Livin’ On A Prayer
つい先日発覚した、4人目の
それは日本だけでなく、全世界を震撼させた。
半年ほど前から出現し始めた3人の異邦人、彼らの口から発せられていた4人目の存在。
表には出されていなかったものの、国際異邦人機関では、スティーブたちから4人目の正体は【日本人・如月弥生・17歳・女性】というところまでは確認できていた。
だが、それが表に出ることで生じるであろう混乱を防ぐため、機関上層部のみがこの事実を秘匿、隠密裏に如月家には監視がつけられていた。
そして監視員からの報告により彼女が無事に帰還したことが報告されると、すぐさま国際異邦人機関・日本支部にも連絡が送られた。
その直後、内閣府関係者が召集され対策会議が行われることになると、当面の間は彼女の存在については秘匿。今後のことについては出来る限り彼女の意思を尊重するという方向性で、会議は完了したのだが。
「誰だ、如月弥生のことを公言した奴は!!」
彼女が帰還した日の夜。
Twitter上には『日本人初の異邦人、無事に帰還する』という見出しと共に、様々なネットニュースで彼女を取り上げている記事が公開されていた。
なお、それらの記事については早急に削除要請が行われ、昼前にはネット上からは消滅したのだが、一度でも流れた噂は留まることを知らず、一部では彼女のデータについて個人の特定まで完了しているという状況になっていたという。
………
……
…
──そして、翌朝
なんだか、家の外が騒がしい。
ざわざわとした声とも騒音ともつかないものが聞こえているし、階下ではお父さんたちの怒鳴り声のようなものも聞こえてくる。
うん、何かが起こったことは理解しているし、この騒動の元凶は兄貴の投稿したTwitterだろうという予測もついた。
それなら、窓の外に大勢の人が集まっているような雰囲気は、紛れもなく報道関係者でしょう。
つまり、このカーテンは空けてはいけない、それでオッケーだね。
「はぁ……
右手人差し指を立てて、空中に小さく魔法陣を描く。
三織は外部から【視覚】【聴覚】【嗅覚】の三つの感覚を遮断する結界で、これをとりあえず自室に張り巡らせる。
──キィィィィン
やがて部屋全体が虹色に輝き、そして小さな魔法陣が上下左右すべての壁と床、天井に広がっていった。
「まったく……これじゃあプライベートなんてないも同然じゃない」
急いで着替えて一階へ。
そしてダイニングテーブルについて、テレビのニュースを見ると。
どのチャンネルも『日本初の異邦人』とか、『新たな異邦人は魔導師』とか、とにかく特番の雨あられ。しまいには『現地の榊原さーん、今、どのような状態ですか〜』などと、うちの前で私が姿を現すのを待っているようですが。
「……あれ? お父さんは?」
「とっくに朝食を摂って仕事に行ったわよ? お兄ちゃんはまだ寝ているようだし……本当に困ったわねぇ」
ふぅん。
この元凶を生み出した兄貴はまだ寝ているのか……って、よく見たら電話のコードも抜いてあるし。
「はぁ、これは私が出ていかないと落ち着かない感じだよねぇ」
「それもそうだけれど、弥生って随分と落ち着いているのね? これだけ外が騒がしくなっているのに」
「そりゃそうよ。スティーブたちと一緒に修行した日々も、こんな感じだったからね。異世界から来た大魔導師っていう噂があちこちに流布されて、魔法の勉強中だっていうのに連日のように貴族の屋敷に招かれてパーティ。しまいには王城で晩餐会やら、隣国の使者が来て是非とも我が国を救ってほしいとか……うん、あの時の煩わしさに比べたら、日本って平和なんだなぁって思うよ」
そりゃあ、言うことを聞かないと、どうなるかって脅されたこともあったし……闇ギルドの暗殺者に命を狙われたり隣国のアホ皇太子に隷属させられそうにもなったし。
あの波瀾万丈な日々に比べたら、ニュースで馬鹿騒ぎしているレベルなんて平和なものよ。
「さて、それじゃあ出掛けてくるね」
「出掛けるって、どこ……あら?」
――シュンッ
アイテムボックスの効果で、私は中に収められている装備を瞬時に装着することができる。
【換装】っていう効果らしく、今の私は【ベヒモスの魔導帽子】と【真偽の眼鏡】、【影竜のローブ】【ミスリルスーツ】を装着している。
そして右手には、魔法の箒。
この魔法の箒が、私の作った魔導具の最高傑作のひとつ。
アンデットドラゴンの翼骨と精霊樹の枝を素材として一年かけて作り上げた箒で、なんと空も飛べる。
あっちの世界では魔法による飛行技術は古代魔法に当たるらしく、すでに廃れていて理論も何も残っていなかったのよ。
それを私が解析して、一から魔導理論を構築。この魔法の箒が完成したっていうわけ。
