナラインから魔力を汲みだし、それを大気中に放出するというあっちの世界で当たり前のシステムが存在しないから。
その代わり、地球には似たような存在として『龍穴』『龍脈』『レイライン』といった星の力の脈動が存在します。
これがマナラインと非常に近い性質であり、異世界から戻って来た私は、ここから力を得て魔法が使えるようになっています。
まあ、魔法陣でコンバーターのようなものを構築して変換しているのですけれど、変換効率もそれほど悪くはないので、どうにか賄えているレベルですね。
そして目の前の陸将の魔力適正については、私は簡単に鑑定する事が出来まして。
「そうですね……魔力適性値0.125、悪くはありませんけれど魔導適性があるかどうかということについては皆無といったほうが良いかと」
「そうか、それは残念だったな……ありがとう」
そう告げて敬礼する陸将に、私も敬礼を返します。
これで船橋でのすべての訓練課程は終わり、私は晴れて北の大地にお引越しとなりました。
さらば第一空挺団、ありがとう同志のみなさん!!
パラシュートなしで飛行降下訓練に参加して空を飛んで全力で怒られたことも、迫撃砲の実弾射撃訓練で『必中の術式』を組み込んで怒られたりした日々は忘れません。
ええ、魔法で訓練を簡単にするなとも怒られましたし、ちゃんと銃を使って射撃しろとも怒られましたよ。マジックミサイルの方が効率がいいので、それを銃に付与して管理課の人に怒鳴られたり。
サバイバル訓練時に魔法で姿を消して怒られたり、最後の訓練であった統合行動では期間中飲まず食わずでもケロッとしていましたから。
冬季レンジャー過程では、訓練中に遭遇した羆を無手で蹴散らしたり……というか、あれは偶然の出来事でしたから、素直に羆を宥めて巣穴に帰るように促しただけですからね。
はあ、そういえば『特殊作戦群』の参加も促されているようでしたけれど、私の場合は有名になり過ぎてしまったので、任務に支障があるとかで保留だそうで。
『もう帰ってくるな!』
『北の大地に埋まっていろ!!』
『次の任務では、背中に気を付けろ!!』
といった垂れ幕を下げての盛大なお見送り、ありがとうございます。
なるほど、別名『第一狂っている団』というだけあって、気合が入っている方々も多かったですよ。
だから私も、手を振って見送ってくれている同志の皆さんに向かって、親指で首を掻っ切ってから地面に向けて親指を力いっぱい下げてあげました。
「今度会ったら、空から眉間をうち抜きます!」
「やれるものならやってみろ、このくそビッチ!」
「せいぜい夜道に気を付けろよ!!」
「次の合同演習を楽しみに待っているからな!」
「お土産は白い恋人を頼む!」
はいはい。
これ以上ここにいると別れがつらくなるので、これで失礼します。
最後は正門から深々と頭を下げて、そして敬礼。
さて、一週間の休暇ののち、北海道での仕事が始まりますよ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます