第7話・Girls Just Wanna Have Fun(私たちはもっと楽しみたいのに)

──地下ダンジョン区画での救出作戦が開始してから、35時間経過


 消費魔力回復に必要な睡眠をとるべく仮眠時間を挟んだのち、私は三度目のダンジョン潜入を開始。

 入り口付近の救助は完了しているものの、まだ瓦礫の山は半分以上残っています。

 私が結界壁の近くに移動すると、またねっとりとした視線が向けられているのに気が付きますが、それを相手している時間はありません。


「如月三曹、トリアージ赤が三名!」

「すぐに向かいます」


 トリアージ赤、つまり大至急処置を施さないと死亡してしまう恐れがある患者です。

 すでに入り口付近に置いてあった私の魔法の絨毯には、その三人の患者と救急隊員が乗り込んで待機しています。

 だから、ここから先は時間との勝負。

 歪んだ重力にまけないように瞬時に絨毯の姿勢を90度転換し、あとは超高速で上昇を開始。

 チヌークまで安全に移送するよりも早く、私の絨毯は大空洞を抜けるとすぐ横で待機している救急隊員の元に着地します。


「治癒鑑定開始……、まだ間に合います、完全治癒パーフェクトヒール


 そして魔法の絨毯の元に救急隊員と聖女・ヨハンナが駆けつけると、大急ぎで魔術的治癒が施されて……って、えええ、ヨハンナさん?


「ヨハンナさん、いつ日本に来たのですか?」

「事故の件をニュースで確認して、すぐに手続きを取ってきました。そしてつい先ほど、ここに到着しましたので……どうやら、ここから先は私の力が必要になりますね?」

「はい、直接ダンジョン区画まで同行していただけますか?」


 そう問いかけると、ヨハンナさんはにっこりと笑っています。

 ただ、その後ろで困った顔をしている聖職者の皆さんは、どうしたのでしょうか。


「Santa Giovanna...... preziose benedizioni di Dio a queste persone mi sembra una bestemmia.

(聖女ヨハンナ……貴重な神の加護を、このような人々に与えるのは神に対しての冒涜としか思えません)」

「Zitto! Non c'è nobiltà o bassezza nella vita umana, e tutti sono ugualmente obbligati a ricevere il favore di Dio. In primo luogo, ho da tempo dei dubbi sulla vostra politica.(黙りなさい! 人の命に貴賤などなく、全て等しく神の寵愛を受ける義務を持っています。そもそも、貴方たちの方針については、以前から疑問を感じていました)」


 あ~。

 ヨハンナが激おこだぁ。

 同行している聖職者の皆さん……神父かな? 司祭かな? そんな人たちに説教していますよ。

 私は言語自動翻訳のチートスキルがあるので、ヨハンナたちの言葉も全て理解していますけれど。

 周囲の救急隊員たちはどうしていいか困っています。


「こちらの人たちは一命をとりとめました。あとはお任せします。では如月さん、私を現場まで案内してくれませんか?」

「少々お待ちを……こちら空挺ハニー、大本営へ連絡。異邦人機関に所属するヨハンナさんが協力してくれることになりました。ということで現場へ同行してもらいますので」

『10-4……ってちょっと待って、聖女も同行? え、大聖堂の許可は?』

「異邦人機関の登録者としての同行だそうです、民間協力というやつ?」

『はぁ……あのですね如月三曹、もう少し早く連絡が欲しかったところです。今、後ろで近藤陸将補がどこからかクレームが届いたらしく対応中ですが……10-4ということで』

「了解です。ではヨハンナさん、いきましょうか!!」


 彼女に手を差し延べると、ヨハンナさんはにっこりと笑って絨毯に乗ります。

 そしてどうしていいか困っている聖職者の皆さんに向かって、ヨハンナさんは教会が発行した身分証を取り出して提示すると。


──メキョッ

 力いっぱい折り曲げて、捨てましたよ。


「Da oggi mi dimetto dalla Cattedrale. D'ora in poi mi trasferirò in Giappone, dove distribuirò la grazia di Dio a tutti i bisognosi senza distinzioni.(では、本日付で私は大聖堂を辞めます。今後は拠点を日本に移して、神の恩寵を困っている方々に分け隔てなく注ぐこととしましょう)」


