Bad Day(なんて日でしょうか)
目の前を徘徊しているリビングデッド、総勢21名。
かたや、グリフォンハウスの外で活動しているのは私一人。
残りの魔導編隊は要救助者を確保したのち、南方のゲートから外へ脱出し、そのまま北部にあるシンベリン・メドゥース自然公園近くで待機している輸送ヘリ部隊まで移動し、彼らに救助者たちを引き渡す。
他のイギリス陸軍は制圧された基地施設の奪取、及び私達が行動不能にしたリビングデッドの回収を行うそうです。
ええ、つまり私としても、こんなところで時間を割いている暇はないのですよ。
「ということです……ええ、ここは基地施設外、武力の行使は最低限とし、発砲許可はでていません。加えて攻撃魔法についての制限まで付けられている以上は、近接戦闘しかありませんか。私としては、ほんっっっっっっっとうに不本意ですけれど、ここで皆さんを鎮圧させていただきます」
両手に構えてサバイバルナイフに闘気を循環させます。
そして下半身には魔力を循環し、特に脚部は身体強化の術式を発動。
「七織の魔導師が誓願します。我が全身に五織の活性魔力を循環させたまえ……我はその代償に、魔力2500を献上します……
私の全身に魔力が循環した瞬間。
――シュシュシュンッ
リビングデッドが突然走り出し、私に向かって襲い掛かってきます。
ええ、私の魔力は貴方たちにとっては最高の活力・エナジードリンクのようなものでしょう。
そりゃあ目の前で芳醇なマナが溢れていたら、襲わない筈はありません。
ということで、私も素早くサバイバルナイフを逆手に構え、ナックルガードの部分を拳に合わせます。
あとはそう。
「スマーーーッシュッッッ」
――ドッゴォォォォォォォォォォッ
襲い掛かるリビングデッドの胸部めがけて、綺麗に闘気の循環しているナックルガード・パンチを浴びせていきます。
ですが多勢に無勢、四方八方から襲い掛かって来る敵を相手に、一人で相手できる筈がありません……って思いますよね。
「……ふう、ブレンダー流拳闘術は伊達ではありませんっっ」
正面と左右、そこに近寄って来るリビングデッドの胸部めがけて、次々と拳を叩き込みます。
ええ、背後に回られないようにステップを踏みつつ、常に正面150度の範囲に敵を入れるように動きます。こうすることで、一度に相手できる敵の数は3名のみ、倒れたリビングデッドを踏み台にしてやってくる奴らもすぐに地面にたたきつけます。
「……あと12体……」
うん、この調子でいけば、5分もあれば全て片付きます。
常に相手を3体に絞って……。
「……き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「嘘、悲鳴って、どうしてここで!!」
私の前に3体のリビングデッドが掛かって来た時、真後ろから少女の悲鳴が聞こえてきました!!
前情報では、基地施設周辺の住民は避難していたはずなのに……。
──ドゴバギィィィィッ
一瞬の油断。
その隙にリビングデッドの一体が私の左腕を掴んで……骨を砕きましたよっ……。
「ぐっ……は、早く逃げなさいっっ……空挺ハニーよりシキツウ、戦闘エリアに民間人一名……至急、救助を願うっ」
胸の通信機に向かって叫んでから、腕を掴んでいるリビングデッドの胸元めがけて右拳を叩き込むと、さらに高速回転して右足を軸に、残り二体の胸元めがけて回し蹴りを瞬時に叩き込みますよっ。
──ドゴドゴッ
それで二体も吹き飛び、残り9体……。
左手は使い物になりませんし、痛みで意識が吹っ飛んでいきそうですよ。
こんな近接戦闘なんて、すき好んでやりたくはありませんよ、ええ。
非戦闘地域での魔法行使制限もあるため、今はこうするしかないのですからね……って、イギリス陸軍、とっととここまで救援を寄越しなさいよっ。
「後ろの子は……っ、なんでしゃがんでいるのよっ!」
恐怖で体がすくみ、何かを抱えてその場にへたり込んでいます。
ああっ、スマングルっ、貴方の挑発スキルの有効性をこんなところで確認するなんて思っていませんでしたよっ。
──ダッ!