ということで、向こうの世界での私の標準装備に着替えたので、あとは空を飛んでいくだけ。
「うん、国際
「あら、そうなのね。それじゃあ気をつけて行ってきてね」
「はいはい」
さて、それじゃあまずは【透明化の術式】で姿を消して。
次は【透過の術式】で家の壁をすり抜けてから、外で魔法の箒に横坐り。
地球の建材は魔力が浸透していないから、簡単にすり抜けることができましたよ。
私の予想通り、外では中継車が大量に路面駐車していると、大勢の人が集まって家の中を覗き込もうとしている。くっそ、ここは駐車禁止区域なんだけれど通報してやろうかしら。
「はぁ……それじゃあ、行ってきま〜す!!」
──ゴウゥゥゥゥゥ
一気に上昇して、飛行機の飛ばない低空で高度を維持。
あとはまっすぐに、東京方面へ移動。
「うん、風除けの結界も展開しているから、風で後ろに飛ばされることもなく安全安全」
スマホをぽちぽちとしながら、国際異邦人機関の場所も確認。
永田町付近にあることは理解したので、あとは速度をマシマシ時速240キロ。
これでも本来の性能は発揮していないよ、何が起こるかわからないからね。
「大体、五時間前後ってところか。まあ、そんなところか」
さて、無事に登録が終わるといいのですけれど。
こればっかりはどうなるかわからないからね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──永田町、国際異邦人機関事務局
異世界から帰還した者たち、通称【
当初は機関に登録した
現在の登録者は三名、未登録者一名。
このうちの未登録者がまさかの日本在住の女性であるなど、ここの事務局の職員は知る由もなかった。
『ラスト・ワン』と呼ばれている帰還者が先日発見されたというニュースを見て、朝から職員たちは今後の仕事についてマニュアルを引っ張り出しては確認作業に追われている。
取材申し込みの連絡もあったのだが、今の時点では未確認事項が多いため受けることはできないと、報道関係は全てシャットアウト。
責任者である沢渡事務局長を筆頭に、八名の職員が目眩すら覚えそうな大量のファイルの確認作業をしていたのだが。
──ピンポーン
玄関に設置されているインターホンが鳴る。
またマスコミかと、佐渡が頭を抱えつつ手元の電話を取り上げて対応する。
「はい、国際異邦人機関です。現在は新たに確認された異邦人の件について調査中です。詳しいことが分かり次第、公的機関より発表があると思いますので」
努めて冷静に。
そして朝から実に12回目の事務的対応をおこなったのだが。
『あの、先日、異世界アルムフレイアから帰還した如月弥生と申します。
そう受け答えする女性の声。
「おい、入口の映像を出してくれるか!!」
受話器の口の部分を手で押さえ、沢渡が大急ぎで職員に玄関の映像をモニターアップするように指示する。普段ならモニターはつけっぱなしだったのだが、あまりにマスコミが喧しいのでモニターの電源を落としていたのである。
そして電源が入りモニターに映ったのは、童話や物語で見るような魔女の姿。
そんな格好の女性が、箒を逆に持って立っている姿であった。
「こ、これってまさか本物?」
「後ろにはどこかの中継車がスタンバイしているぞ? マジかよ?」
「待って!まだ異邦人登録の画面を確認している最中なんだけれど」
それまでの喧騒から、まさかの異邦人襲来により騒ぎは一層大きくなるが。
沢渡は立ち上がり、近くの部下に応接室の準備を頼むと、自ら玄関へと向かって行った。
………
……
…
――ス~ッ
「ありゃ、時間切れかぁ」
目的の国際異邦人機関まであと20分の距離で、【透明化】の魔術が効果を失った。
私たちの世界・地球では魔力は限りなく希薄であり、私が使う魔法の効果や継続時間にも大きく影響しているらしい。
そして私の姿が実体化した瞬間、どうやら魔法の箒に乗って飛んでいる姿を誰かが見たらしく、眼下の街道には私を追いかけてくる人の姿が現れ始めた。
途中からは報道関係の車両も後ろから追いかけてくるようになったので、少しだけ速度を上げ、そのまま目的地である機関事務局の玄関前に着地。
そしてすぐさまインターホンを押すと、どうやら向こうでも私がくるのを分かっていたのか、すぐに対応してくれましたよ。
──ガチャッ
電子ロックが開く音、そして扉の向こうでオールバックの男性が立って頭を下げています。
「ようこそ、国際異邦人機関へ。まずは詳しいお話を伺いますので、こちらへどうぞ……それと、後ろの報道関係者、彼女は現在は私人であり個人情報およびプライベートは法によって保護されている。余計な取材やインタビューには一切答えるつもりがないので、では失礼する!!」
