第5話・Dancing Queen(自信をもってやるしかない)

 はい。


 撤収作業の最中に、生中継を見た近所の人たちが集まって計測器に手を当てていますが。

 確か会場撤収は17時でしたが、今の時刻は18時30分。

 依然として行列が出来ているので、ここは若い二曹に任せて、私は急ぎ習志野駐屯地へ。

 そのまままっすぐに陸将の元まで案内されて、部屋に入って開口一番。


「……まったく。いくら縁故採用に嫌悪感があったとはいえ、ああまで露骨なことをされると、クレームが届くのは目に見えているじゃないか。今、あの3人の親たちが緊急記者会見を行っていて、濡れ衣をかぶせられたって叫んでいるところだ」

「まあ、それなら監視カメラに残っている映像も映しましょうか。あの子供たちの顔も、手紙を渡すところも、まとめて映してありますよ?」


 これは受付で文句をいったり暴力を振るう輩が出ないように、保安のために私が用意させたものです。

 ほら、異世界じゃ貴族の罠で、この手のことはよくあったものでね。

 あとで言った言わないだのということにならないように、カメラは用意して貰ったのですよ。

 もっとも市販品ですけれど。


「はぁ、それも提出しなさい。それで、あの3人に適性があったらどうするつもりだったのだね?

「先に陸自に配属ですし、そもそも第一空挺団に入れるだけの根性があるとは思えませんが。あとはレンジャー徽章を得られるかどうか、そこまでまともに勤め上げられれば素質ありということですし。そもそも、あの3人は計測器にも触れていませんから失格です。上官の話も聞かないガキの面倒は見たくありません!!」

「……分かった、あとはこちらで処理しておく。さがってよし」


 おっと、おとがめなしですか。

 それはありがたいです。


「失礼します」


 敬礼をして部屋から出て。

 そのまま第一空挺団の詰所まで移動し、隊舎内の喫茶店に移動。

 のどかなティータイムを楽しんで気分を直してから、再び撤収作業に向かう事にしましょう。


 後日、私の元にもとある政治団体から謝罪要求の手紙が届いたのですが、受付から始まった一連の映像を流しながらの謝罪でよいのならと返答したところ、その翌日からは一切のクレームが届かなくなりました。

 それと同時にインターネットでも、あのテレビ中継の動画が次々と削除されたものの、やはり魚拓を取っている人は大勢いたようで、そちらの騒動が集結するのは今しばらく先になりそうです。

 余談ですが、私は減俸3か月の処分を仰せつかりました。

 名目は自衛隊広報部などの後方関係部所を通さないで、勝手に取材を受けた……ということでの処分である。

 まあ、それでも異邦人フォーリナー手当は自衛官になっても支給されるのでよしとしておこう。


………

……


 夏の暑い盛り。

 突然の事件発生により、習志野駐屯地から札幌駐屯地へと緊急要請が届いた。


「東京都心で、陥没事故ぉ?」

「ええ。新宿三丁目交差点を中心に、直径200メートルの陥没事故が発生。付け加えて陥没した空洞の底は視認できず、ガス管等のライフラインが切断されて周辺住民の避難誘導が行われていますね。現在は市ヶ谷駐屯地から陸自が出動し、周辺区域の避難誘導と封鎖を開始していますね」


 慌てて事務室のテレビをつけますと。

 ちょうどニュースでそのことが放送されていて、現在もなお、陥没空間に飲み込まれてしまった人たちの安否は不明とのこと。

 

「ということで、急ぎ第一空挺団と合流して。現地で即応魔導編隊の編成が行われるらしく、ヘリによる空洞内部への降下作戦も検討されているらしいから」

「ちょ、ちょっと待ってください!! ガス管が切断っていうことは、最悪の場合は内部にガスが充満しているっていうことですよね? そんなところにヘリで降下だなんて……って、私の出番かぁぁぁぁぁ」