 その言葉に呆然とする聖職者のみなさんを後にして、私はヨハンナと共に大空洞へと降下。

 そして瓦礫の山まで彼女を案内すると、ヨハンナは『生命探知』の魔法を発動し弱っている人たち全てに『活性』の加護を施しました。

 

「これでもうしばらくは大丈夫でしょう。私はこの場で、ここにいるすべての人々の命を守ることに専念します。ですから、みなさんは一刻も早くこの瓦礫の撤去をお願いします」


 ヨハンナの言葉で、全てが変わります。

 そして72時間の壁を迎えるギリギリになって、大半の人々の救出は完了しました。

 ですが私たちが到着する前に亡くなっていた人々も多数発見され、その方たちの遺体も丁重に地上へと引き上げられていきます。


 そしてすべてが終わったのは、6日後の朝。

 全隊員が作業を完了し、地上へと昇ってきました。

 

「はぁ……もう魔力が枯渇しそうですよ」

「はい、お疲れ様です。それでですね如月さん、私は日本に引っ越すことにしましたので、国際異邦人機関の日本事務局を紹介していただけないでしょうか?」

「は、はぁ? 3日前の啖呵は、勢いだけじゃなかったのですか?」

「ええ。だって、私が施した創造神ゲーネシスの奇跡を、まったく別の神ザ・ゴッドの奇跡っていって、憚らないものですから。それを否定すると、信仰心が足りないとか言い始める聖職者もいましたから……いえ、大司教様や枢機卿は悪くないのですよ、私の言葉も信じてくれましたから……ええ、でもあの司祭は別です。私の奇跡を金に換えていた亡者でしたから」


 ふぅん。

 まあ、よくある悪役貴族とか、賄賂で私服を肥やす聖職者の話だね。

 でもヨハンナって、そういうのって、さんざん向こうで糾弾してきたんだよね?


「でもさあ、よく大司教さま……でいいのかな? ヨハンナの日本行きを許してくれたよね?」

「法皇様は一番偉い人だからね。そもそも法王さまは、私が神の力を使うことについては容認していたのですよ。世界中の大聖堂を訪れて、困っているものに施してあげてくださいって送り出そうとしていたのよ。それをあの、ハゲツチ大司教がお待ちくださいって止めていてね……まあ、あの人の汚職についてもこの機会に暴かれればいいのよ。ということで、よろしくね」

「はぁ……次の私の休暇にでも。っていうか、明日、異邦人機関に一緒に行きましょう。このダンジョンの件だって、今後の対策も必要になってくるからさ」


 そう、まだ救出作戦が終了しただけであって、このダンジョンの件についてはなにも解決はしていないのだから。


 〇 〇 〇 〇 〇    

  

 新宿ダンジョン。

 3丁目交差点を中心に、直径200メートルの巨大空洞が発生した。

 その最下層からは未知の旧遺跡群が発見され、如月三曹の鑑定により、それがダンジョンであるという結論に達した。

 だが、現状は大空洞周辺や予備地下鉄構内から空洞に続く通路を全て封鎖するにとどまり、内部調査については、未だ日本政府は手を出すことなく静観している。

 

 そもそもダンジョンという特異な存在に対して、どのような対応を取るべきか協議が続けられている最中であり、積極的に攻略するべきであるという勢力と、結界により封鎖し様子を見るという勢力がぶつかり合い、さらに危険なダンジョンは異邦人フォーリナーに依頼して破壊して貰った方がいいという意見まで出揃っている。

 

「まあ、ダンジョンはですね、あっちの世界では主産業としている国や町もありましたけれど……正直言って、死にますよ? 現代兵器で対応できるかもしれないけれど、日本では銃器の取り扱いできませんよね?」

「まあ、怪我ですまないことが多いですし、魔法による状態異常なんて普通にありますので。あとはそうですね……さすがの私でも、魔力の薄い地球では死者を蘇らせることなんてできませんので。もしも攻略に向かうのであれば、自己責任でお願いしますね。