──ガチャッ
目の前の係員のような人が大きな声で叫ぶと、すぐに電子ロックで扉を閉じてくれました。
「それでは、こちらへどうぞ」
「はっ、はい!!」
案内されるままに、私は応接間へと移動。
そしてソファーに座って、改めて自己紹介。
目の前に座っている白髪交じりの壮年の男性は、この国際異邦人機関事務局長の沢渡塔矢というそうです。
「ではまず、あなたが異世界からの帰還者であるという事実確認から行います。まずはこちらの書類を確認ください」
そうして手渡されたものは、異世界アルムフレイアの文字で書かれた書類です。
内容はというと、勇者をはじめ私たちがお世話になっていた国や関係者の名前などが事細かく記されています。
「ははぁ、これはスティーブが作った書類ですね? 彼が向こうの世界で出会った人のことが中心に書き込まれていますし、何よりもここの部分、魔石の粉末をインクで溶かしたものでサインが書き込まれていますよ」
トントンと書類の最後の方の一文、スティーブの肉筆のサインを指差してそう問いかけます。
国家レベルで重要な案件などは、このように魔石に自分の魔力を組み込んだ粉末でインクを作り、それでサインを施します。
それを確認するための魔法もありまして、私は右手で小さく魔法陣を描くと、それを発動しました。
するとサインの真上に、彼の魔力波長を示す白い色で文字が浮かび上がってきます。
「こ、これは……」
「スティーブの属性は光、だから白い魔力波長で彼のサインが浮かび上がっただけですよ。ちなみに私の波長は虹の七色。【
そう説明しながら、指先で空中に文字を書き上げます。
本当は、もう一つの称号があるのですけれど、そっちは私にとっては黒歴史なもので……。
すると、書類の上に別の魔法陣が三つ浮かびあがり、そこにスティーブとスマングル、ヨハンナの姿が立体映像のように浮かび上がります。
「あらら、遠距離会話の魔法がこっそりと組み込まれているとは驚きですね。それも、この魔力波長はヨハンナさんの悪戯かな?」
ええ、これには私も驚きました。
まさか、確認書類に【遠距離会話】の術式が組み込まれていたとは予想外です。
恐らくは、ヨハンナさんの作戦ですね?
『よう、久しぶりだな、ヤヨイ』
『もう、あなたと別れてから半年になるのよ。元気だった?』
『俺たちは元気だ、以上』
『スマングルったら……相変わらず言葉が少ないわねぇ。という事で、そこに国際異邦人機関の責任者の方はいるかしら?』
「はいっ!! 日本事務局責任者の佐渡です。
突然のご指名に、沢渡さんが立ち上がって頭を下げています。
『彼女、如月弥生さんは紛れもなく4人目の
『という事で、俺たち3人が彼女が本物であることを証言する』
『早めに登録を終えるように頼む、以上』
「ありがとうございます。ちなみにですけれど、皆さんに会いに行くことって可能ですか?」
そう問いかけると、ヨハンナさんが顎に指を当てて考えています。
『そうねぇ……こっちの世界では、空間転移の腕輪が満足に動かなかったのよ。まあ、転移の術式は自分が行ったことがある場所にしか行けないから、無理もないけれどね』
『ヤヨイなら、いつものアレで飛んできたらいいんじゃないか? こっちの世界でも見せてくれるんだろ? 空帝ハニーと呼ばれた実力を!!』
『空中戦なら、ヤヨイの右に出るものはなかったからな。以上』
「うわわわわ、こっちの世界ではその名前で呼ぶのはやめて下さいよ。それは私にとっての黒歴史なのですから!! まあ、こっちで手続きが終わったら、一度、皆さんに会いにいきますので」
『そうね……ってあら? やっぱり魔力が希薄だと術式のノリが悪いわね』
──ザザッ、ザッザッ
魔法陣に浮かぶ映像にノイズが走る。
そもそも、この魔法陣だって完全じゃないよね? どうせスティーブがヨハンナに頼み込んで、私の教えた通りに試してみただけだよね? 空間から魔力を集める集積回路が歪なんだから。
「まあまあ、それじゃあまた!!」
『応さ』
『じゃあね〜。日本のお土産、待っていますからね』
『頑張れよ、以上』
その言葉を残して、魔法陣も消滅。
うん、こんなところでしょう。
「ということですので、あとはどの様な手続きが必要でしょうか?」
「そうですね、あとは登録書類の確認、写真撮影とサインをお願いします。こちらに国際異邦人機関に登録される
ふむふむ。
異邦人は、有事の際には国家の枷を取り払って世界平和のために協力すること……また、個人のためにその力を無闇に使わないように……。
異邦人はその身の安全を保障され、予算の中から活動協力費が支給されると。
え? 予算? 活動協力費?