「そういうこと。魔法によるヘリボーン作戦を行うそうよ。魔法なら、可燃性ガスの中でも平気なのでしょ?」


 いや、まあ、そうですねはい。

 あっちの世界でも、崩れた廃坑道からドワーフの抗夫さんを助けたことがありましたから。

 その時と同じか。いや、あれよりもたちが悪いですよ。


「それでは、如月三曹、習志野駐屯地に向かいます」

「到着予定時刻は?」

「全速力で15分」

「はぁ、現地の車両よりも早いわよ、それって……」


 ということで、赤いWINGマークを襟につけてから魔法の箒に乗って、超高速で習志野駐屯地へ。

 魔導編隊の登録隊員は私一人なので、今回は作戦行動を行うために第一空挺団の部隊による即応魔導編隊が結成されるそうです。

 そして計算通り15分で到着したので、まっすぐ第一空挺団詰所に向かい基地司令の元へ。


「お、遅……くはないか、ご苦労。早速だが、魔導編隊のブリーフィングルームに向かってくれ。すでに部隊編成は終わってているので、詳細は部隊長に聞いてくれ」

「了解です。ちなみに部隊長はどなたが?」

「君の敬愛する新堂二佐だ」

「ゴリ二佐ですね、急いで向かいます」


 やばいやばい。筋肉ゴリマッチョ新堂二佐が部隊長とはまたなんということ。

 慌てず騒がずブリーフィングルームに向かい机につくと、他の隊員たちも次々と室内へとやってきました。


「お、如月三曹、もうついたのか? 札幌からだよな?」

「ええ。物理的に飛んでくるので、ここまでなら30分もかかりませんよ」

「そりゃそうだ。ちなみに魔法の箒ってタンデム可能?」

「無理ですよ。そういう事態になったら、空飛ぶ絨毯を使いますから」


 はい、しっかりと持っていますよ異世界三大魔法使いの乗り物すべて。

 魔法の箒と空飛ぶ絨毯、そして最後は秘密です。

 あれはやばい、暴走すると危険ですから。

 他の隊員たちも室内にやって来たので、軽い雑談を交えつつ部隊長の到着を待ちます。

 

──ガラッ

 そして新堂二佐の到着と同時に全員が起立、そして敬礼。


「ご苦労。つい30分前、東京都知事から正式に救難要請が届いた。現場は新宿三丁目十字路を中心とした、直径200メートルの陥没空間。現在は陸自の特殊部隊が現場で調査を行っているのだが、空洞の底が全く見えないこと、周辺には破損したガス管から漏れていたガスがまだ滞留している可能性があることから調査は断念。これより即応魔導編隊を編成し空洞内部へ降下作戦を開始、内部調査及び陥没地域に存在する建物に残されているであろう怪我人の救助を行う」


 大型モニターに現場周辺の状況が映し出されると、その場の全員が息を呑んだ。

 陥没した空間、断層のようになっている部分には血のようなものもべっとりと引きずられている。

 おそらくは断層近くに居たであろう人が、そのまま地面によってすり下ろされたのであろう。

 そんな状況があちこちに見えているにも関わらず、上空から照らしたライトは底まで届くことはない。

 一体、どれだけの深さの陥没空間が発生したのであろう。


「如月三曹、二人乗りの魔法の箒はあるかな?」

「いえ、それはありませんが、大型の魔法の絨毯ならご用意できます。最大積載人数8名ですが、機動性が魔法の箒とは異なり、著しく低下します」 

「結構だ。では、如月三曹、武田二曹、一ノ瀬二曹、大越三曹の三名で降下作戦を開始、内部調査を行って欲しい。撮影機材の取り扱いは大越三曹が、周辺調査を武田二曹と一ノ瀬二曹で行い、如月三曹は魔法の絨毯の制御に集中してほしい。防爆照明と撮影機材の準備は出来ているので、細心の注意を払っていってきて欲しい。残りの隊員は周辺にて待機し、万が一に備えるように……以上だ」


──ザッ 

 一斉に部屋から出て、待機している車両に乗り込む。

 私は車両の後ろから魔法の箒で追従し、現場近くで合流。

 そして武田さん大越さん一ノ瀬さんの目の前で、魔法の絨毯を広げると、それに機材を乗せて巨大な空洞上空へと移動。

 すでに分断されていたガス管や水道管については元栓を閉じて供給が停止されているため、滞留しているガスへの引火による二次災害は回避することができるのですが。


「くっそ、上空の報道ヘリは何をやっているんだ……このエリアは撮影禁止になっているだろうが!!」

「どうせまた、帝都新聞か帝日放送の関係だろうよ……防衛省から正式に抗議がでるだろうさ。ということで如月三曹、もしも奴らがインタビューを求めてきても無視して構わないないからな。ユー・コピー」

