Close to You(這いよる影というところですか)

 イギリスはロンジン、バッキンガム宮殿で行われている王室公式晩さん会。

 私は一応、日本の陸上自衛隊第一空挺団所属の異邦人ということで列席しています。

 ええ、一応は国賓なのですが、それは明日の謁見の時。

 今は任務として参加している程度ですよ、ですから、この楽しい食事会を邪魔しないでくださいね。

 特に、魔族。

 あの陰湿な魔王が、ただ生体兵器である人造魔導師やリビングデッドを作って満足する筈がありませんからね。


「こちらハニー、現状報告をお願いします、送る」


 そう念話でベースキャンプで待機している通信員に連絡を送ったのち、今度は相手の思念を受け取る魔術を発動します。

 本来ならば念話でいっ発なのですが、魔導編隊・闘気隊員は魔法適性皆無のため、『思念送波』と『思念感波』という二つの術式を並列に使用しなくてはなりません。

 これって魔力の消耗が激しいので、あまり使いたくはないのですけれどね。


「如月3曹、現状は?」


 有働3佐が目の前に置かれているグラスを傾けつつ、小声で問いかけてきました。

 ですから、私も無詠唱でマジック・アイを発動し、片目を閉じます。

 まあ、いつも通り私の目の前には魔法で形成された目玉が浮かびあがってきましたので、これを高速で飛ばします。

 魔法による索敵範囲までマジック・アイを飛ばしますが、やはり通信の方が先に届きそうですよね。

 まあ、これは保険という事で。


「現状確認中です……」

『こちらベース・ワン、指定された地点に野犬1、大きさは体高1.0m、4名の隊員で包囲のち捕獲作戦を進行中、送る』

「りょ、引き続き作戦を続行してください」


 どうやら、魔力反応があったのは野良犬一匹ですか。

 しかし、魔王四天王の一人、錬金術師ヤンは相変わらずこすからい手を使ってきますね。

 どうせ、その野良犬にも何か仕込んでいるのでしょうけれど、こちらも切り札は用意してありますからね。


『……ヨハンナ、魔力反応を放つ犬が一匹、町の中を徘徊しているよ。今はうちの隊員が警戒中で、包囲して捕獲するように指示を飛ばしてあるけれど』

『あら、まあ。それじゃあ、私はこの部屋全体を聖域結界サンクチュアリで保護しようかしら』

『うん、緊急時にはお願いします』

『はいはい、おまかせあれ』


 隣のテーブルで、楽しそうに貴族の方と歓談しているヨハンナに念話も送ったので。

 あとは、何事もないように祈りましょうか。


「こちらハニー、まもなく私の魔法でそちらの状況も捉えることが出来ます。現状報告を」

『こちらベース・ワン。野良犬を追い詰めた。間もなく捕獲……って、アラート!!』


 ベース・ワンからのアラート宣言。

 すぐにヨハンナに念話を送ると、彼女も外でなにかが起きているのが判ったらしく、瞬時にこの部屋全体を聖域で保護しました。

 これで敵性存在および悪意を持つものは、この室内を出入りすることはできず、さらに魔法の発動阻害効果も発生しています。

 私はヨハンナの魔力波長を理解しているので、術式に干渉することは可能ですから。


「有働3佐、ベース・ワンよりアラート」

「了」


 そう告げて、有働3佐は周囲を警戒。

 私もこの場からは動けないので、マジック・アイで向こうの状況を確認しつつ、室内に魔力反応が存在していないかサーチを開始します。

 表向きは、両隣や向かいの客と楽しく歓談を続けつつ。

 並列思考で魔力コントロールに集中します。


(室内に魔力反応なし……ついでに敵性感知……も反応なし)


「有働3佐、室内はセーフティ」

「了」


 そう小声で告げた時、私のマジック・アイが野良犬を追い詰めた現場に到着しました。

 ええ、それはもう、とんでもない状況ですよ。

 

――ガルルルルル……

 行き止まりの路地裏、奥には体高1mのアフガンハウンドのような胴体の犬。

 ただし、頭部のあたりからは人間の上半身が生えていて、金属製の鎧で身を固めていますよ。

 左腕にはカイトシールド、右腕にはランスを構え、魔導編隊の隊員たちを楯とランスで牽制中ですか。

 そして手前の路地と道路の接続部分では、楯を構えて警戒している闘気隊員と、その後ろでは二人の隊員が怪我を折ったらしく後方に運び出されています。


「負傷者2、敵性存在1」

「了」

 

 流石は第一空挺団のトップエリート、決して笑顔は絶やさず、そして視線と意識は警護対象である天皇陛下に全力で向けられています。

 ちょっとでも怪しい素振りを見かけたら、有働3佐は即座に飛び込んでいくことでしょう。

 私も意識はそっちにも向いていますので、こちらは安全と判断します。


「……ここから鑑定できないのが悔やまれますけれど……まあ、ちょっと相手が面倒臭そうですよね」


 闘気を循環させたコンバットナイフを構え、犬と人間のキマイラ……仮称、イヌタウロスとでも付けましょうか。隊員の皆さんは間合いを詰めていきますが、適時、イヌタウロスはランスと楯で応戦、間合いを詰めさせないようにしています。

 それじゃあ、ここは適切な戦闘力を投入することにしましょう。


「うん、直線距離でやく6000キロ。一度会っているので魔力波長もがっちりと捕らえました。切り札を投入します」

「あまり使って欲しくない切り札だが、了」


 有働3佐の許可も貰いましたので、積極的に干渉します。

 そもそも、このイギリス王家主催の晩さん会で、異邦人全員が招待されているのにスマングルとスティーブの二人が参加していないという状況はどうしてか。

 理由は簡単で、アメリカとナイジェリアでも、リビングデッド発生に対して警戒しているのです。

 そして警戒態勢を取りつつも、緊急時には協力体制を取ることができるように『国際異邦人機関』には話を通してあるのです。


 勇者チームは全員、私か作製した『転移の腕輪』もしくは『転移の指輪』を装着しています。

 これにより、一度でも行ったことがある場所については転移することができるのです。

 では、知らない場所に向かうためには?


「七織の魔導師が誓願します。我が魔法の瞳に七織の奇跡を与えたまえ……我はその代償に、魔力55000を献上します。仲間召喚サモンフレンドリィっ」


 小声で詠唱を行うと、現場で待機しているマジック・アイの頭上に魔法陣が展開します。

 その直後、魔法陣の中から『勇者装備のスティーブ』が姿を現すと、闘気隊員とイヌタウロスの間にスチャッとヒーロー着地しましたよ。


『スティーブ、状況を簡潔に説明します』

『ああ、わかった、このキマイラを捕獲すればいいんだな』

『相変わらず、いい判断です、ではお任せします……そうそう、多分ですが、近くで錬金術師ヤンが潜んでいるかと思われますので、そちらの対処もお願いします』

『はぁ……まあ、ヤヨイの探知魔法で引っかかっていないという事か……了解、勇者っぱく頑張ってみるわ』


 よし、切り札も召喚しました。

 ここから先は、スティーブとイヌタウロスとの戦闘、そして隠れて様子を見ているでしょうヤンの捕獲作戦です。ここから動けないのが残念ですが……って、聖域結界が発動しているので、最悪の場合は私も出撃することになりますよね。 


 うん、気合いいれて頑張りますか。

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