リビングデッドに背を向けて、少女めがけてスーパーダッシュ。
そのまま少女を右腕で抱え上げると、アイテムボックスから放出した魔法の絨毯に少女を放り投げて、そのまま急上昇を開始です……。
「ここが日本なら、異世界特措法に基づく魔法行使を宣言できるのにいいいいっ」
引き続き、アイテムボックスから霊薬を取り出して一気に飲み干します。
うん、砕かれた左腕の骨も一瞬で修復、ここで仕切り直しです。
「……あ、あの……あの……」
「ん」
私の方を、おびえたような目で見ている少女。
よく見ると、小さな子猫を抱えているじゃないですか。
なるほど理解したけれど、あとで説教して貰わないと。
「うん、その子猫を迎えに来たの?」
──コクコクコクッ
感極まって涙を流しつつ、少女が頷いています。
とりあえず泣き止むようにと、軽く頭をポンポンと撫でて。
「さて、ここまで手を伸ばしてきたり射撃戦を始められたらアウトですけど」
──ウジャウジャ
魔法の絨毯の真下に集まってきているリビングデッドの群れ。
こいつらを全て行動不能にして、とっとと本部隊に帰還したいですよ。
「うん、ここなら大丈夫だから、ここでじっとしていてね」
「う、うん……」
よし、素直でいい子です。
それじゃあ、とっととリビングデッドを処分しますか。
油断さえしなければ、この程度の矢から相手に後れを取るようなことはありませんからね。
──ヒュンッ
魔法の絨毯から飛び降りる……いえ、リビングデットの群れに目掛けて足に闘気を集めてドロップキック!
そのまま吹き飛ばした奴の顔面から飛び降りて胸元を全力で蹴り付けてから間合いを取ると、再びサバイバルナイフを構えます。
「さあ、あと8体ですっ!!」
遠くに見える基地正門、そこから出てくる装甲双輪車の姿も見えました。
つまり、要救助者の回収は完了ということですね。
それじゃあ、こっちも、とっとと終わらせることにしましょうか!!
それにしても。
──ピッ
視線を感じます。
それも、遠距離観測用魔法の反応。
黒幕が私を監視しているようですが、今はそれを探している余裕なんてありませんよ。
………
……
…
──シンベリン・メドゥース自然公園
グリフォンハウスから救出した要救助者たちが、魔導編隊の装甲双輪車から運び出されています。
そして私の魔法の絨毯からも、一人の少女と子猫が降りていきました。
どうやら保護者の方から連絡が届いていたらしく、少女も無事に母親と合流です。
イギリス軍からも、アグスタウェストランドAW101という大型輸送ヘリが次々と到着。
手当てが必要な救助者を急ぎ収容して再び飛び出していきます。
そして双輪装甲車から有働三佐が出てきて、他の隊員たちに指示を開始しました。
「さて……如月3曹、住宅地でのリビングデッドの制圧ご苦労です」
「はっ。有働3佐、基地施設内の状況はどのようなことになっていますか?」
「施設内を徘徊していたリビングデッドは制圧完了。入れ違いにイギリスの特殊部隊が、リビングデッドの回収に向かった。我々の任務は、イギリス陸軍の作戦完了まで、この地点の防衛を行う。同時に、万が一に市街地にリビングデッドが発生した場合の勢圧だ。30分の休憩の後、周辺警備に着くように」
「……了解です」
回収できなかった。
リビングデッドを発生させる疑似魔導器官は破壊しないとならないのに。
あれは、地球にあってははならないのに。
「う、有働3佐、リビングデッドの今後の対策について、イギリス陸軍に疑似魔導器官の破壊を申請して欲しく意見具申します」
私は自衛官であり、魔導編隊の隊長です。
でも、国を越えた意見なんて、私自身が行っていいはずもありません。
「それについては後日、防衛省を通じて正式に申し込む。これ以上は、我々の所轄ではない。以上だ」
有働3佐の機嫌もすこぶる悪そうです。
ええ、先に私から情報を得ていただけあって、リビングデッドの危険性については十分理解しているようですから。
さて。
それでは、一旦、休憩に入りますか。
ここまで移動してからは、あのいやらしい視線は感じなくなりました。
さっき、無理してでもカウンターをかましておけばよかったですよ。
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