「アイ、コピー。あの偏向報道の塊のような報道局なんて、相手する気にもなりませんよ。ということで飛行スタンバイオッケーです」

「了解。1930、これより作戦を開始する」


 その武田二曹の言葉と同時に、私は魔法の絨毯をゆっくりと浮かび上がらせると、そのまま新宿三丁目十字路のあったらしき地点へと移動、そこで高度を下げはじめます。

 大越三曹がカメラと連動している照明を使って内部を照らしていきますけれど、壁面は見えていても底は未だ漆黒の闇。

 唯一光っているのは、分断されて壁面に露出している地下鉄新宿3丁目駅構内から零れて来る光のみ。

 そちら側には陸自の特殊部隊が展開し、ロープによる撮影機材の降下準備を行っている最中です。

 私も万が一のことを考えて、魔法の絨毯を包むように『魔力の壁』を作り出し、同時に敵性反応がいないか確認するために『敵性感知』の魔法を発動します。


「魔法の絨毯を包むバリアと、敵性反応を示す探知魔法を使いました。今のところは何も反応はありません」

「オーライ。それにしても、一体何が起きたんだ? まるで垂直にがけ崩れが発生したようになっているな……自然災害とは思えないぞ」

「ええ、ここまで滑らかに崩れるなんていうことはありませんよ。あのあたりなんて、まるで鋭利な刃物に切断されたようになっているじゃないですか」


 大越三曹がそう説明しつつ、照明で崖の一部を撮影しています。

 たしかにその部分は鉄骨が剥き出しになっていますけれど、重さでねじ切られたとかそういうのではなく、鋭利な刃物で切断されたように、すっぱりと切断されていました。


「……如月三曹、何か判るか?」

「そうですねぇ……ありえない話なのですが、これって魔法による地割れとか、大地分断といった大規模災害魔術に酷似していますね。でも、それはないですよねぇ……」

「どうしてないと言い切れる?」


 武田二曹の問いかけに、私は一言で。


「発動に必要な魔力が、地球の大気では足りませんし、地球の人であれを使える人は……私ぐらいですからねぇ。そもそもあれは、消失魔術の中でも禁呪指定されていましたからね」

「なるほどな。では、もしも人為的なものであったとするのなら、如月三曹と同じような魔術が使える人間が、ほかにもいるということになるのか」

「あはは……そんなバカな。ちょっと魔力探知してみますね……」


 右手で印をくみ上げて、『魔力探知』を発動。

 もしもこれが大規模災害魔術なら、この空自体退からも残存魔力を感知できる筈。


──ビビビビビビビビビビ

 そして目の前に浮かび上がった小さな魔法陣に真っ赤な古代文字が羅列し、危険を示すアラート音が響きました。


「アラート! 敵性反応を感知。同時に、この空洞から大規模な残存魔力反応を検知!!」

「上昇開始っ!!」

「アイ・コピー」


 急いで魔法の絨毯に余剰魔力を注ぎ込み、上昇速度を上げます。

 同時に敵性反応を示す魔法陣をさらに拡大し、魔術による攻撃がくるかどうか確認をしていますと。


──ピッピピピッ

 遥か下方から、3つの魔法反応が発生。

 

「下方から魔術による攻撃、来ます! 回避行動っ」


 魔法陣を見て、飛来してくる魔力の塊を確認。それが直撃しないように魔法の絨毯を左右に振ってみます。すると、魔法の絨毯を掠めるように、三本の巨大な炎の槍が高速で上空へと飛んでいきました。


「アラーーート! 空洞より魔導兵装が飛来、上空へ向けて飛行中!!」

『了解。一時帰還を許可』

「はうあ、ダメです、間に合いません!」


 私が叫んだのと、上空を飛んでいた報道ヘリが炎の槍に貫かれたのはほぼ同時。

 そして爆音を上げてヘリコプターが爆散しました。


「物理結界っっっっっ」


 そして上空から落下してくる大量のヘリの残骸と、血まみれの二人の人。

 

「間に合うかっ!! 如月三曹っ」

「りょ!!」


 瞬時に自分の腰のベルトにロープをかけると、武田二曹が落下して来る人物のうち一人に向かって飛びました。

 そして私はもう一人の救助のためにその真下に絨毯を移動させると、落下中の人に向かって空気の壁エアクッションを発動。絨毯に堕ちて来る衝撃を緩和します。


「武田二曹……今までありがとうございました」

「勝手に俺を殺すなよ、早く引き揚げろっ」

「りょ!!」


 大越三曹と一ノ瀬二曹が、武田二曹に繋がっているロープを引き上げます。

 しかもそのロープの端は輪のようになっていて、絨毯に巻き付けられていましたよ……いつの間に!