つまり、お給料?
「あの!! ここの活動協力費って、私が頂けるのですか?」
「まあ、そうなりますが。日本の場合、登録された
「うっそ? 本当ですか?」
「まあ、そうですね……日本の場合、無許可で空を飛ぶ場合は違法行為となります。航空法に基づいた許可が必要になりますし、なによりも魔法での飛行など前例もありませんので」
クイッと眼鏡を直す佐渡さん。
はぁ、向こうの世界なら好き勝手自由に空を飛ぶことができたのに。
「あ、あの、低高度もダメでしょうか?」
「無許可ではねぇ……通信機も安全装置もないものが飛ぶだなんて前代未聞ですから」
「車やバイクのように道路上は?」
「免許、持っていますか? この書類に書いてあった年齢を鑑みるに、貴方が異世界に行った時は免許など持っていないかと思われます。そうですねぇ……今後の移動その他のことも考慮して、日本政府と掛け合ってみましょうか」
はぁ。
日本はやっぱり法治国家ですよ。
魔法で好き勝手に空を飛ぶことができないなんて。
アメリカとかは、民間人でも結構自由に飛んでいるイメージがありますよね。
「いっそ、アメリカに引っ越そうかなぁ……向こうなら自由に飛べるだろうから」
──ガチャン
突然、佐渡さんが手にした湯呑みを床に落としました。
「ちょ、ちょっと待ってください、空を飛びたいからアメリカに行く、今、そう話しましたよね?」
「ええ、まあ。そういう選択肢もありだよなって思っただけですよ。私、魔法の箒で空を飛ぶのが好きなもので。それが駄目というのなら」
「それはダメです!!!! 貴方は我が国にとって大切な存在なのですよ……よし、貴方の飛行許可をどうにかもぎ取れるように交渉しましょう、だからアメリカに移住なんて考えないでください、いいですね!!」
「は、はひ……。飛行許可が取れるのでしたら」
テーブルに前のめりになって、必死にそう告げる佐渡さん。
あまりの迫力に、思わず頭を縦に振ってしまったじゃないですか。
このあとは先ほどよりもピリピリした空気の中、写真撮影と書類の確認、サインなどを行い、午後2時には全ての作業が完了。
後日、私の自宅に書類が届けられるということになりまして。
なお、異邦人証明証は、即日発行されました。
機関が用意した証明書に私が用意した魔石を組み込み、そこに魔力波長を登録して全て終わりでしたよ。
「では、これで如月弥生さんの異邦人登録が全て完了しました。今後の活動その他につきましては、こちらから改めてご連絡差し上げますので……」
「はい、お手柔らかにお願いします」
「ですから、間違ってもアメリカ移住など考えないようにしてくださいね。貴方が日本国籍からアメリカ国籍になろうものなら、私共機関職員が国会で吊し上げられるのですからね……」
「はぁ……そうですね。でも、魔法の箒での飛行許可が取れなかったら、私はアメリカに引っ越しますので、ここは譲れませんので」
もう証明書も登録も終わったので、堂々とこちらの要求を伝えます。
取ってしまえばこっちのもの、立場は逆転していますからね。
「ちょ、ちょっと待ってください、さっきと話が違いませんか?」
「いいえ? 飛行許可を取ってくれるというので登録しました。取れないならアメリカに行きます、何も間違ってませんよね? ではこれで失礼します」
立ち上がって頭を下げて。
あとは堂々と玄関に向かい外に出た瞬間。
──ワァァァァァァァ!!
大勢の人々の歓声と、大量のフラッシュ。
いくつものカメラがこちらを向いていますので、そのままス〜ッと透明化を発動して。
あとは箒に跨って上空と移動、空を飛んでとっとと帰ることにしましょうか。
あまり表には出たくありませんので、自宅でのんびりと過ごすことにしますよ。
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