 という如月弥生とマザー・ヨハンナこと、聖女ヨハンナ・イオニスの説明で、さらに議会は混乱。

 決着がつかないまま、厳重な監視体制の元現在に至る……というところである。


………

……


「それで……実際には、どの程度の戦力が見込めるのかな?」


 札幌駐屯地で、私は小笠原一尉からそう質問されています。

 今でもダンジョンの対応については協議が続けられているのですが、最近は諸外国からも調査団を派遣したいという問い合わせがあるそうで。

 ですが、あの空洞に挑むとなると、完全兵装待ったなし。

 法治国家日本の、それも首都である新宿に重装備の部隊がやってくるなんてことを認めるわけにはいかないということで、各方面にお断りの連絡をしているそうですけれど。


「さぁ? としか言いようがありません。私が潜り込んだのは瓦礫が降り積もっている区画の最奥までですし、そこで結界壁を施したのでそこから先のことは分かりません。また、要救助者の確保のために活動していた為、結界壁より奥にいたであろう魔物についても調査していません」

「ふぅん。それじゃあもう一つ。如月三曹なら、単独で何処まで調査できるかしら?」

「全く分かりませんし、行きたくもありませんね」

「あら? そうなの? 世界最強の大魔導師でも、ダンジョンは怖いのね?」

「当然ですよ!」


 そもそも敵が何者なのか、あのダンジョンに生息しているであろう魔物の生態もわからないのに、単独で突入なんてあり得ませんよ。

 『魔術師殺し』って呼ばれているマジックジャマーを張り巡らせているダンジョンもありますし、高濃度魔素空間の可能性もあります。

 前者なら魔法は使えませんけれど、後者の場合は魔術制御が難しく、大抵は暴発します。

 揮発したガソリンの中でチャッカマンをつける覚悟といえば、理解してくれますよね?

 このことも説明すると、小笠原一尉も頷いている。


「それじゃあ、この任務についてはお断りしておきますか。市ヶ谷から、如月三曹にダンジョンの内部調査が可能かどうかって問い合わせがあったのですけれど」

「市ヶ谷……っていうことは、防衛省からですか。その任務って単独という意味ですか?」

「いえ、恐らくは特戦群との合同になるかと思います。貴方からの返答を受けてから、詳細は詰めるっていうことだそうですけど」


 これは悩みます。

 何故なら、ダンジョンが発生しているということは、放置しておくと内部の魔素濃度が高まり魔物が大量に生み出される恐れがあるからです。

 そうなった場合、生み出された魔物はダンジョンの外に溢れ出し、近隣の町や村を襲撃する……つまり、ダンジョンスタンピードが発生する可能性があるからです。


 そうなると被害は尋常ではなくなります。

 私が向こうの世界で見たことがあるスタンピードの中でも最悪だったものは、一国の王都が壊滅し政権が崩壊したレベルです。

 ええ、ダンジョンスタンピードを軽視し、さらにそれを抑えるべく冒険者たちに安い報酬で依頼を行った結果、冒険者たちは他国に避難しましたからね。

 国に忠誠がある、もしくはその国を命をかけて守らないとならないという理由がない限りは、冒険者といえど命は惜しいですから。


「仮定として。もしもダンジョンスタンピードが発生したら、東京都は壊滅するかもしれません。あっちの世界では、冒険者が適当に間引きして内部の魔素を散らしていたので、そうそう発生することはありませんでしたけれど……流石に、それを日本に求めるのは不可能ですよね?」

「そうねぇ……まあ、最悪の場合、変なところからお金を貰っている連中が、ダンジョンで発生する生物の保護を訴えそうよね。自分たちは安全な場所で叫ぶだけで、実際に被害にあっている人たちの話なんて聞かない連中が」


 あはは。

 小笠原一尉、意外と辛辣。

 まあ、ぶっちゃけるとそうなんですけれどね。

 今でもほら、ニュースではなくインターネットでは『ダンジョンの民間解放を』って叫ぶ連中が増えていますし。

 あそこに一攫千金を求めるのなら、銃火器の使用許可を持った歴戦の戦士でないと無駄死にしますよ?

 

「まあ。口だけの連中は黙っていろ、です」

「そうね。それで、ここまでの説明で貴方はどうするの?」

「はぁ……調査名目でなら行きますよ。今でも、結界壁の維持のために週に一回は潜る必要があることは小笠原一尉もご存知でしょう?」

「ええ。そのついでになら、多少は調査が可能よね?」

「了解です。如月三曹、結界壁の維持及び内部調査を行います」

「よろしく。では、市ヶ谷にも連絡しておくわ」


 はぁ、次の結界壁の維持は三日後。

 その時にはフル装備で行くしかありませんか。

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