 そして大急ぎで武田二曹と血まみれの人物を回収すると、上昇速度を上げて空洞から脱出。

 近くで待機していた陸自の元に着地して、怪我人を預けました。

 ですが、あの怪我ではおそらくは助かりません……。

 もしもここにヨハンナさんがいたなら、あの程度の怪我は瞬時に再生していたでしょう。ですが、私は魔導師で使える回復魔法も活性系。トリアージ赤レベルの怪我には、たぶん効果がありません。


「うん、やっぱりそうだよね。使うっきゃないよね」


 アイテムボックスから魔法薬を二本取り出し、救急隊員の元へ向かいます。


異邦人フォーリナーの如月です!! 魔法薬の行使を行います」

「な、なんだって………わかった」


 すぐに救急車に運ばれていった二人の元に案内してもらうと、瓶の蓋を開けてそのまま二人に向かってぶちまけます。

 飲んだ方が回復強度は高いのですけれど、このさい皮膚からの浸透でも構いません。

 もともとの薬品の効果は低下したとしても、このエリクサーは伊達ではありません。

 死者すら蘇生する、神の霊薬の力を思いしれっ!!


──ピッピッピッピッ……ピーッピーッピーッ

 二人の体が淡い緑色に輝き、脈拍その他が正常値に戻りました。

 でも、こっちの世界での魔法薬の効果、そして副作用については全く研究がなされていません。

 いや、研究はされているかもしれないけれど、表に出ていないのかもしれませんね。神の奇跡に近い回復能力、そんなものは国家レベルで秘匿したいでしょうから。


「ふぅ。危険な状態は脱しましたが、引き続き、詳しい検査をお願いします」

「わかりました、ありがとうございます」


 そのままあとは、本職の方にお任せ。

 私は魔導編隊の元に戻ると、今しがたのことを武田二曹に報告します。


「そうか……あのヘリには4人乗っていたらしくてな。残念だが、二人は爆発時に四散してしまった可能性がある。それでも二人助けられたというのは……いや、いい」

「はい。それよりも問題なのは、この穴の下です。私と同じように魔法を行使できる存在がいると思って、間違いはありません」

「そうだな。ちなみに、あの飛来してきた魔法は、かなり強力だと思うが……あのような魔法を使う存在に心当たりはないか?」


 ふむふむ。

 飛来してきたのは炎の槍、魔術強度は2、つまり第2階位魔術に分類します。

 あれは駆け出しの魔術師では行使できませんけれど、中級冒険者に属する魔術師ならば、それほど難しいものではありません。

 ですが、それを3発同時に発動したという時点で、この穴の底にはそこそこに強い魔術師がいることに間違いはありませんけれど。

 そのことを説明しますと、武田二曹が腕を組んで考え始めました。


「この穴の下に、そのような危険な存在がいるということに間違いはない。それで、如月ならば勝てそうか?」

「まあ、飛んでくる魔法が判りましたから、カウンターで消滅魔法を唱えて消すだけですけれど。問題なのは、あれを使ってくる存在が、どうしてこの地球にいるのかっていうことですね。異世界に召喚されていたのは私を含めて4名、それ以外には存在しない筈……ってあれ?」


 そういえば、国際異邦人機関って、スティーブが告げた【これから先、俺たちのように異世界に召喚された奴らが帰ってくるかもしれない】っていう言葉で設立されたのですよね。

 

「あ、あの阿呆勇者……変なフラグを構築したから、それが現実的になったじゃないですか……」

「阿呆勇者って、アメリカのスティーブのことか?」

「ええ。どうやらあいつは、こうなる可能性を予期していたかもしれませんね。本当に悪い方向にだけは感がいいのだから……と、この後はどうしますか? 危険な存在が空洞の中にいる以上、内部に取り残されてしまった人たちを急ぎ救出しなくてはなりませんが。急がないと、時間がどんどん経過してしまいます」


 人命救助に必要な時間、すなわち【72時間の壁】。

 これを越えると、空洞最下層にいるであろう人たちの命の保証はできない。

 しかも、明らかに敵性存在がいるのである。

 グズグズしている時間はないのですが。


「今、市ヶ谷駐屯地で対策会議が行われているらしい。その決定があるまでは、我々は現場待機および敵性存在に対しての警戒態勢を行う。まず空洞内部に向けてライトと監視カメラを設置し、敵性存在の監視体制を強化する」

「「「「「了解」」」」」


 急ぎ現場周辺に残っていた隊員たちが、監視カメラとライトの設営を開始。

 そして私はというと、穴の上空に魔法の箒で移動すると、警戒態勢を取りつつ様子を確認。

 うん、これは長い一日になりそうですね。

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